上海大将 3








 店を閉めた後に連れて行ってもらったオプティマスの家は、白い壁の古風な屋敷だった。

 はしゃぐバンブルビーの先導で瓦ぶきの立派な門を潜ると、敷地の中央にある小さな庭をぐるりと囲むように部屋が並んでいる。

 観音開きの扉、蝙蝠や桃などの凝った装飾が施された格子窓、房のついた赤い提灯が並んで下がる軒先。オリエンタルでクラシックな雰囲気はオプティマスをますます謎めいて見せた。

 赤い提灯の明かりに照らされた妖しく艶めかしいオプティマスがおれにおやすみと言って部屋の扉を閉めるまでおれはずっと目が離せなかったし、丸い飾り窓の隙間から見えるオプティマスが机で書き物をしているのに興味津々で眠るどころじゃない。

「やっぱりオプティマスの事見てた!」

 案内された部屋の窓際に立つおれの前に、突然バンブルビーが現れた。

 バンブルビーは窓の外からおれを軽く睨んだあと姿を消し、すぐに扉を叩く音が聞こえる。急いで扉を開け、バンブルビーを部屋に招き入れた。

「お茶をもってきたよ」

 おれは礼を言い、バンブルビーに新しい家の感想を伝える。

「面白い作りの家だな。すごく気に入ったよ」

 暖かいエネルゴン茶をおれに手渡し、バンブルビーは嬉しそうに笑った。

「でしょ? でもさ、近所の人に教えてもらったんだけど、ここって前はお金持ちの妾宅だったんだって。オプティマスが前の人を追い出したって思われてて大変だったよ。おいらたちよそ者だから、変な目で見る人もいるんだ」

 それを聞いたおれはエネルゴン茶を噴出しそうになった。

「なのにここに住んでていいのか!?」

「オプティマスは笑ってた」

 そう言ってバンブルビーは軽く肩をすくめた。

「笑うだけ!?」

 あらぬ疑いをかけられているというのに、あまりにものほほんとした対応におれは思わず声が大きくなった。

「オプティマス、おおらかって言うか図太いって言うか、ぜんぜん気にしてないみたい。すごいよね。まあそんな訳ありだから、もし住んでくれるなら家賃は要らないってオプティマスが。おいらは、ジャズがここに住んでくれると嬉しいんだけど、なにか言われるの嫌かな?」

 バンブルビーは不安そうにおれを見上げている。おれは安心させるようにバンブルビーに向かって笑い、口を開いた。

「いや、おれもここへ来たばっかりであてもないから、置いてもらえると嬉しい。ここがすごく気に入ったから、家賃もきちんと払うよ。もし今度変な事言う奴がいたらおれに任せろ。三倍にして返してやるから」

「よかった。ありがとう」

 ほっとした表情でバンブルビーは言うと、おれに向かって微笑んだ。

 多分、口で言うより嫌な思いをしてきたんじゃないだろうか。知らない土地で生きていくのには苦労もたくさんあったに違いない。だからおれがオプティマスとバンブルビーを信用したのが嬉しかったのだろう。

 バンブルビーがお茶のお代わりを注ぎ、いい香りが漂った。おれの知っている茶とは違う、初めて味わった味と香り。そう、ここは上海なのだと改めて思った。

 その不思議な香りに包まれながら、おれは部屋を改めてぐるりと見渡した。

「凝った珍しい作りだ。ずいぶん金がかかってる。前に住んでたって人はよっぽど愛されていたんだろうな」

 おれが言うと、小さな茶壷を傾けながらバンブルビーも頷いた。

「こんな贅沢させてもらえるなんて、どんな人だったんだろう」

 超高層ビルが並ぶ通りから少し離れた静かな場所に、わざわざ古風に作らせた屋敷。生き馬の目を抜くビジネス街で戦い、非日常に癒しを求めここへ通ったのであろうどこかの大金持ちも、この屋敷で一時の蜜月を過ごした愛人も、もういない。

 それだけで妙に想像力をかきたてられる話だというのに、後に越してきたのがあの壮絶美形のオプティマスなんだから口さがない奴らの格好の噂の的になっただろう。

「オプティマスみたいに、美人で、艶っぽくて、ゴージャスで、喜んでくれるならどんな贅沢でもさせてあげたいって思う人だったんだろうな」

 軽口を叩くと、バンブルビーは予想外に真面目な顔でおれを見た。

「おいらよく判らないんだ。お金をたくさんかけて、こんな凝った家を建ててもらうほど愛されて大事にされていた人が、なんで追い出されてしまうの?」

「ああ、んん。まあ、いろいろあったんだろ……」

 おれは言葉を濁した。情けないことに。

 愛と欲と金、心変わりに嘘。誰かを好きになる気持ちを知る前に汚い部分を見せられて不信感を持ってしまったらしいバンブルビーには何を言ってもうそ臭くなってしまう気がして。

「メガトロンもオプティマスにたくさん高い贈り物を持ってきて愛してるって言った。おいら、好きとか愛してるっていまいち信用できない」

 バンブルビーが厳しい顔で呟き、おれが目を伏せて排気する。

「そんな事言うなよー。おれみたいに純粋誠実に好きだ愛してるって言う奴もいるんだから」

 そう言うと、厳しい顔をしていたバンブルビーが笑った。

「ジャズの『好き』は、メガトロンの次に信用できなさそうなんだけど?」

 おれが殴るフリをすると、バンブルビーがかすれた自分の声で笑って大げさに避けた。

 笑い声が消え、バンブルビーの笑みがやがて少し考えるような表情になり、俯いていた顔をあげておれと目を合わせた。

「ジャズ、最初に言っておくけど、オプティマスを好きになったらダメだよ」

「残念ながら手遅れだな。なんだよ? オプティマスをとられるのが嫌なのか? 子供だなー」

 ニヤニヤしながら言と、バンブルビーが茶化さないでよ! と抗議した後に、窓の外をうかがった。

 庭の向こうのオプティマスの部屋に青と赤の人影がある事を確かめると、俺に向かって囁く。

「オプティマスには秘密がたくさん有るんだ。そのうちの一つ」

 オプティマスの秘密。

 なんて意味ありげな響きだろう。おれの興味は完全に釘付けになった。 

「オプティマスは誰のものにもならない」

 続けて聞いたバンブルビーの小さな囁き声は、おれを大きく揺るがした。

「なんで?」

 おれは不満顔で疑問をぶつけた。思いきり聞き捨てならない。

「……それは言えない」

 秘密の片鱗だけをちらつかせ、肝心な部分は見せずに引いたバンブルビーに食い下がる。

「じゃあ、納得できない」

 きっぱりと言ったおれをバンブルビーが困った目で見る。その顔で、おれはバンブルビーの言葉が子供じみた感情から出たものではないと確信した。

 オプティマスにはなにか本当に秘密がある。

 こんなに蠱惑的な響きなのにおれを邪魔する秘密が。

「ジャズが辛い目に会うんだよ!」

 バンブルビーがおれを説得しようとしてか強く言う。親切で忠告してくれているのは判る。会って間もないけれど、こいつは変な嘘をつく奴じゃない。

 でも、はいそうですかとあのオプティマスを諦められるものか。

「別にかまわない。オプティマスがおれを見てくれる可能性が少しでもあるんだったら、おれは大抵の困難に耐えられる自信がある」

「そういうのじゃないんだ」

 おれの返答に、バンブルビーが頭を抱え困り果てた顔で俯いた。可哀想だと思ったが逃げ道を与えず、バンブルビーを見つめて先を促す。

 言葉を待っているおれの目線に気付き、迷いに迷って視線を彷徨わせた後、バンブルビーは顔を上げた。

「これはたとえ話なんだけど、もしも、ジャズの恋人が、ジャズを忘れる病気にかかったら、ジャズはどうする?」

「おまえのもしもはとっぴだな」

「いいからさ、答えてよ。おいらジャズの答えが知りたい」

 今度はおれの霍乱に動じず厳しく追求してくる。

 砕けた口調だが、バンブルビーの声と表情が緊張しておれの答えを待っている。

「もうガンッガンに愛し合う」

 自分で自分を抱きしめる仕草つきでおれは熱烈に言った。

「え……」

 おれの前向きかつ情熱的な答えは予想外だったのだろう。バンブルビーがぽかんとした表情でおれを見る。

「だってお互い好きでいられるのは今だけなんだろ?」

 そう言ってバンブルビーに笑いかけるとバンブルビーがうろたえた。

「そんなの、好きになればなるほど後で自分が辛くなるじゃないか!」

 バンブルビーが不思議な物を見る目でおれを見ているのがちょっとおかしかった。

「ジャズは傷つくのが怖くないの?」

「怖いさ。怖いし、嫌だし、できるなら避けたいね。でも、傷つくのを恐れて何もしなかったって後悔するのはもっと怖い」

 大げさに肩をすくめて言うと、バンブルビーが穴があきそうなほどじっとおれを見た。

「……じゃあ、ジャズがその病気にかかったら、誰かを好きになる?」

「バンブルビー、誰かを好きになるってのは止められないんだ。気がついたときにはもう好きになってる。でも、おまえの聞きたい事は判るよ」

 おれは一瞬置いて続けた。

「おれの恋人がおれの病気もまとめて愛してくれるって言うなら、おれはその愛に応えるだろうな」

 バンブルビーは、おれの返事を聞いて力が抜けたように大きく排気した。

「残された恋人をどうするつもり?」

 頭を振りながらバンブルビーが言う。バンブルビーが隠している秘密がどんなもので、どんな答えを期待していたのかは判らないが、おれがこいつを大いに困惑させた事だけは確かなようだ。

「その時にならないと判らない」

「そんなの、わがままじゃないか」

 おれを責める口調になったバンブルビーに向かって口を開く。

「そうだよ、わがままだ。でもな、傷つかないように、傷つけないようにって選択が必ずしも正しいとおれは思えないんだ。おれだったら別に傷ついたっていい。それが好きな人のためならなおさら。ただ、相手を傷つける場合はやっぱり考えるけど」

 机上の空論だと言われるのは承知でおれが言うと、バンブルビーは考え込んだ。

 やがてバンブルビーはゆっくり顔をあげて、おれの目を見て、最終確認のような質問をおれにした。

「……だったら、もし、近い未来にオプティマスがジャズを忘れちゃうとしても、ジャズはオプティマスを好きになるのをやめない?」

「是」

 シィ。おれは気取って上海風に肯定の返事をした。

「ジャズの言っている事がわからない。だって、傷つくって判っているのに。オプティマスも誰の恋人にもならないって言ってた」

 バンブルビーはそこまで言うと失態に気付き、はっとした表情で固まった。

「……あ」

 小さく呟いて、しまったという表情でおれの顔を伺う。

 おいおい、やっぱりたとえ話っていうのはオプティマスの事なんだな。

 最初からバレバレだったにしても、オプティマスにも同じこと聞いたんだとか言ってうまいこと誤魔化せばよかったのに、バンブルビーの態度が失言を肯定してしまってる。

 まあ、こいつはそんな腹芸が出来る奴じゃないけど。

 バンブルビーの純粋さに免じて、優しいおれはおれは気付かないフリをしてやった。

「たった一つの正しい答えなんかない。傷が深くならないうちに忘れるって選択も否定しないよ。でも、おれはそんなに出来た性格じゃないから、好きになったらきっと我慢できない。それはお前の言うとおり、おれのわがままなんだろう」

 そういう性格を踏まえてのおれの答えだと言うと、バンブルビーが頷いた。

「うん。まだ会ってちょっとしか話してないけど、ジャズの性格なら諦めないっていうのは判った」

「神様じゃないから結果は判らないけど、ただ一つはっきり決めてるのは、どんな道を選ぶにしろ、相手の気持ちも、自分の気持ちも大事するって事だ」

「自分の気持ち……?」

 バンブルビーがはっとした顔をして、おれの言葉をもう一度呟いた。

「そうだよ」

 おれは頷いた。

「自分さえ我慢すればいいって思いすぎて、自分の気持ちを蔑ろにするのも良くないと思うんだ、おれは」

「オプティマスの、気持ち」

 バンブルビーは独り言のように呟いた。

 理由は判らないけど、おれの言葉にバンブルビーは深く考え込んでいる。おれはバンブルビーの思考を邪魔せずに、ゆっくりとエネルゴン茶を啜ってバンブルビーの考えがまとまるのを待つ。

「オプティマスね、好きな人が居るんだって」

 茶のお代わりが欲しいなと思った頃、唐突にバンブルビーがそう言った。

 前置きも、心の準備も無く、急に告げられたきついお知らせに、頭の上からビル解体用の鉄球を落とされたかのようなショックを受ける。

 始まったばかりのおれの恋は、早くも最大級の危機にさらされた……。

 いくらなんでも早すぎるだろうと自分の運の無さを呪う。

 前からうすうす思っていたんだが、おれって運が悪いかもしれない。認めたくないけど。

「その人の事好きでいるのが、苦しくて、苦しくて、とっても辛いんだって。それでも、苦しいの全部忘れるくらい嬉しい事もあるんだって言うけど」

 オプティマスの心配事でブレインサーキットがいっぱいのバンブルビーは、おれが世界中の不運を背負い込んだような顔をしているのに気付かずに続けた。

「おいらオプティマスを見てたから知ってる……。嬉しいのはほんの一瞬だけで、また苦しいんだよ」

 ああ、判るよ。今のおれにはすごくよく判る。

「もうすぐ苦しくなくなる日が来ますよっておいらが言ったら、その日が来るのが一番苦しいって。忘れたら楽になれるのに、嫌なんだって」

 核心に近づいたバンブルビーの言葉に、おれは自らの不幸を跳ね飛ばして反応した。

 もうすぐ苦しくなくなる、だって?

 オプティマスに一体何が起こる。

「忘れなきゃずっと辛くて苦しいままかもしれないのに、その方が良いだなんて判らないよ。おいらオプティマスが辛い思いするの嫌だ。早く忘れた方が良いんだ」

 バンブルビーはきつい表情で床を睨んだ。

「オプティマスを苦しめるから……。おいら、あいつ、嫌い」

 バンブルビーが誰を思って睨みつけたのか、想像はつく。おれも嫌いだ。オプティマスと一緒に暮らせるってうきうき気分から不幸のどん底に突き落とされた恨みは大きいぜ。

 心情としては一緒にあのヤクザを。いや、まだあいつと確定した訳じゃない。あんな奴がそんな羨ましいことになっててたまるか。

 とにかくおれもバンブルビーと一緒になってオプティマスを苦しめている誰かを罵りたかったが、大人の余裕と自分に言い聞かせて違う事を言った。

「お前も誰かを好きになればわかるよ」

「なんでおいらが誰も好きになった事ないって判るの!」

「いやー、まあ、それは、なんとなく……」

 正直に言うとバンブルビーの機嫌を損ねそうだったのでおれは適当にお茶を濁した。

「ジャズもおいらが子供だって言いたいんだろ?」

 拗ねた言い方がまた子供っぽいんだが。でも、バンブルビーのこの負けん気の強さは好きだ。

「悪かった。おれだってお前に偉そうなこと言えるほど大人じゃないしな」

 おれは素直に謝った。若くて素直なバンブルビーより、大人になれてないくせに、経験積んでずるくなった分おれのほうがたち悪いかもしれない。

「おれは弱いしわがままだ」

 バンブルビーが何か言いかけたのを遮って、おれは続けた。

「だから、他人の弱さとかわがままも許したいと思う」

「……やっぱり、ジャズは強いよ。強くて、優しいね」

 バンブルビーが小さく呟いた。俯いているバンブルビーの肩に手を置いて顔を覗き込む。

「そう思っているのはおれだけじゃないさ。お前だって、好きな人の痛みや苦しみなら分けて欲しいって思うだろう? 大好きなオプティマスをすごく心配していろいろ考えてる」

 ああ……というように、バンブルビーが小さく電子音を出した。

「うん。そうか、そうだね。ジャズの言うこと少し判った」

 ようやくバンブルビーに明るい表情が戻り、おれも笑みを返す。

「オプティマスに何があるのか知らないけど、一人で全部背負い込まないで少しは甘えたっていいのにな。その、オプティマスが好きなそいつにさ。他の奴ならともかく、タフだろ、あいつ」

 話疲れたので、立ち上がって伸びをしながら言う。

「まあ一番頼って欲しいのはおれだけど」

 バンブルビーを振り返ってにやっと笑うと、バンブルビーがおれを見て苦笑いした後に深く排気した。

「オプティマスは、ずっと一人だったし、みんなに頼られて誰かの為に何かしてばかりだったから、なんでも自分だけ我慢して一人で抱え込む癖がついちゃったんだよ」

 バンブルビーはまた考え込んだ。

「おいらもオプティマスの言うことに従えば全部うまくいくって思って、それ以外の方法なんか考えもしなかった。だからびっくりしたんだ。ジャズの言葉に。おいらそれで気付いた。いかにおいらがオプティマスを頼りすぎてたかって」

 どうやったら、オプティマスを楽にしてあげられるだろう。そう思っているに違いないバンブルビーの一生懸命な表情。

「オプティマスは強いんだな。強すぎるんだ、悲しいほどに。もっと自分の気持ちにわがままになってもいいんじゃないかって思うよ」

 おれの言葉にバンブルビーはますます考え込んだ。

「おいらだけじゃなくて、周りのみんながそうだったから、オプティマスは自分を犠牲にしようって思ったんだ……」

 バンブルビーは独り言を呟き、ぶんぶんと首を振った。

「やっぱり、だめだよ!! オプティマスが居なくなるなんて。オプティマスが決めたことだから我慢しなくちゃいけないって思っていたけど、おいら嫌だ!」

 悲痛な言葉を吐き出し、縋るようにおれを見たバンブルビーは涙ぐんでいた。

「怖いけど、おいらちゃんと自分で考えなきゃ」

 バンブルビーは呻くような低い駆動音をたて、両手で顔を覆った。おれは何かあれば力になるという言葉の代わりに、そっと肩に手を置く。

「どうすればいい。どうすれば……。でもあいつ、うーん」

 ときおり独り言を呟きながらバンブルビーはうんうん唸り、やがて悩み疲れた顔でおれを見る。

「あいつ、オプティマスの秘密ごとオプティマスの事好きになってくれるかな? でもおいらあいつ嫌いなんだ、あーあ」

 バンブルビーの心底嫌そうな顔がおかしくて、おれは笑ってしまった。


「ねぇジャズ。おいらたちが急にいなくなったらごめんね。上海に居られるのは。ジェットファイア

じいちゃんが帰ってくるまでだから。じいちゃんの探し物が見つかるまで……」 


 おれの部屋を出て行くバンブルビーが、最後にそれだけ教えてくれた。


 翌日の仕事中、ふと空いた時間におれのブレインサーキットを占めるのはその事ばかりだった。

 記憶が無くなる? そしてどこかへ行ってしまう??

 思わず手帳に電子ペンで書き込んだ文章を見たおれのデスクの隣のニンジャが、まるでかぐや姫だと言った。

 どんなヒントでも欲しいと食いついたおれにニンジャが教えてくれたのは、日本のおとぎ話。

 おとぎ話のラストで、かぐや姫は天の羽衣を羽織り、地球に住んでいた頃の記憶や人の心をなくした。

 人から天人へと別の存在に変わるために。

 だから、沢山の人に求愛されたけど、誰の愛にも応えなかった。自分が愛した相手からの求愛さえ拒んだ。

 かぐや姫はいつか月へ帰らねばならない自分の運命を事を知っていたから。






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初出 日記 20100328〜
20100503

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