上海大将 2
順風満帆とはおれのためにある言葉だと思っていた。同業者が潰れたってニュースを見るまで。
政府は、この会社を「強欲」だと非難し助ける必要なしと判断した。大勢が突然職を失い路頭に迷った。だけど、会社を潰した張本人は、三回生まれかわっても十分遊べるほどの退職金を貰ってとっくの昔にとんずら。酷い話だ。
でも、これって、俺だってやってる事じゃないかって、今まで自分のやってきたことに急に疑問を持ってしまったんだ。
ちょっと前までのおれは、仕事が面白くって仕方が無かった。大きなカネを動かす事も、会社に莫大な利益をあげることも、友達の年収よりも多くの月収を貰うことも、楽しくて仕方が無かった。
だけど、ふと気付いてしまったんだ。おれが手にしたそのカネは、誰かが損したカネなんだって。
目先の利益の為にハイリスクをとって、莫大な成功報酬を貰う、後回しにしたリスクが姿を現した頃には、おれはもうそこにいない。
ノーリスクハイリターン。今日の得はおれが掠めて、明日の損は他人に押し付ける。
自分の報酬がもらえれば、後はどうなろうと構わない。まさに「強欲」
それが賢い事だと言われる世界に違和感を感じた時から、動けなくなった。
おれの上司は、ふざけるなとおれを叱った。おれを首にせず、頭を冷やして少し休めと東に飛ばした上司はいい奴だ。だが、骨の髄まであの街の人間だ。普通の仕事で得られる年収の十倍程度じゃ、安すぎてやってられないと愚痴るあの街の。
下町の餃子屋へ行こうって思ったのは、尊大で気取った態度や、最高級のワックスの匂いに嫌気がさしてたから。おれはもともと貧民街の出身で、下町のごちゃごちゃして汚い感じも、バカで酒飲みでどうしようもない奴も結構好きだし、真面目で優しい人たちがみんなで助け合いながら一生懸命生きているのを見るのが好きだ。
強欲な奴らがカネを奪い合う世界に疲れて、素朴で優しい人たちが恋しくておれは来た。
まさか、来て早々に探していたものが見つかるとは思ってなかったけど。
全身が善意で出来てるんじゃないかっていうほどいい奴が俺に言った。
「ジャズ、家が無いの? なら、おいらの家においでよ」
おれは、ここに来てまだ日が浅く、忙しくて家を探す暇も無かったから、まだホテル住まいだと言っただけなんだが、貧乏で家が無い的方向に勘違いしたアイツは、百二十パーセントの好意で俺にそう言った。トランスフォームする時くらいの自然体で。
俺はお前とまだ出会って一時間も経ってないんだけどな? バンブルビー。
ヤクザが散らかした皿を拾って手渡すと、黄色い奴はかすれた声でありがとうと言った。
「おれはジャズ。おまえは?」
「おいらバンブルビーだよ。ごめんなさい。せっかく来てくれたのに。今日はお勘定タダにするからまた来て」
「いや、良いんだよ。気にするな。また来るし金も払うよ。こんな美味しいもの食べさせてもらったのに、金払わなきゃバチが当たる」
「美味しい? ほんと? オプティマスも喜ぶよ! 後で言っておくね」
「この店はいい店だな。教えてもらってはじめて来たけど、安くて美味いし、店の人も良い奴だし」
「ありがとう。これからもごひいきに!」
吹っ飛ばされた皿の片づけを手伝いながら、俺とバンブルビーはお互いの事を少しずつ話し始めた。
おれがこっちに赴任してきたばっかりって事、家を探す暇が無くてホテル住まいだって事を話した時、俯いて掃除していたバンブルビーが勢い良く顔を上げて俺を見た。
「ジャズ、家が無いの? なら、おいらの家においでよ!」
満面の笑みで言うバンブルビーの言葉を聞いて、おれは驚きで一瞬固まった。
「え? いいのか」
「いいよ、困ってるんでしょ? オプティマスも良いって言うよ。困ってる人には親切にしなさいっていつも言ってるし、おいら一日一回は善い事するって決めてるんだ」
多分、こいつは俺が金が無くて家を借りられない的な事を思っている。
本当は勘違いだが、俺が困っていると思ったバンブルビーは、あたりまえのようにおれを助けてくれようとしている。俺は感動してちょっと動けないほどだった。なんでこいつこんなに優しいんだって思った。会ったばかりのおれになんでこんなに親切にしてくれるんだ?
「ありがとう。すごく嬉しい。でも遠慮しとく」
「なんで遠慮するの??」
「おまえ、おれがどんな奴かも知らないだろう? そんな奴を家に泊めるなんて危ないじゃないか!」
バンブルビーは、俺の言葉を聴いてきょとんとした顔をした。
「だって、ジャズいい人じゃないか! 自分の事危ないとか言うの変だよ?」
人を疑う事を知らないのか、こいつの声からも笑顔からもまぶしいほどの善意が溢れている。
「メガトロンからオプティマスを助けてくれようとしただろ? おいら知ってるよ。ジャズすごいね、ムボーでバンユーだよ。早死にするタイプ。『あのメガトロン』に反抗しようとする人、オプティマス以外ではじめて見た。でも今度から止めた方がいいね。海の底に沈むから。オプティマスはああ見えて結構やるときはやるから大丈夫だよ!」
メガトロンって、あのヤクザか。
おれは多分自分で思ってたよりもっとやばい奴を相手にしようとしていたんだろう。バンブルビーに助けてもらったな。ていうか、こいつ口悪くないか?
そんな事を思いながら、おれはひょいと皿をバンブルビーの前に差し出した。
「それって、この店の皿がプラスチック製なのと関係あるのか?」
「するどいね!」
バンブルビーはおどけてウィンクをした。地面は汚れてるけど、食器はすべて安物のプラスチックなので割れてないのが幸い。
「お店を始めたばっかりの頃、ちんぴらが嫌がらせに来たんだ。オプティマスが追い返したけど、その時陶器のお皿は全部割れちゃったから」
「……その話は詳しく聞く必要があるぞ?」
俺がそう言ったとき、店の携帯電話がデフォルトの着信音を鳴らした。バンブルビーが素早く立ち上がり、ハーイと返事をしながら駆け足で電話をとりに行く。
「ラチェット先生? うんおいらだよ! 出前? 今大丈夫。注文どうぞ! えーっと、水餃子と……」
バンブルビーが出前の注文をとるのをぼんやり聞いてたら、ビール飲みながらひっくり返った机を直してくれてた熊おっさんがそわそわしはじめた。厨房のあたりを気にしては机を直しに戻るので、そのたびに黒くてでかい図体が俺の視界に入っては消え、入っては消えする。
そわっそわそわっそわうるせえな……! お前は冬眠から目覚めたばかりの熊か!
おれが切れそうになったとき、ついに我慢できなくなったのか熊おっさんが電話を切って側に置いたバンブルビーにどすどすと突進した。
「バンブルビー、勘定!」
「もう? 早いねアイアンハイド。いつもはもっと食べるのに。お腹痛いの?」
微妙に失礼なバンブルビーの言葉が聞こえないほどおっさんは必死になって言った。
「あと、ラチェットに届ける分、倍にしてくれ。金は俺が払う!」
「え?」
バンブルビーが戸惑っていると、おっさんは頭から湯気が出そうなほどあがって言った。
「ラチェットには、お、俺が届ける!」
「うーん?」
バンブルビーが少し困った声を出すと、厨房のオプティマスがバンブルビーに声をかけた。
「バンブルビー」
「はい」
「アイアンハイドに頼め。それと勘定はメガトロンにつける」
「はい、オプティマス」
目を伏せ淡々と調理をしながら落ち着いた声で言うオプティマスにバンブルビーは頷いた。
あれ? オプティマス怒っていらっしゃる?
オプティマスは、メガトロンが荒らした惨状を見て、声を荒げるでなく、怒った顔をするでもなく、スッと目を細めるとすぐに厨房に戻って行った。
もっと怒ると思ってた俺はオプティマスは怒ってないのかと思ってアレッと拍子抜けしたけど、さっきのオプティマスの言葉を聞いてはっとした。
オプティマスは怒ってない訳でも呆れて諦めている訳でもなく、静かに腹の底に怒りを溜めているんだ。
それに気付いた俺はちょっとスパークが冷えた。
オプティマスって、ああいう風に怒るんだ……。
こういう、黙って怒りを溜めている、静かに怒るタイプは怖いぞ。ほんとに怖いぞ。
メガトロンの野郎、怒らせてはいけない人を怒らせたな、バカめ。跪いてオプティマスに許しを乞うがいい! そして踏まれろ。
そんな事を思い、俺がザマミロ感に浸って良い気分で掃除しているうちに料理が出来上がった。おいしそうな匂いがするテイクアウト用のパックをどっさり詰め込んだ袋を手にしたおっさんは、気持ち悪いほど機嫌よく「大将、またな!」と言うといそいそと通路の奥に消えてった。
「おっさん上機嫌だな」
「アイアンハイドがいる時に……。まあいつもいるけど、ラチェット先生から出前が入ると、アイアンハイドが届けてくれるって言うんだ。アイアンハイドはね、ラチェット先生が好きなんだよ。でも好きだって言えなくて、ずっと黙ってご飯食べてるだけなんだって! 先生が『私が期待して待っているのは、お前の届けてくれる餃子よりもお前の方なんだが?』って言っちゃおうかなってさっき電話で言ってた」
俺のところに戻ってきたバンブルビーが悪戯小僧みたいな笑みを浮かべて言った。
「そしたらアイアンハイドなんて言うかな? おいらラチェット先生もアイアンハイドも好きだから、二人に幸せになって欲しいんだ!」
心の底から二人の幸せを願っているのが判る。嬉しそうに言うバンブルビーを見て、素直で、明るくて、優しい。キラキラと輝く黄色い宝石みたいな奴だなっておれは思った。バンブルビーと話していると、こっちまで元気になってくるんだ。
「あ、それで、オプティマスがちんぴらを追い返した話なんだけど」
この話をしたくてたまらないバンブルビーが、ひでぶ! とか、ドッキューンとか、ゴゴゴとか、擬音と身振り手ぶり多めで話してくれたところによると、店が繁盛しているのに目を付けた三人のチンピラがみかじめ料を払うよういちゃもんを付けてきた。オプティマスが毅然として拒否すると、チンピラどもは暴れはじめ……と思ったらオプティマスが裏拳とかかと落としとアイアンクローからの地面叩きつけで瞬殺し、一言、「選んだ店が悪かったな」と……。
やっぱり怒らせると死ぬほど怖いと判った。
ダメだ。ヤバイ。これはヤバすぎる。おれは焦った。すごい焦った。
怒られるような事をしなければ良いのだろうが、したいんだから困る。
無理やりなんて論外だけど、オプティマスを押し倒したい。隙あらばクールに抱き寄せたりキスを狙ったり、ちょっと怒られるような事もしたいんだが、やっぱり半殺しにされる覚悟が必要ってことか?
それで少しでもオプティマスへ想いが届くんなら、半殺しの試練だろうと四分の三殺しの試練だろうと喜んで立ち向かうけど、なるべく入院は避けたい。
「ウソだよな?」
「ウソじゃないよー! すごいカッコよかったんだよ!!」
涙目になったおれが一縷の望みをかけて聞くと、バンブルビーがムキになって言い張る。
違うんだ……。そうじゃなくて……。おれの命がかかってるんだ。
「次の日はもっと大勢で来たから掃除が大変だったよ。オイルが溜まってしみになってとれなくて。お皿も全部割れちゃったし。これじゃお店開けないって、オプティマスがそこら辺のちんぴら引きずって、大世界の賭場で賭け麻雀してるっていうこいつらのボスのところへ意趣返し……じゃなくて直談判に行ったんだよ」
バンブルビーの話の中でオプティマスが向かった、「大世界」または「ダスカ」って呼ばれている場所は、おれもこっちに赴任してきた最初の夜につれて行ってもらった大歓楽施設だ。
西と東の様式が入り混じった、くねくねと入り組んだ奇妙でどこかなまめかしい建物の真ん中に高い塔が建っている。塔の天辺付近にはディセプティコンズのシンボルが掲げられてて、オートボットの、議会の権威なんかここじゃなんの役にも立たないって事と、ここの支配者が誰かってのを誇示してる。
大世界は、映画館も、カジノも、劇場も、レストランも、ナイトクラブも、病院も、ヤバイ薬が楽しめるところも、売春窟も、楽しむためのありとあらゆるものが揃っていて、どんな欲望だって叶えてくれる。欲しいものはなんだってあるんだと、合法でも、非合法でもここで味わえぬ快楽は無いと、俺にしなだれかかったナイトクラブの綺麗な小姐が教えてくれた。
おれが行ったナイトクラブ、こっち風に言うと夜總会は豪華で洗練されていて華やかで、バンドの演奏もとてもレベルが高いものだった。その、おれが健全に遊んでいるほんの近くで非合法の賭博やヤバイものの取引が行われている。
快楽と紙一重で足を踏み入れてはいけない深い闇が広がっている。
闇の中では、行方不明や自殺なんかも日常茶飯事。裏切り者や、権力争いに負けた者、事業に失敗したり快楽に堕ちたりで作った莫大な借金が支払えない者などがばらばらにされて、部品となって大世界を出て行く。
そんなヤバイ所、おれは絶対に近づきたくないと思ったのに、非合法の賭場に一人で突っ込んで行くって、オプティマスはどれだけ修羅場くぐってるんだよ?
半死半生のチンピラを引きずってヤクザ者の溜まり場に行くなんて事をすれば、騒ぎにならないはずがない。
話の先を促すと、バンブルビーは、そこで何が起きたのかは知らないと言った。オプティマスに来るなと言われていたからだ。我慢ができずに追っかけて行ったバンブルビーが見たのは、すでにめちゃくちゃに壊された賭場の床にはいつくばるちんぴらのボスたちだけで、オプティマスはいなかった。
オプティマスはメガトロンの部下に連れて行かれた。
それを聞いたバンブルビーは半狂乱になってオプティマスを探し回り、ようやくある夜總会にいる事を突き止めた。
バンブルビーは飛び込んだ夜總会でようやくオプティマスを見つけた。美しい小姐を侍らせたメガトロンがグラスになみなみと注いで差し出したきつい酒を退け、ボトルの方を空けたオプティマスを。
「死ぬぞ!」
「ねぇ……」
思わず声を上げたおれに、バンブルビーが呆れたように頷いた。
オプティマスの滅茶苦茶にメガトロンは大いに笑い、「気に入ったぞ!」と言った時、オプティマスは勝った。誰にも邪魔されずに店をやるなんてそんなささやかな望みだけじゃない。オプティマスはそんな事望みはしないだろうけど、メガトロンという後ろ盾を手に入れたオプティマスには誰も手出しできないし、オプティマスのどんな無茶も通るだろう。ここで生きている者なら誰もが欲しくてたまらない特権を手に入れたんだ。
さすがにふらついたオプティマスを抱きとめたメガトロンが、自らオプティマスを横抱きにして介抱しに連れていったのを見た大世界の人々は、何があっても絶対にオプティマスに手を出さないと心に誓ったはずだ。
「メガトロンはここの王だから」
バンブルビーはそう言った。
言われなくても、一目見ただけで判った。それくらいメガトロンは圧倒的だった。
全身に力と気力が漲り、金色のオーラを放つ。
ならず者たちが奴に従うのは、不可能を力でねじ伏せ可能に変える強さをメガトロンの内に認めているからだ。
力を欲するもの、力に憧れるもの、力の理不尽に泣くもの、全て。その姿に魅入られるか、恐れるか、どちらかしかできない。
「賭博場の近くの夜總会にたまたまメガトロンがいたんだ。あの日以来オプティマスの事をすっかり気に入っちゃって、しつこく口説いて来るんだよ。わざわざオプティマスを探しに来てさ、置くところが無いくらい沢山プレゼントが届いて、もうすごかったんだから!」
思い出したのか、バンブルビーは興奮して、メガトロンからオプティマスあてにどれほど豪華な贈り物が届いたのか、どんなにメガトロンが情熱的にオプティマスを口説いてきたのかを熱く語った。
「まあ、どんなに高価なプレゼントでもオプティマスの気を惹くことなんかできっこなくて、メガトロンは全然相手にされてないけどね! オプティマスは誰のものにもならないんだ!」
バンブルビーは、最後はなぜか誇らしげにそう言って胸をそらした。
おれの中で、疑惑がどんどんふくらんでいく。
王に見初められたオプティマスは、望めばここでの権力やどんな贅沢だって思いのままのはずなのに、相変わらずこんな所で小さな店を開いている。
いや、それよりも。
おれは、オプティマスにもメガトロンと同じものを感じていた。もちろん、方向性は違うが。
賭場の近くにたまたまメガトロンがいた。それは幸運だろうか、不運だろうか。下手をすれば殺されるよりも酷い目にあわされていたかもしれない。どちらに転んでもおかしくない「きっかけ」を幸運に変え、勝ちを引き寄せたのはオプティマスの力だ。
その胆力も、行動力も、並みのものではない。メガトロンのように大勢の人の上に立っていてもおかしくないはずなのに。
それが、なんだってこんな場末の餃子屋をやってるんだ?
おれは頭を振ってその考えを追い出した。よけいな詮索はしないほうがいい。必要ならばオプティマスのほうから教えてくれるだろう。
かわりに、毒々しいネオンと夜總会から漏れる明かりに照らされるオプティマスって、どんな風だったんだろうと思った。多分、すごく場違いで、でも妖しくて綺麗だったに違いない。欲しいと思わない奴なんているもんか。
「大丈夫なのか? その、介抱するついでに変な事されたとか……」
おれが心から心配して言うと、バンブルビーが首をかしげた。
「ひどい事はされなかったって言ってたよ? メガトロンは一晩中優しくしてくれたって」
「その優しさは明らかに下心に由来するな。このクレセントキャノンをかけてもいい」
一、晩、中。
その単語が頭の中でぐるぐる回ったがなるべく考えないようにする。
バンブルビーと俺が他愛ない事を喋りながら掃除しているうちに、店の周りはすっかり綺麗になっていた。
「綺麗になったね! ありがとうジャズ!」
バンブルビーが嬉しそうに耳をピコピコさせる。おれも笑って頷いた。
笑いながら頭の片隅に何かが引っかかっていた。おれはメガトロンの名前に聞き覚えがある。どこで聞いたんだろう?
タイミングよく客も引け、黒い小瓶を持ったオプティマスがゆっくりと厨房から出てきた。
オッスお疲れ様ですオプティマス兄貴! 次の出入りにはおれも連れてってください!
そう口に出してしまいそうになるのをグッと堪える。オプティマスと一緒に思う存分暴れられるなんて滅茶苦茶楽しいに決まってる。次があったら絶対参加したい。
「ありがとう。掃除を手伝ってもらって助かった」
オプティマスから手渡された小瓶には「超級男油」って書いたラベルが貼られていた。
超級は、たしかスーパーって意味だ。男油は男から出たみたいな感じがしてなんか抵抗あるな。でもオプティマスのなら……。
オプティマスから男油をもらってしまったおれはその字面にもんもんとした。変な事をいろいろと想像して考え込んでいる俺の耳元に、不意打ちで囁かれる。
「ジャズ」
低くて艶めかしいオプティマスの声で名を呼ばれ、体中にゾクゾクと電流が走ったみたいになった。
甘い痺れが蜘蛛の巣のようにおれの体に張り巡らされる。名前を呼ばれただけだってのにこのざまだ。それなりに経験を積んできたつもりなのに、オプティマスのたった一言で思春期のガキに戻ったみたいに余裕が無くなる。
「うちに来るだろう?」
オプティマスの顔を見ると笑ってた。
口の両端をほんの少しだけきゅっと上げて、青くて優しい光を放つ目でおれを見て、笑っていた。
「はっ、はいぃぃ!」
変な声が出た。
逆らえる訳が無い。
「やったー!」
バンブルビーが大喜びしている。
こんなにあっさりと陥落してしまって、悔しい気持ちと情け無い気持ちと……。でも、そんなつまらないプライドなんか吹っ飛ばすほどオプティマスは魅力的だ。何されたって構わない。オプティマスが望む事はおれの全力を持って叶えてあげたい。
たった一度の微笑でオプティマスはおれのスパークを撃ち抜いて、一目惚れが後戻りできなくなるほど深みにはまったって言うのに、オプティマスにとっては、路傍の小石を蹴飛ばすくらいの何気ない気持ちでしてるんだから、なんて罪深い人だよ。
おれは大きく肩を動かし、大げさに排気した。
自分の笑顔が百発百中の凶器だって事、もっと自覚して欲しいもんだ。
メガトロンにも無意識のうちに挑発しまくってるってのは目に見えてる。
こればっかりは、おれと同じくあなたの囚人であるメガトロンに少し同情するね。
……あと、期待に反して男油はただの栄養ドリンクだった。
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