上海大将 4
エネルゴンビールが進む味付けがされた若い結晶を箸で摘み、口へ放り込む。夕食にしては大分遅い時間帯、毎晩ラストオーダー直前に駆け込むおれにバンブルビーはいい顔をしない。
最初の頃こそ、バンブルビーに「こんな夜中まで仕事しているの?」と驚かれたが、それが一週間続くと心配され、やがて呆れられ、今じゃ早く辞めなよと小言を言われている。
おれは若エネルゴンの液体金属漬けの入った小皿をまじまじと眺めた。こいつは最高に美味い。そして安い。
こいつを一皿売っても、儲けはほんの僅か。千皿売ったって万皿売ったってたかが知れている。
おれが一ブリームにいくら稼ぐと思っているんだと、上海に赴任する前なら笑っただろう。
「ジャズはなぜそんなに働くの?」
今のおれにはバンブルビーの素朴な疑問がけっこうズシンときた。
「稼げるだけ稼いで、早めに引退して、悠々自適に遊んで暮らす。おれの世界では、みんなたいていこの夢を叶える為に昼も夜もなく働いて、他人に損を押し付けて蹴落として勝ち上がっていく」
それが成功するってことだ。
テンプレみたいな答えを言うと、バンブルビーは納得していない顔をした。
周りが言うのを鵜呑みにしていた訳じゃないが、おれもそれがひとつの成功の形だと思っていた。ただし過去形だ。
夢が夢であるうちはよかった。だが、その夢が叶いそうだと思ったときに気づいてしまった。
おれが欲しいものはこれじゃない。
これ以上突っ込まれたくないという内心の動揺を隠して、おれは平気そうな顔をしていた。つもり。
バンブルビーは首をかしげ、しばらくした後理解できないといった風に首を振った。
「働かずにすむように嫌になるほど働くの? おいら世間知らずだから間違ってるかもしれないけど、なんか変だって思う。おいらはオプティマスのお店で働くの楽しいし好きだから」
バンブルビーの言葉の一部が引っかかった。
「あー、今のおれ、働くの嫌って顔してる?」
「してる」
即答したバンブルビーの顔を思い出しながら、エネルゴンビールを流し込んだ。
「やっぱりか……」
思わずつぶやいて、それをごまかす為にあの時もエネルゴンビールを一気飲みした。バンブルビーから強引に目をそらしたのを誤魔化すために。
エネルゴンビールを喉奥に流し込むわずかな隙に少し考えたが、結局おれはバンブルビーに本音を口にしてしまっていた。
「実を言うとな、おれも判らない。いや、判らなくなってきた。勝ち続けてトップに君臨する奴らは凄いが絶対に尊敬できない。だけど、このままキャリアを積めばおれだってああなるんだって思うとぞっとした」
バンブルビーはおれの言葉に頷き、純粋そうな青い瞳でじっとおれを見る。
「そんな事に今頃気づいたんだ。なんで最初に気づかなかったんだろうな。いけ好かないやつらの巣窟だって馬鹿にしてたのに、おれだって同じ思考回路になってた」
自虐めいた愚痴を口にしても、バンブルビーの目はおれを軽蔑する色を一切浮かべなかった。
おれが今の道を選んだのは、とびきり優秀な奴らが食うか食われるかの勝負をしている世界で自分を試したいと思ったから。
おれが一番だって証明してやると、良いことも悪いこともただがむしゃらにやってきた。やっていけるって確信を持ち、余裕が出てきた頃になって気づくんだから皮肉だ。
大分酔いのすすんだ客が機嫌よく笑ってるのが聞こえる。おれはバンブルビーの言葉を思い出す。
「でもね、それは、ジャズが優秀だからだよ。ジャズは何をやっても上手くできるからよく考える前に飛び込んで、なまじどんな状況でも対応できるから気づくのがちょっと遅れたんだ」
「……小器用に立ち回って肝心なこと見逃すなんて間抜けだろ」
「一度や二度の間違いくらいなんだよ。ジャズは贅沢だ。ジャズはあまり失敗したこと無いからそんな風に言うんだろうけど、おいらなんてできない事とか失敗だらけなんですけど、嫌味!?」
きな臭い方向にバンブルビーが迫ってきたのでおれはあわてて言い返した。
「違うって! 自分を過信して、何とかなるってすぐ行動に出るのはおれの悪い癖だなと思ったんだ」
「うそ。ごめん。判ってるよ」
バンブルビーがおどけて肩をすくめた。おれがバンブルビーを小突くふりをすると、大げさに避けて笑う。
おれだって判ってるよ。おまえがネガティブになってるおれの気持ちを変えるために言ったこと。
「でもジャズが贅沢だっていうのは本当。だってほとんどの事は本当に何とかなるだろう。オプティマスは別だけど、おいらジャズくらい頭が切れてできるロボット知らないよ」
優しいな、こいつ……。
バンブルビーのおれを励ましてくれる気持ちが嬉しくて、落ち込んでいた気分が明るくなる。
「オプティマスー! バンブルビーにエネルゴン杏仁豆腐ひとつ!」
「やった!」
おれが厨房に向かって叫ぶと、バンブルビーの顔がぱっと輝いた。
七色に輝くプルプルをスプーンに載せ、うれしそうにしているバンブルビーに向かって口を開く。
「おれはお前を羨ましいと思うよ。おまえの前向きでまっすぐで、いつでも一生懸命なところ見てると、おれも頑張ろうって気になるんだ。お前はそういう、周りを元気にする力がある」
おれの言葉を、バンブルビーは凄く喜んでくれた。言ったおれが驚くくらい。
「おいらはさ、ジャズみたいに色んなこと上手くできないから、とにかくなんでも全力でやるって決めてるんだ。それが唯一確実においらができる事だから、胸張って言えるように頑張る。でも辛いと思った事は無いよ。いま凄く楽しい」
バンブルビーは少しはにかみながら続けた。
「オプティマスの力になりたいんだ、少しでもいいから。おいら欠陥品だからそのためには他のロボットより何倍も頑張らなくちゃ」
バンブルビーから流れてくる文字列が無視できなくて、反応する声が思わず低くなる。
「欠陥品だなんて言うなよ。おれはおまえにずいぶん助けられてる。オプティマスだってきっとそうだ。だから、そんな風に自分を卑下するな。それとも誰かがお前にそんな酷い事を言ったのか?」
おれが言うと、バンブルビーは寂しそうに笑い、俯いて文字を寄こした。
「上海に来る前だけど……」
「うん」
軽く相槌を打つと、バンブルビーが一気に後を続ける。
「おいらは仲間たちと一緒にオプティマスにお使えしていたんだ。でも、事情があってみんな他所に貰われていった時、おいら一人だけどこへも行けなかった。声が出ない欠陥品は困るって言われて。おいらの声のことは先に伝えていたはずなのに、土壇場でいきなりだったからすごいショックだったよ」
おれが口を挟もうとするのを察し、バンブルビーは首を振った。
「しょうがないんだ、オプティマスが手配してくれたのは名門貴族の家だったから、おいらみたいなのが居ると、その、みっともないから。でも、おいら、惨めで、悲しくて、オプティマスに申し訳なくて、少し泣いていたらオプティマスに見つかってしまって……。隠れてたんだけど」
「オプティマスが泣いてるお前を見つけられない訳がない」
おれが言うと、バンブルビーが頷く。
ほんとに、そうなんだよ、ジャズの言うとおりなんだ。オプティマスはとても優しくて何でもお見通しでどんな事でもできるんだ。ビッグブッダって感じ。
おれに伝えながらその時のことを思い出したのか少し涙ぐんだ後、照れくさそうに笑ってバンブルビーは話を続けた。
「オプティマスはおいらに『お前が残ってくれてよかった』って言ったんだ。違いますって、おいら残ったんじゃなくて、誰にも必要として貰えなかったんですって本当の事言ったけど、オプティマスは『私が必要としている。一緒に居て欲しい』って、言ってくれた」
辛い思い出のはずなのに、バンブルビーは笑顔で話している。それが凄く印象的だった。
おいらには何も言わなかったけど、オプティマスはおいらを要らないって言った先にすごく怒ってくれたんだって。
お店だっておいらと二人でできるからってはじめてくれたんだよ。
おいらは、負け惜しみじゃなくて本当に声が出なくてよかったってその時思った。おかげでオプティマスの側にいることができたから。そういう風に思えたのもオプティマスのおかげなんだ。
だからおいらはジャズみたいに優秀じゃないけど、やりたい事だけは良く判ってる。オプティマスの力になるんだ。
バンブルビーの言葉がずっとブレインサーキットにこびりついている。
「オプティマスが」
言葉とともに、おれの目の前に美味しそうな料理の盛られた皿がすっと差し出された。
ぼんやり記憶を追っていたのを中断しはっと顔を上げた時には、忙しいバンブルビーは隣のテーブルに呼ばれ話す暇も無い。
作りたての美味しい料理をありがたく頂きながら店を見回した。
バンブルビーは花の代わりにテーブルと厨房を忙しく廻り、オプティマスは次から次へと入るオーダーを裁きながら、酒は足りているか、料理に満足しているかと厨房から客を見渡している。
一日の疲れと憂さを背負ってやってきた客たちは、帰るときにはすっかり笑顔だ。
あれだけ働いて、一皿売っても儲けは僅か。でも今のおれはオプティマスやバンブルビーが羨ましい。
バンブルビーは、オプティマスを尊敬している。大好きだと言っている。そんな人のために働くのはどれほど楽しいだろう。
今のおれは、仕事を辞めたって何をしたいのかも判らない体たらく。考えずに夜中まで働くのが楽だ。
昔のおれは野心でいっぱいで、やらなきゃいけないこともやりたい事も死ぬほどあったのに。いつのまにおれの中は空っぽになっていたのだろう。
バンブルビーはそんなおれの惰性を敏感に嗅ぎ取って、辞めればとあっさり言う。おれがどれだけ稼いでいるか知っていてもお構いなし。それが妙に小気味よい。
ジャズなら大丈夫。どこだってなんだって自分のやりたいことやっていける!
バンブルビーはおれを励まして言った。
おれじゃなくて、お前がそうなんだ、バンブルビー。おまえはぶれない。
オプティマスもミステリアスで浮世離れしているが、オプティマスの教育の賜物か、バンブルビーもどこの山奥で純粋培養されたんだって不思議に思うくらいいい奴だ。
自分の好きなもの、自分にとって大事なものを判っている。誰もが羨むステイタスに見向きもせず、それだけをまっすぐ追っている。
純粋で、素直で、努力家で、裏表のない明るい性格はおれの本音を引き出す。
誰かに自分の弱みを明かすなんて絶対無かったのに。
おれはない物ねだりをしているんだろうか。現実から逃げたいだけなんだろうか。それとも本当に生きる道を考え直すか。
安い丸いすが打ちっぱなしのコンクリートに擦れて響く音を合図に、その事について考えるのを中断した。
客が引け、ようやく落ち着いたバンブルビーがおれの隣に腰掛ける。真剣な面持ちで手を動かすバンブルビーに興味をひかれた。
「何書いてるんだ?」
「請求書だよ」
「ふーん」
なんとなく見ていると、気になる文字をアイカメラが捉えた。
上海総督 威震天
「この名前見たことあるな……」
独り言をつぶやくと、バンブルビーが顔をあげておれを見る。
「なにかジャズに関係あるの?」
「今度、わざわざ本社から役員が来てこいつに挨拶に行くと言っていたから覚えてる。営業免許更新できるかどうかはこいつの胸三寸だから、機嫌損ねたら一大事ってピリピリしてたな」
ま、おれみたいな下っ端には関係ない話だと言って肩をすくめた。
「オプティマスはこんなお偉いさんとも付き合いがあるんだな〜。さすがおれのオプティマス」
おれが一人で納得して頷いてると、バンブルビーが不思議そうな表情をうかべて顔を斜めに傾けた。
「何言ってるの? ジャズも知っているじゃないか。この間壊された店の備品の請求書だよ」
「知らないぞこんな奴」
おれが言うとますますバンブルビーの中で不思議度合いが増したのか、顔がしかめられた。
「ジャズってば本気で言ってるの?」
「ん?」
のんきなおれの態度にバンブルビーが完全に呆れ顔になる。
「メガトロンだよ、め・が・と・ろ・ん」
間違えようも無く、くっきりはっきり送られてきた文字の意味を知ると思わず固まった。
「……え?」
「え……? じゃないよ。威震天ってのはメガトロンのこっちでの名前! ジャズはメガトロンが誰かも知らなくて楯突こうとしてた訳? ほんっと呆れた!」
「そういえばあったなそんな事も」
おれが笑って誤魔化すとバンブルビーに睨まれた。
だってな、これ見よがしな高いプレゼント、まわりの存在を完全にどうでもいいと思ってないと到底言えない情熱的で甘い口説き文句。おれたちに劣等感を抱かせ、かつオプティマスに手を出すなという露骨な威嚇と脅し。
これは反抗せずにはいられないだろう。
あの顔はてっきりやばいヤクザだと思って、最悪半殺しで何とかなるだろうと思っていたけど、もっと激しくたちが悪い奴だったとは……。
「いや〜、面白いな」
「面白くない!!」
おれのあまりのアホさ加減に、ついにバンブルビーがぷりぷり怒りだした。
「あいつ偉い?」
「ここで一番偉い!」
おれマジで会社潰すところだったかも!
「おいおいおい、裏社会の帝王さんかと思ったら表のトップと兼任だったってそりゃないだろう。やりたい放題じゃないかそんなの」
「だからやりたい放題してたじゃないか!」
「……そういえばそうだったな」
言われてみればまあ全て納得いく話だ。でかくて傲慢で尊大で大悪党で自分以外は素で無視するあの態度も、金にあかせたプレゼントやら豪華旅行やら料理の大量購入も。
あの手この手のやりたい放題は、金と権力を湯水のように使える立場だからこそだったんだな、納得。
……あれ?
納得したのは良いが、なんだか怒りがふつふつとわいて来た。
そういえば、おれは昔から金や権力をかさにきた偉そうな奴には徹底的に反抗したくなる病気にかかってるんだった。
「クソッ! 腹が立つから反抗してやる」
「もう突っ込むのもバカらしくなってきた。またおいらをハラハラさせる気? お願いだからもう大人しくしといてよ」
はっちゃけをやめろというバンブルビーからのせっかくのお願いだが、きけそうもない。
「いざという時は頼りにしてるぜ」
言いながらさぞ嫌な笑いを浮かべてるだろうなと自分でも思った。
「ばか! こんな時だけおいらに頼ってさ、ズルイんだから。オプティマスに助けてもらいなよ!」
「って言うけど、助けてくれるよな、お前」
バンブルビーに顔を近づけ、畳み掛けると、バンブルビーが一瞬うろたえた後に爆発する。
「ばか、ばか、ジャズのばか〜〜〜〜!」
バンブルビーが湯気を出しそうなほど熱くなって、おれがさすがにからかいすぎたと謝ろうとした瞬間、バンブルビーの肩がちょんちょんと尖った金属の先で突付かれた。
「あ!」
「なんだ?」
嬉しそうに声を上げたバンブルビーの視線の先を追うと、四足の獣型ロボットが大きな一つ目でバンブルビーを見上げていた。くぱっと割れた口に尖った歯がずらりと並び、いかにも凶暴そうだが、大きな目が意外と可愛いし、猫科を思わせるとがった耳や体つきはなんだか愛嬌がある。バンブルビーの肩を突付いたのは、そのロボットの長くてしなやかな尾だった。
「ラヴィッジ、久しぶり!」
とたんにバンブルビーは明るい声を出して、ころっと機嫌がよくなった。
「ラヴィッジはメガトロンのところにいるんだ。たまにお使いに来るんだよ」
おれにラヴィッジと呼ばれた黒い獣型ロボットを紹介すると、バンブルビーはラヴィッジに向きなおった。
「今オプティマスが餃子の準備しているところだからちょっと待っていて」
そう言うとバンブルビーはいそいそと厨房に行き、エネルゴンのかけらを皿に置いて戻ってきた。しゃがんで皿をラヴィッジの前に差し出しながら、バンブルビーはオプティマスを気にしてか厨房のあたりへちらっと目線を送った。
「ちょっとメガトロンに渡して欲しいものがあるから後でお願い……。これはお礼」
オプティマスに知られぬよう警戒しながらラヴィッジに顔を近づけてこそっと文字を送ると、ラヴィッジは素直に頷き、与えられたエネルゴンに嬉しそうにかぶりつく。
小さく範囲を絞った通信は、オプティマスに知られたらまずい事なのだろうか。
気になったが、バンブルビーとラヴィッジの会話を邪魔しないよう今は聞いてみたい気持ちをぐっと堪える。
「ねぇ、ラヴィッジ、いつもオプティマスに持ってくるあれは無いの?」
バンブルビーの言葉に、エネルゴンに夢中だったラヴィッジが顔を上げた。困ったように首をかしげ、バンブルビーをじっと見上げる。
その仕草で察したバンブルビーは、急いで文字を送る。
「ごめん。無いならいいんだ」
バンブルビーはそう伝えたものの、あきらかに気落ちしていた。
「メガトロン、忙しいの?」
何気ない雑談のような質問にも、ラヴィッジは申し訳なさそうにバンブルビーを見上げ長い尻尾をくねらせている。
メガトロンに触れてはいけない理由でもあるのか、さっきから態度が変だ。
バンブルビーもそれに気づいたらしく、深くは追求しなかった。安心させるように笑ってラヴィッジの頭をひと撫ですると急いでテーブルに戻り、手を動かすのを再開する。
「ラヴィッジにそいつを渡すのか? そんなのデータで送ればいいじゃないか」
「そうしたら届かないだろ。その、メガトロンにさ……」
確かに、料理屋の請求書なんざメガトロンが目を通すわけが無い。普通は。
歯切れの悪いバンブルビーに、こいつ、何かたくらんでるな。と思った。
「あれって何だよ」
気にかかってたもうひとつの事を尋ねると、バンブルビーは手を動かしながら答える。
「メガトロンからオプティマスへのラブレター」
思わずむせた。あいつはオプティマスの事どんだけ好きなんだよ。
でかくて傲慢で尊大で大悪党で自分以外は素で無視するような奴が、オプティマスには甘々のめろめろ。
恐るべし魔性のオプティマス。
「たまにメガトロンが自分で来られなくてラヴィッジをお使いによこす時は、必ずラブレターも一緒に持って来てたんだけど、今日は無いって言うし……」
バンブルビーがふと顔を上げて、不安そうな表情をする。
「メガトロン、ほとんど毎日ってくらいお店に来てうざかったのに、ここの所ずっと来ないんだ」
一人で不安を抱えるのに耐え切れないのか、バンブルビーがすがるようにおれを見る。
「ねぇ、ジャズ。メガトロンはどうして来なくなったのだと思う? 他に好きな人できたのかな。それとも、オプティマスを好きでいるのをやめた?」
バンブルビーのブレインサーキットに、主人に愛されて贅沢の限りを尽くしたにもかかわらず、結局は捨てられた愛人の姿がちらついていることは想像に難くない。
「どんなに忙しそうでも、三日にあけずオプティマスの顔見に来ていたんだよ。あんなに一生懸命オプティマスに好きだって言ってたのに……。あっ、いやおいらはあんな奴来なくていいんだけどさ、オプティマスが」
少し迷いを見せたが、バンブルビーは文字を続けた。
「オプティマスが、寂しそうなんだ」
その発言の後に、わざとらしく肩をすくめて文字列がおれに流れてくる。
「まあ、オプティマスがメガトロンのこと好きとかじゃなくて、しょっちゅう来てたのが来なくなったから少し気になるとかそんな感じだと思うけど」
ちょっと無理のある言い訳が、バンブルビーの複雑な心境を物語っていた。
「あいつ、もう来ないのかな……」
ぎゅっとこぶしを握り締め、バンブルビーがぽつりと呟いた。
バンブルビーの作った請求書は、金額部分があきらかにゼロ二つほど多かった。ふっかけるどころではない。明らかに異常な数字だ。
後でオプティマスに叱られても知らないぞ。とは言ったがおれは止めなかった。
「但し、メガトロン本人がオプティマスに直接謝れば請求は無しとします」
そう書かれた、メガトロンへの挑戦状のような請求書をバンブルビーは餃子と一緒にラヴィッジにもたせる。
「大事な物だからお前の一番偉いご主人様に直接渡して、お願い」
ラヴィッジは頷いて、夜食だという餃子を下げ闇へ向かって軽やかに走り出した。驚異的な跳躍力で建物を駆け上がると、ビルの屋上から屋上へ飛び移り、最短距離で総督府へ帰っていく。
走り去るラヴィッジを見ながら、妙に引っかかることがあった。
「上海総督 威震天」
上海総督。メガトロンは上海で一番偉い。
「バンブルビー、もう片付けていい」
「はい、オプティマス」
二人の会話で思索の海に沈みかけたおれのブレインサーキットの動きが中断した。
「おれも手伝いますよ」
疑問を追い出し、閉店後の片付けを手伝おうと立ち上がる。考えても仕方が無い事より、おれには大事なことがある。
「メガトロン今すごく忙しいみたいです。その、手紙書けないくらい。ラヴィッジもこんな夜中に夜食買いに来たし」
バンブルビーは、オプティマスに半分くらいうそをついた。
オプティマスは何も言わずに頷き、エネルゴンビールの缶を取り出してあけた。いつも貰う手紙が来なかった事など別に気にしてないように見える。むしろ、エネルゴンビールの缶を傾けるオプティマスを片付けながらちらちら見るバンブルビーのほうが悲しそうな顔だ。
「片付けどっちが早いか勝負しようぜ!」
おれが言うと、負けず嫌いのバンブルビーがむきになり、二人で笑い転げながら競って食器を洗い場に持っていく。
「おいらの方が早かったですよね!」
「いや、おれだろ!」
騒がしいおれたちにジャッジのオプティマスは厳かにドローと判断を下し、二人平等にいつものご褒美をくれる。
オプティマスに寂しい顔をさせてはなるものかと思って、この日のおれはことさら馬鹿な冗談ばかり言っていた。
バンブルビーがこの時こっそりと送った請求書が思わぬ事件を引き起こす事になるとは、おれもバンブルビーも全く予想していなかった。
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あれば上海大将5に続く。