CE-4









 気持ち良い午後の昼下がり。

 真新しいクリーム色と花柄のかわいい壁紙、天井に張られた暗くなると光るお星様。両親が心を込めて準備したとすぐに判る,、愛情と優しさに満ちた子供部屋のベビーベッド。そこには、この家のお姫様がすやすやと寝息を立てている。

 暖かな太陽の光がレースのカーテン越しに部屋に差し込む、欠伸が出そうなほど平和な午後。

 不意に、窓の下から金属の腕がにゅっと上に伸びた。細い指がかりかりとガラスを引っかき、ついに部屋の窓がかすかに開く。

 平和をぶち壊す狂乱の使者。銀色の針金を巻きつけ、ところどころに青いビー玉をくっつけて作ったような頭が窓の隙間に突っ込まれ、次の瞬間に、するりと細い体が部屋に入り込む。

 侵入成功。

 金属でできた骨格標本のような、招かざる客ことフレンジーがほくそえんだ。

 全くちょろいもんだぜ。アイアンハイドのどんくさ野郎はこのフレンジー様が縄張りに侵入した事に気付いていやがらない。

 フレンジーは窓の外を見た。道路の端に停まっている一台のパトカーに手を振って合図する。

 そのパトカー、相棒のバリケードの返事を待たずに、フレンジーはくるりときびすを返し、部屋の中をまじまじと見回した。

 あれだ、あれ。

 揉み手をしながら、期待に胸を膨らませ、フレンジーがベッドに近づく。中を覗き込むには少しばかり身長が足りなかったので、ひょいと飛び上がって、ベビーベッドの中に器用に着地する。

 どれどれ。

 大股開きでしゃがみこみ、まじまじとベビーベッドで眠る赤ちゃんを観察する。

 怪しい気配を感じたのか、先ほどまで寝ていたはずの赤ちゃんはぱっちり目を開き、フレンジーをじっと見つめていた。

 柔らかな金色の髪の毛、フレンジーを見つめる、無邪気な青い瞳。

「お姫様よぉ、アイアンハイドのデカブツ野郎より俺のほうがずっといいってこと証明してやるぜ」

 フレンジーは偉そうな口調で言った後、ふと自分の頭にぶつかった、ベビーベッドに取り付けられているベッドメリーの飾りをうるさそうに見る。

 星や小鳥をかたどった薄い板や人形が紐で繋げられたものが何本かぶら下がっている。

「なんだこりゃ。ほほ〜、これがこう、回る、訳だな」

 そのうちの一本を掴み、フレンジーがくるくると回した。もっとよく観察してみると、スイッチに気がつき、好奇心のままに押してみる。

「ほほう、音楽を鳴らしながら」

 オルゴールの綺麗な音色で「星に願いを」が流れ、腕を組んだフレンジーが思わず顎に手を当てて見入った。

「って、なんで俺が夢中になってんだ!」

 我に返ったフレンジーが、乱暴な仕草でスイッチを切る。

 きょとんとした目で赤ちゃんが自分を見ているのに気がつき、フレンジーが天井に飛びついた。

「こんなものより俺様の方が面白いぜ。見ろ! フレンジー様の花びら大回転!!」

 鋭い爪で天井にぶら下がり、フレンジーがぐるんぐるんと全身をつかって回りだす。

「た〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜」

 ついでに曲をつけてやったら、フレンジーを見上げている赤ちゃんが笑い出した。

 うけてるぜ!!

 きゃっきゃっという笑い声が嬉しくて、調子に乗ったフレンジーはしばらく歌と共にぐるぐる回り続けていたが、いきなりすたっと床に着地した。

「目が回ったぁ!」

 そのままくるくると二、三回回った後、フレンジーはすとんとしりもちをついた。

「オウ……。バランス制御装置作動させるの忘れてたぜ」

 くらくらする頭を振りながら立ち上がり、ベビーベッドの中をハイハイしだした赤ちゃんをじっと見て呟く。

「たしかオプティマスの口癖だったな。自由が何とかかんとか。全然覚えてねえまあいいや」

 ベッドの前棚を下にスライドして、フレンジーが赤ちゃんを抱っこして床に降ろす。

「さあ行きな! オマエは自由だぜ」

 フレンジーのかけ声と共に、赤ちゃんはすごい速さで部屋の一点めがけてハイハイしだす。

「おおおおおおおおおおおおおお」

 このままじゃ家具に激突する……!

 フレンジーが慌てて飛び出し、間一髪のところで赤ちゃんを抱きあげた。

「危ねえ危ねえ危ねえ危ねえ危ねえ危ねえ」

 まだ赤ちゃんの不意打ちに驚いてモーターを激しく回転させているフレンジーの腕の中で、赤ちゃんがにぱっと笑い、フレンジーはどこにも怒りをぶつけられずに飲み込んだ。

「……まだオマエにゃ自由は早すぎたようだぜ、この原始的生物がっ!」

 指を突きつけて罵倒してやったが、赤ちゃんは小さな手を伸ばし、フレンジーの指先をきゅっと握った。

「オプティマスの野郎騙しやがって……」

 ぶつぶつ言いながら、慎重に赤ちゃんを床に降ろす。どこへ逃亡を図ろうと阻止だ。すぐに抱き上げてやる。

「まあいい。おまえを立派なディセプティコン兵士にしてやるぜ。そのためにはるばるここまでやって来たんだからな!」

 腰に手をあて、高々と宣言するフレンジーの顔がかくっと斜めになった。

「?」

 嗅覚センサーが通常値を越える何かをキャッチした。もっとよく調べようと、思いっきりにおいを吸い込んだ。

「うわっ、なんだ、臭っ!」

 フレンジーは悲鳴をあげると、その悪臭の原因をすぐに突き止める。

 このあかんぼのもこもことした尻からだ!

「んん〜、アンモニアに硫化水素、インドール、メルカプタン、スカトール、揮発性アミン、揮発性脂肪酸。……爆弾か」

 赤ちゃんのお尻のあたりから漂う臭いを分析し、フレンジーは深く頷いた。これは効果的な攻撃方法だ。原始的生物にしては味な事をする。

「なかなかやるな、お前。悪の才能あるぜ」

 ぽんと肩に手を置き、誉めてやったのに、赤ちゃんは顔をくしゃくしゃにして思いっきり泣き始めたではないか。

「オイオイオイオイ、何で泣く?」

 原因がわからず、おろおろと赤ちゃんの周りを巡っていたフレンジーだったが、やがてある結論を導き出した。

「もしかして、自分の爆弾にやられたのか?」

 当然、赤ちゃんは答えずに不快感を訴え泣いている。フレンジーは答えを確信した。

「何てバカな奴なんだ! ボーンクラッシャーといい勝負だぜ」

 この生き物の愚かさかげんに天井を仰ぎ呆れたが、赤ちゃんは泣き止まない。きょろきょろとあたりを見回すと、部屋の片隅にある紙おむつを発見する。

 急いで紙おむつに駆け寄り、説明を熟読する。

「ええと、赤ちゃんのお尻はデリケートなので専用のおしりふきを……、おっとこれだな」

 もともとマメで器用なフレンジーは、赤ちゃんのおむつ交換というミッションをそつなくこなし、おむつを交換し終えた赤ちゃんを満足げに見つめる。

「これでいいだろう」

 そう思ったのもつかの間、赤ちゃんはまだぐずっている。

「まだ泣きやまねえのか? よーっし、歌ってやろう。曲はディセプティコンのコモリウタだ」

 ひょいと赤ちゃんを抱き上げ、ゆらゆらと揺らしながらフレンジーが歌いだす。

「くたばれオートボッツ〜。いい年こいて〜、派手好きオプティマス〜。おめえの触覚をむしってやるぜ〜、虫けらバンブルビー。犬より格下〜、マッチョ妖精アイアンハイド〜。エッチスケッチワンタッチ〜ラチェットオマエだよ〜。オッオッオ〜、くたばれオートボッツ〜」

 適当な歌詞に適当な節をつけて歌ったのだが、わりと気分が良い。

「オオッ。即興だがいい歌が出来たぜ。二番も歌おうか?」

 赤ちゃんが笑ったので、フレンジーが調子よく二番をでっち上げた。

「モモンガスタースクリーム〜、足が太った七面鳥〜。お股が弱いのブラックアウト〜、スコルポノックをふんどし代わり〜、バリケードは性悪のインケンで〜、バンブルビーにカマ掘られ〜、ボーンクラッシャーのバカはドコ行った〜。ん? 思わず二番のほうに実感込めて歌っちまったぜ」

 歌がよかったのか、フレンジーの適切なあやし具合がよかったのか、腕の中の赤ちゃんはすっかり喜んで、キャッキャッと笑っている。

「喜んだぞ」

 フレンジーは満足そうに呟き、胸を張った。

「俺様の子守の腕もなかなかのものだな」

「そうだな、認めてやろう」

 自画自賛の台詞に、予想外の返事をもらい、フレンジーは飛び上がった。

 上半身をひねって後ろを振り返ると、先ほど自分が侵入してきた窓がアイアンハイドの顔で塞がれている。

「ウォォォォ! アイアンハイド! てっ、てめえいつから見てやがった」

「最初からだ」

 落ち着き払った声でアイアンハイドは言い、うろたえるフレンジーを見てふんと鼻で笑った。

「俺がアナベルから目を離す訳が無いだろう」

「はっ、そうかよ!」

 上手く忍び込んだと思って調子に乗っていたのをぶち壊してくれたアイアンハイドに、フレンジーがすぐに反発する。

「じゃあ判ってるだろ? 俺とオマエの子守の才能の差を。アイアンハイドさんよー、オートボットの武器担当を首になって、やっとみつけたベビーシッターの職を失うなんて可哀想だなあ」

 アナベルをベビーベッドに寝かせながら減らず口を叩くフレンジー。その言葉に、アイアンハイドが呆れた声で言った。

「……別に俺はベビーシッターではないが、俺から職を奪うってことは、おまえ、アナベルのベビーシッターになるのか?」

「なる訳ないだろ! このウドの大木!」

 アイアンハイドに指を突きつけてぴょんぴょん飛びあがりながらキーキー声で叫ぶ。

「うるせえや、ばーか! 赤ちゃん見に来た訳じゃないんだぜ! おまえらまぬけなオートボットがどんな生活してるのかスパイしに来ただけだ。あばよ!!」

 捨て台詞をはくと、窓とアイアンハイドの隙間を器用にすり抜け、あっという間に庭に下りる。

「バリケード、とんずらしようぜ、バリケー……」

 さっきまでそこにいたはずのパトカーがいない。きょろきょろ見回すと、後ろからさっと影が差した。

「なんだ?」

「うぉっ、オマエ、そんな姿のままでいいのか?」

 フレンジーが振り返ると、ロボットモードのバリケードがフレンジーを見下ろしている。

「アイアンハイドに見つかるぞ」

「見つかるどころかお前がその赤ん坊に夢中になってる間話し込んでたぞ」

「あ、そう」

 じゃあ逃げるのはやめだ。と、拍子抜けしたフレンジーが、バリケードを見上げる。

「じゃあバリケードも赤ちゃん見る?」

「見る」

「了解」

 再びするすると家の壁をのぼり、子供部屋に入り込んだフレンジーを見て、アイアンハイドが心配そうに声をかける。

「おい、気をつけろよ」

「アホかアイアンハイド! 俺はオマエなんかよりず〜っと繊細な動きが得意なんだぜ」

 ベビーベッドからアナベルを抱き上げ、窓ぎわにやってくると、フレンジーは窓の外のバリケードによく見えるようにアナベルを抱いた腕を高くあげた。

「ふむ……」

 バリケードは興味深そうに声を漏らすと、慎重に指を伸ばし、鋼鉄製の太い指の側面でそっとアナベルの柔らかい頬に触れる。アナベルは、怖がるどころか、バリケードに向かってにこっと笑ってみせた。

「俺が怖くないのか?」

「怖がるどころか、アナベルは、俺たちみたいなでかいロボットを見るとご機嫌になるんだ」

「お姫様は小さいロボットも好きだぜ」

 アイアンハイドの言葉にフレンジーが即座に付け加えた。

「手のひらに載せてみろ」

「こうか?」

 フレンジーが言うと、バリケードは素直に手のひらを広げた。フレンジーがアナベルをバリケードの広げた手のひらに載せる。

 バリケードの手のひらの上できょとんとした顔で座っていたアナベルだが、いきなり四つんばいになったかと思うと、恐るべきスピードではいはいをしだした。

「うぉぉぉぉ、早いぞ!」

 思わず出したバリケードの驚愕の声にフレンジーが爆笑する。

「これっ、おいっ! 早いぞ!」

 はいはいするアナベルが右手から落ちる前に、すかさず左手を進行方向にもっていく。それを繰り返しているバリケードが焦った声を出し、救いを求める目でアイアンハイドを見た。もちろん、人間のメガネをつまみ上げる事が出来る精度を誇る彼らのこと、落ち着いて対処すれば大した事ないのだが、バリケードははじめて見るこの小さな人間の意外な動きにすっかり翻弄されている。

「何とかしてくれ!」

「バリケードが超面白れぇ〜〜」

 フレンジーは腹を抱えて笑っている。アイアンハイドはバリケードを助ける気配もなく、ぽんと肩に手を置いた。

「俺も来た道だ。おまえもうまく切り抜けろ」

「なんだおまえも同じ事したのか?」

 フレンジーの問いかけに、アイアンハイドは笑って言った。

「俺だけじゃなくオートボット全員がな」

 なら他のディセプティコン連中も全員ひっかけてやろう。

 バリケードの次にフレンジーの悪巧みの餌食になるのは誰か?

 まだ焦っているバリケードを他所にフレンジーはにたにたと考え込んでいる。






CE-4(Close Encounter of the Fourth kind/第四種接近遭遇
空飛ぶ円盤の搭乗員に誘拐されたりインプラントを埋め込まれたりすること。また、空飛ぶ円盤の搭乗員を捕獲、拘束すること。(Wikipedia)

バリケードたちと個人的に仲がいいアイアンハイドを妄想すると萌えます。

なんとなくなイメージ

オプティマス……ディセプティコンズはメガ様以外はその他大勢のかぼちゃ扱い。メガ様以外のディセプティコンズからは全員一致で死んで欲しいと思われているが、あの綺麗な顔と色気で迫られたら逆らえないだろうなぁとも思っている。

バンブルビー……ディセプティコンズにも子ども扱いされる、末っ子オブ末っ子。

アイアンハイド……ディセプティコンズとも普通に仲が良い。一番大人な付き合い。

ジャズ……ディセプティコンズとは表面的にはフレンドリーにしているがお互い腹を探り合っている。

ラチェット……敵味方ともに訳判らない奴だと思われている。

CE-4 2に続く。


20100220 UP
初出 FROZEN LIFE (20080225発行)


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