CE-4 2
ふくふくのほっぺた、細くて柔らかい金の髪、巨大な金属生命体を見上げて、無邪気にキャッキャッと笑う、その口元にはよだれ。
あー! と声を出しながら、小さなお手手を側に控えるボディーガードに向ける、彼女の名はアナベル。
「アイアンハイドおじちゃんは、図体ばかりでっかくて、燃費は悪いし、短気だし、その上武器オタクだし、ほんっとに良いとこなしのウドの大木野郎ね! もっとフレンジーさんみたいにカッコよくてスマートでだったらよかったのにね!」
赤ちゃんから聞こえてくる裏声を聞きとがめ、アイアンハイドがぎろりとにらみ付ける。アナベルは相変わらず上機嫌で涎を垂らし、首をかしげてアイアンハイドを見返した。
「おい、ひねり潰されたいのか? フレンジー」
「俺じゃねえよ、アナベルだよ」
アナベルの後ろから、ひょこっと顔をのぞかせたフレンジーが、またアナベルの陰に隠れる。
「アイアンハイドおじちゃんたら、なんでも暴力で解決しようとするんだからイヤンなっちゃう。ブレインサーキットに火薬詰まってんじゃないかしら?」
アナベルの後ろ隠れているフレンジーが、アナベルの腕をアイアンハイドに突きつけてぶらぶらさせ、「アナベルの台詞」を続ける。
アイアンハイドがすうっと剣呑に目を細め、隣で腕を組みやりとりを見ているいるバリケードのほうを向いて言った。
「抹殺して良いか、こいつ?」
「奴の一人遊びはいつもの事だ。いちいち相手をせずにほっておけ」
「ずいぶん冷たいじゃねぇか、バリケード」
バリケードの素っ気無い返事に、フレンジーが再びアナベルの後ろから顔をのぞかせて抗議するが、バリケードはバカにしたように一瞥すると「俺はお前への対処スキルが高いんだ」と言って、嫌味なほど優雅な仕草でアイアンハイドが客用に出したオイルを啜る。
フレンジーが、バリケードをおちょくる千の方法のうちどれを使ってやろうかと考え、結論を出す前に、アナベルの顔が歪んだ。フレンジーがすぐに異変に気付く。
アナベルを抱っこして、お尻の辺りに顔を近づけたフレンジーが次の瞬間顔を背けた。
「あっ、くっさ! ンコしたぞこいつ。どれオムツをかえてやろう」
そう言うなり、慣れた手つきで新しい紙オムツとお尻拭きを用意し、てきぱきとオムツを替える。
「すっきりしたろ?」
返事の代わりに、にこぱぁっと笑うアナベルを見てフレンジーは満足だったが、憂いのなくなったアナベルは側のアイアンハイドに両手を伸ばした。「抱っこ」のしぐさだ。
「ええ〜、俺よりアイアンハイドがいいのか? 傷つくぜ。オムツ替えたのは俺だっていうのに、用済みになったらポイかよ。酷えな、女ってやつは」
フレンジーはぶつぶつ言いながらも、アナベルを抱き上げ、アイアンハイドが伸ばしてきた手のひらに載せてやる。
大きな手が細心の注意を払って上昇し、アイアンハイドと同じ目線になったアナベルが、アイアンハイドを無心に見つめている。
「アイアンハイドもそんな優しい目しちゃってさ、アナベルと見つめあったりなんかしちゃってさ。嫉妬しちゃうぜ」
腰に手をあて、憤慨するフレンジー。
アナベルは、じーっとアイアンハイドを見つめていたが、やがて大きな欠伸をしてぐずりだす。
「眠いようだ。ベッドに寝かせてやってくれ」
「はいはい判りましたよ、鋼鉄製のお父さん。ったくデセプティコン扱いが荒いぜ」
アイアンハイドの手からアナベルを抱き上げ家に入る。アナベルをベビーベッドに寝かせながら、開けっ放しの窓の外にいるアイアンハイドに向かってフレンジーが言う。
「なんかよ〜、アイアンハイドとあかんぼって、コヅレオオカミって感じ」
「なんだそれは?」
「あっれェ〜、知らないのォ? 俺たちより人間さんと仲良しなオートボットのアイアンハイドさんが? おっくれてるゥ〜〜。コヅレオオカミってのは、一族皆殺しにされたオガミイットーって剣の達人が、『ダイゴロー、これより父はメイフマドーを行く』って幼い息子と一緒に復讐の旅に出る話なんだぜ」
ローニンってのは、むさいオッサンと相場が決まってんだ。とフレンジーが付け加えると、アイアンハイドがフンと鼻を鳴らした。
「妙な事を知っているな」
「バリケードが最近凝ってるんだよ。ジダイゲキに」
玄関からでなく窓から外へ飛び出し、バリケードの肩に着地したフレンジーが返事をして、首をかしげた。
「最近はアレに夢中なんだ、ほら、アレだ、ヒツケトウゾクアラタメカタ、ハセガワ……」
「鬼平犯科帳」
フレンジーが言い終わる前に、バリケードとアイアンハイドが同時に言い放った。
二重に重なった音声に驚いたフレンジーが、おっと。と軽く仰け反る。
「ああ、それそれ。アイアンハイドなんで知ってんだ? おまえら、なんでそんなにオニヘーハンカチョーの発音が正確なの? っていうか、なにおまえら見つめ合ってんの。キモいんだけど。そのかたい握手はナニ? いわゆる意気投合? 同好の士って奴? 『密偵たちの宴がよかった』って、その話長くなるのか? 興味ネェから俺聞かなくていい?」
がっちり握手した後、アイアンハイドとバリケードが目を輝かせ、鬼平犯科帳について熱く語っている側で、フレンジーが一人ぽつんと取り残される。
「チェッ。俺もモンティ・パイソンのスケッチの話で盛り上がりてぇ」
ぴょんとバリケードの肩から飛び降り、拗ねて座り込んだフレンジーの後ろから、スッと影が伸びる。
「おいら好きだよ!」
フレンジーが見上げると、バンブルビーが後ろからフレンジーを覗き込んでいた。
「よしおまえ、今度バリケードと魚ビンタダンスをやれ」
「え? いいよ」
フレンジーの言葉に何のためらいもなく同意したバンブルビーを見て、バリケードとは違う芸風の新人をオートボットから発掘した! と、フレンジーの顔が輝いた。
ENDE
The Fish Slapping Dance(Youtube)ジャズはドリフ派。
20080314 UP