You break it, I'll remake it









 リペア台の上で、まぶしさに目を細めた。すぐに視覚器官に入ってくる光量を調節するので視力には問題ない。

 ラチェットが手を伸ばし、リペア台の上のライトのスイッチを入れたのだ。ライトをぐいと引き寄せ、台の上に横たわるアイアンハイドに強く光を当てる。

 ひどい。

 状態を確認したラチェットが顔をしかめる。患者に不安を与えないよう、気付かれぬようにほんのわずか。

 右肩の付け根部分は、頑丈な金属の装甲が溶けた飴のように曲がり、信じられないことに引きちぎられている。肩から不ぞろいに垂れ下がったいくつかのコードからは、黒いオイルのしずくが生々しく滴り床を汚す。

 絶縁体の覆いをなくし、中の金属線がむき出しになったコードの先は、空気が動くだけでアイアンハイドに痛みを与えた。

 腕はまだ幾つか繋がっているコードのおかげでかろうじて肩にぶら下がっているが、いっそ引きちぎられたほうがましだったのではないか? と思うほど、無残に、ぐちゃぐちゃに潰されている。

 腕を奪うなら、引きちぎるだけでいい。恐怖を植え付け、アイアンハイドの戦意をくじく為にわざと酷く潰されたのだ。

 メガトロンの。

 ラチェットは、アイアンハイドの腕を破壊した張本人の姿を思い浮かべた。

 残忍、冷酷、狡猾にして強大。それらの単語を金属で表現するとメガトロンになる。

 メガトロンのやりそうな事だ。

 そう感傷に浸っていたのも一瞬だった。ラチェットにはやる事が多すぎる。その上時間もない。

「アイアンハイド、治療に入る。センサーを切れ」

 痛覚を切っていないと判るのは、かすかに身じろぎしてアイアンハイドが低く呻いたからだ。まるで自分に罰を与えるように、アイアンハイドは痛みに耐えている。

 腕を失うというミスを犯した自分が許せないのだ。

 おそらく、引きちぎられた瞬間も痛みを感じる回路のシャットアウトはできなかっただろう。機械生命体の彼らは多少の痛みにも耐えるつくりにはなっていたが、それでも暴力的な力で腕を引きちぎられるなど、想像を絶する痛みであったことは間違いない。

 生命の危険はないが、このまま戦場に戻すことはできない。メガトロンの格好の餌食だ。今度は腕どころか命を奪われることになる。

「どうするつもりだ? 俺の腕はもう使い物にならんのだろう?」

 アイアンハイドがしっかりとした口調でラチェットに言った。ラチェットに体を任せることに不安はないが、リペアするにも部品がない事をアイアンハイドは知っている。

 ディセプティコンとの戦いはまだ予断を許さず、アイアンハイドはすぐにでもオプティマスやジャズと合流したかった。

 たとえ片手でもな。

 アイアンハイドが内心で呟く。

 メガトロンの野望をくじき、仲間を守るために。

 それが死を意味すると判っていても、そうすることをアイアンハイドは恐れない。

「ああ。だが、義手をつける」

「義手? そんなもの用意していたのか?」

 アイアンハイドは思考を中断し、不審そうな顔でラチェットを見あげた。アイアンハイドの目をじっと見つめるラチェットと視線を交わす。

「私を信用しているか?」

 数秒の後、ラチェットがそう問うた。

「もちろん」

 ラチェットのことは、仲間としても、軍医としても、全般の信頼を置いている。

 深く頷いたアイアンハイドから視線を外さず、ラチェットが続ける。

「では全てのセンサーを切るんだ。しばらくスリープ状態になってもらう」

 なぜ? と普段のアイアンハイドなら言っただろう。

 頭脳回路を弄るのならともかく、腕のリペアごときで、外界の情報をすべてシャットアウトし、最低限の生命維持のみ行うスリープ状態になる必要はない。

 だが、アイアンハイドは問わなかった。

「……判った」

 短く返事した後、アイアンハイドの瞳を構成するレンズの奥のブルーの光りがすうっと小さくなり、ゆっくりと瞼を閉じる。

 まるで寝息をたてるように、胸のあたりのぼんやりとした光が大きくなったり小さくなったりするのを確かめると、ラチェットが切断用の器具を用意する。

 鈍い光を帯びた金属がアイアンハイドの潰れた腕を切り落とした。ただの金属片となった腕を自己再生を促進する培養槽に入れる。最悪スペアの置いてあるアーク号に帰れなくても、腕の形を取り戻す数日後にはアイアンハイド自身の腕を取り付ける事が出来るだろう。

 それまで我々が全滅しなければ、だが。

 ラチェットが内心で呟きながら、慣れた手つきでアイアンハイドの引きちぎられた肩の切断面を綺麗に成形した。

 次に、念のためにと積んであったスペアのキャノン砲をアイアンハイドが使いやすいように改造してやる。

 それが終わると、オイルに汚れた器具を取替え、自らの右腕をもう一台のリペア台に乗せた。







 惑星探査用の小さな宇宙船に最初に飛び込んできたのはバンブルビーだった。

 一人船を守っていたラチェットが船の駆動装置を動かし、全速力で戦場を離れる。

 さっと銀色の光が入った。

 バンブルビーに引き続き、ジャズが船に乗り込む。船の開口部から身を乗り出して、バンブルビーと二人でビームライフルを撃ちながら叫んだ。

「オプティマス、早く!」

 その声に応えるように、トランスフォーマーの基準からしても巨大な影がジャズの上に落ちた。その見た目からは想像もできない俊敏さで、すでに動き出していた宇宙船の中へ滑り込む。

 異様に大きな影は、最後に飛び込んできたオプティマス・プライムだった。疲労で肩を激しく上下しながら、担いでいたものをどさりと床に降ろす。オプティマスの影を大きくしていた原因は、肩に担いでいたアイアンハイドだった。

「アイアンハイド、大丈夫かっ!」

 すぐにジャズがアイアンハイドに駆け寄って声をかける。

「大丈夫……だ」

 アイアンハイドが苦痛に呻きながら返事をし、起き上がろうとするのをジャズが押し止める。

 アイアンハイドの右腕は完全に潰され、惨めな金属片と化したあげくに引きちぎられる寸前でかろうじて肩にぶら下がっていた。

「畜生、メガトロンの野郎」

 腹の底から呪わしげに、アイアンハイドを苦しめたディセプティコンのリーダの名を呼ぶ。すっと無言でジャズの隣にやってきたバンブルビーがアイアンハイドの様子を伺う。自分がされたよりも動揺してオプティマスを見上げた。

 かすれた悲鳴のような音がバンブルビーの喉から漏れる。メガトロンによって発生装置を壊されたバンブルビーは、声を出して説明できないもどかしさのせいで余計に心乱れているようだった。

「アイアンハイドの腕が、腕が! ラチェット、早く……! お願いだから」

 全員に判るように向けられたバンブルビーのメッセージに、ジャズが急いで船の操舵を代わり、やってきたラチェットがアイアンハイドの側で膝をつく。

 真剣な眼差しでアイアンハイドに応急処置を施しながら、同時にスキャンを行う。ダメージを見積もって、瞬時に治療計画を立てる。

「大丈夫だバンブルビー。命に別状はない。私に任せるんだ」

 アイアンハイドよりも、動揺しているバンブルビーを宥めるように言うと、ラチェットはオプティマスに目配せした。

 オプティマスは軽く頷き、二人は皆から少しはなれた場所で口を開く。

「どうだ?」

 部下の手前、落ちつき払った態度をとっていたオプティマスが、少し早口になってラチェットに言った。本当は心配でたまらなかったのだろう。

「腕のことなら、いけませんね。完全に潰されている。地表に叩きつけられた時のダメージも大きいが、それについてはすぐに回復可能です」

 残念そうに首を振りながらラチェットが答えた。素人が見てもすぐに判るほどひどい傷だ、オプティマスは当然その答えを予想していたが、辛そうにため息をついた。

「腕のスペアは……ない、な」

「残念ながら」

 できるのは、絶望的な状況の再確認だった。

 アーク号に戻りさえすればいくらでもリペアできるのだが、あいにく簡単には帰れそうにない。

 今オートボットの面々が乗り込んでいるのは、惑星探査のための小さな船で、ラチェットは念のためエネルギーやリペアのための部品は多めに積んできたのだが、さすがにこれは特殊すぎた。






 「オールスパーク」が発する信号に良く似た信号がこの星のどこかから発信されている事を突き止めたのが始まりだった。

 用心はしていたつもりだ。

 生物はいない事、安全な星である事を十分確認し降り立った。その手順に間違いはなかった。

 だがその結果がこれだ。

 オプティマスが指でこめかみのあたりを押さえ、苦悩の表情で首を振る。

 悔やんでも悔やみきれない。

 一瞬たりとも、メガトロンがオートボットを殲滅する事に異様な執念を抱いている事を忘れてはいけなかった。

 その信号は、この星へオートボットを誘い込むメガトロンの狡猾な罠だったのだ。

 オートボットも、罠である事可能性について考えなかった訳ではない。だが、オールスパークを手に入れられるかもしれないという希望の前には、どんな不安材料も彼らを止めることは出来なかった。

 惑星に下り、オールスパークの探査を始めたオートボットに、待ち伏せていたディセプティコンが襲い掛かり、たちまち激しい戦闘が繰り広げられた。

 直前で待ち伏せに気付いたことと、腕を失いながらもアイアンハイドがメガトロンに強烈な一撃を加えたことで、かろうじて今もモーターを動かすことが出来ている。

 偶然と幸運が重なって戦場を離脱する事は出来たが、メガトロンがこのまま逃がしてくれる訳がない。

「敵は体制を整え、すぐに襲ってくるでしょう」

 ラチェットの言葉にオプティマスが頷いた。メガトロンはどれくらいわれわれに猶予を与えてくれるだろうか? と考える。メガトロンが負った傷は深いだろうが、それくらいで諦めるほど生易しい相手ではない事をよく知っている。

 アーク号へ戻るには、遮蔽物のない宇宙空間へ出ないといけない。少なくともその時に、一度は再びディセプティコンと戦うことになるだろう。

「相手はメガトロンです。アイアンハイドの片腕が使えないのは致命的だ」

 ラチェットの小声に返事をしたのは、オプティマスではなかった。

「俺は行くぞ」

 その声に慌てて振り向くと、アイアンハイドが立ち上がるのがラチェットの目に映った。

「アイアンハイド!」

「アイアンハイドはもう十分やってくれたよ。片腕を犠牲にして、メガトロンとスタースクリームに致命傷を与えた」

 バンブルビーが高速で送ってくるメッセージに、アイアンハイドが首を振る。

「バンブルビー、あんなのは奴にとっては致命傷でもなんでもない。それに、俺が腕を失ったのは完全にミスだった。俺はまぬけにもメガトロンの罠にかかって、奴がわざと作ったスキに右腕を叩き込んだ。メガトロンは多少のダメージと引き換えに俺の腕を持っていったという訳だ」

「だけど、結果的においら達はこうやって脱出できた」

「そうだな。だが、俺がめちゃくちゃに撃った一撃が偶然スタースクリームに当たり、混乱した奴がメガトロンに突っ込むという幸運は二度もないぞ、バンブルビー」

 アイアンハイドの言葉に、バンブルビーがうなだれる。メガトロンの恐ろしさは、拷問され声を失ったバンブルビーが一番身にしみて判っている。

 メガトロンに右腕をつかまれ、何度も激しく地面に叩きつけられながら、無我夢中でアイアンハイドが放った武器の一撃は、あまりにもめちゃくちゃで軌道を読むことが出来なかった。

 本当に偶然に、ビークルモードで上空を飛んでいたスタースクリームに当たったアイアンハイドの攻撃は、さらに幸運なことにスタースクリームの方向感覚を狂わせ、混乱したスタースクリームはかなりの高さからメガトロンに突っ込み、そればかりかメガトロンをジェットの機首に引っ掛けたまま仲間を次々に巻き込んで岸壁に激突したのだ。

 その混乱に乗じ、オートボットたちは飛び込んでいった。ジャズとバンブルビーが援護する中、オプティマスがアイアンハイドを肩に担いで脱出する。

 命令は、ほんの一言二言でよかった。三人は目配せをすると敵地に飛び込み、俄仕立てとは思えないほど素晴らしい連係プレイで救出作戦を敢行する。

 アイアンハイドを救出するついでに、オプティマスはメガトロンに至近距離から何発か食らわせた。本当はメガトロンが完全に部品にバラけるまで撃ちつづけてやりたかったのだが。






 アイアンハイドとバンブルビーが言葉を交わしている間も、人目を避けて別室に移ったオプティマスとラチェットの会話は続いていた。

 ラチェットは一つの提案を示し、それを聞いたオプティマスの顔がみるみるうちに曇る。

「オプティマス、許可を」

 ラチェットの言葉にオプティマスが首を振る。

「そんな事は許可できない」

「オプティマス。どうか理性的に考えていただきたい」

「できないものはできない。万が一この船の中にディセプティコンが入り込んだ場合、おまえのスパークが危ないのだぞ」

「デセプティコンがこの船に入り込むような羽目に陥った時は、どちみち全滅コースでしょう? それなら成功する確率が高いほうへ賭けた方がよろしい」

「第一そんな事は倫理的に許されない」

 食い下がるラチェットにも、オプティマスは首を盾に振らなかった。

 オプティマスの好みではない提案をした自覚は有る。だが、ラチェットも引き下がる訳には行かない。

「向こうも被害を負ったとはいえ、いまだディセプティコンはわれわれより戦力で勝っているでしょう。手負いのアイアンハイドを出すくらいなら私が出ます。私はアイアンハイドより上手くは戦えませんし、アイアンハイドは私より後方支援が得意なわけではないですけどね。ただそうするには一つ問題がある。アイアンハイドは後方に下がる事を承諾するでしょうか?」

「……率直に言って難しいだろうな。だが私がアイアンハイドを説得してみせる」

 オプティマスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、びりびりと空気を震わせ、聴覚器官へアイアンハイドの声が叩きつけられる。

「バンブルビー! オプティマスに伝えて来い。俺は絶対に後ろへ引っ込む気はないってな」

 インターコムを使っていないのに、アイアンハイドとバンブルビーがいる場所から離れたこの部屋にまで聞こえるアイアンハイドの叫び声を耳にし、ラチェットがやれやれといったように肩をすくめた。

「……幸か不幸か、アイアンハイドのやつ、戦意は喪失してないらしい」

「そのようだな」

 オプティマスは呟くように返事をして、これから始まる戦いの疲労をすでに感じているかのように椅子の背にもたれる。

 アイアンハイドの叫びからしばし遅れて、遠慮がちなノックの音を聞くと、司令官の疲れたような雰囲気がいっそう濃くなり、ラチェットが席を立って入り口を開ける。

 外で申し訳なさそうにラチェットを見上げたのは、予想通りバンブルビーだった。

「バンブルビー、言わなくていい。あの馬鹿の声はここまで聞こえていたからな。オプティマス。私との話は一旦中断しましょう。アイアンハイドの説得を先にどうぞ」

 立ち上がったオプティマスがバンブルビーと共にアイアンハイドの元へ行くのを見送り、ラチェットは一人部屋に残った。

 またいつメガトロンが襲ってくるか判らないが、時間の猶予があまりない事は確かだ。決断は急がねばならない。



 数分後、オプティマスが苦渋の表情で部屋へ戻ってきたのを見て、聞かずとも交渉の結果は判った。

「出撃すると言って聞かない」

 それでも、ゆっくり首を振りながらラチェットに結果を伝えたのは、中断していた憂鬱な話を再開しなければならないからだ。

「では、アイアンハイドは我々の勝利に必要な戦力だ。イエスですね?」

 オプティマスが頷く。

「そしてメガトロンは手負いのアイアンハイドが太刀打ちできるほど優しくない。下手をすれば、我々は勝利ばかりか仲間を失う事になります」

「………………」

 畳み掛けるようなラチェットの言葉にオプティマスは沈黙している。勝つためになにが一番よい方法かということは判っている。ただそのやり方は彼の倫理感に著しく反するのだ。

「オプティマス、ご再考を。そして勝つために決断してください」

「おまえはそれで本当にいいのか? ラチェット」

 数瞬の迷いの後、オプティマスはラチェットの意思を再確認する。

「もちろんです」

 オプティマスの目を見ながらはっきりと伝えると、オプティマスは諦めたように目を伏せ、口を開いた。

「……提案を許可しよう、古き友よ」

 オプティマスが、自分が許可を与えた事について好ましく思っていないのは、こめかみの辺りに指をあて、ゆっくりと首を振る仕草だけでなく、人間で言えば耳の位置にある円盤が唸りをあげて激しく回転している事から判る。

「二度とこんなことは許可したくない」

 思わず吐き出した苦い声。

 オプティマスはついに言葉にまで出し、一瞬すがるような目でラチェットを見た。

 回避できなかった自分の不甲斐なさ、仲間に負担を強いる事への痛み……。オプティマスは苦悩している。

 オプティマス・プライムは完璧ではない。だが、彼の部下達は他にどんな優秀な人物が現れても、オプティマスをリーダーに選ぶだろう。

 オプティマスの、真面目さや誠実さ、仲間に対する深い愛情を感じ、オプティマスに好意と誇りを抱きながら、ぽんとラチェットが慰めるように肩に手をかけた。

「上に立つものの重圧というやつですな」

 ラチェットの顔に浮かんだ笑みはこう言っている。

 「全く、私は困らせる立場でほんとうによかった!」


「助手が必要なら私が手伝おう」

「いえ。ご厚意には感謝しますが、必要ありません」

 オプティマスの申し出を丁寧に断ると、ラチェットは部屋を辞し、ジャズとバンブルビーを診た後、アイアンハイドにラチェットのラボまで来るよう指示した。



                                             NEXT




メガ様はキューブ放出直後から行方不明そうな気もしたけど、しばらくオートボットといがみ合ってたら面白いと思ったので。
あとディセプティコンのいつもの負けパターンとスタスクとを書きたかった。(この話、ディセプティコン目線で書いても良いかもな〜)
前半はやおい要素がなくて期待してた方には申し訳ないです。しかし書いてて楽しかった。オプティマスを困らせるのはやたら楽しい。オプティマスはラチェットにだけちょこっと弱音を吐ける関係だといいなあ。



20070928 UP


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