細く目を開けたのは、別れを言うために。
父と母、可愛がってくれた母の母に、「ありがとう」と「あいしている」と伝え、小さなオプティマスはメガトロンの名を呼んだ。
メガトロンが枕元で小さなオプティマスの手を握る。メガトロンの手を握り返す力の弱々しさがスパークの火が消えゆくのを感じさせ、やりきれなさに心が乱れた。
「最後に、口付けてほしい。スパークに還る前に一度でいいから」
全身に魔除の呪いを施したメガトロンに向かって小さなオプティマスは言った。
「私は醜いオプティマスだ。嫉妬や独占欲が私を飲み込んで、お前に酷い事をしてしまう。いつか、私もフォールンのように、自分のエゴでお前を無理やり手に入れようとするに違いない。そんな事になるくらいなら、私はスパークに還る」
お前のプライムになりたかった。
ぽつりと呟くと、小さなオプティマスは気丈に笑ってメガトロンを見上げた。
「私がおまえに出来る最後の事があるのだ。安心してくれ、お前を呪ったひとりぼっちの可愛そうなフォールンは、私が一緒にスパークにつれていく。私はお前の役に立てて嬉しいのだから、どうか悲しまないで欲しい」
幼い顔は真剣だった。小さなオプティマスは本気でフォールンをつれてスパークへ還る気なのだ。たまらず小さなオプティマスへ手を伸ばそうとした母親のオプティマスを父親のメガトロンが制した。母親のオプティマスは恨めしげな目で見上げるが、父親のメガトロンは首を振り、母親のオプティマスは父親のメガトロンの胸に倒れこんで悲しみを堪える。
「いくな」
メガトロンは小さなオプティマスの手を強く握り締めて言った。
「お前がフォールンのようになるわけが無いだろう。フォールンに何を言われた? それは全て嘘だ。信じるな。俺の元にいろ!」
小さなオプティマスは、メガトロンの言葉に弱々しく首を振った。
「フォールンへの恐れや恐怖はすでにない。今は憐れだとさえ思う。私は自らの意志でスパークに還る事を選んだ」
「なぜそんな事を……!」
「やっと覚悟が出来たのだ。私はずっと自分の中にある醜い感情の事を考えていた。それは私の一部だ。私が生きている限り消えそうにない。そう悟った後は、そんな私でもお前に何ができるだろうと考えていた。答えはすぐに出たが、スパークに還るのが怖くて今まで時間がかかってしまった。今はもう迷っていない。私はやっぱりお前が不幸になるのは嫌なのだ。だから行く」
小さなオプティマスのけなげな決意に、メガトロンの内にフォールンに対する激しい怒りがこみ上げる。フォールンは初めての感情に戸惑う純粋で幼いオプティマスを悪意で潰そうとしたが、姦計は狂い、小さなオプティマスは悪意に屈することはなかった。むしろ、目をそむける事無く自らのスパークと向き合った。幼い故に出した答えは未熟で、これしか方法はないと頑なに思い込んでいるが、自己を犠牲にしてでもメガトロンを救いたいという強さと愛情の深さはメガトロンのスパークを強く揺さぶる。
フォールンは、自分に無いものを持ったオプティマスに嫉妬している。敵わないと知っているから、高貴で無垢なスパークを老獪な悪意で汚し、陥れようとしているのだ。自分に価値が無いのを誤魔化すために。
フォールンの虚構を知るメガトロンは、卑怯な手口でオプティマスを貶めるフォールンの下衆なスパークに反吐が出そうだった。
「お前のような優しいオプティマスが、醜い己を嘘で誤魔化し嘘で愛情を得ようとするフォールンになるわけが無いだろう! お前は自分の醜い感情と向き合う強さを持っている。俺の為に自らのスパークを投げ打つほどの強さと優しさを持っているではないか。お前が自分の中に秘められた強さに気付いていないのに付け込んで、フォールンはお前を騙したのだ」
小さなオプティマスを傷付けた事への怒りと、フォールンに唆された苦い思い出がメガトロンを駆り立てる。
万が一オプティマスがスパークに還るような事があれば、プライマスの元へ殴りこんでも取り戻す。いや、絶対にいかせるものか。
「俺を信じろ、オプティマス。お前は醜い心の奴隷にならない強いオプティマスだ」
ぴくんとオプティマスの手が動き、青い目の光が少し力を増した。おお。と小さく医者が呟く。
「そんな事にはならんと俺は確信しているが、もしお前がフォールンになるのだったら、俺を連れて行けばいい。俺はずっとお前の側に居る」
ゆっくりと、言い聞かせるようにメガトロンは小さなオプティマスに言った。小さなオプティマスは、じっとメガトロンを見ている。フォールンに痛めつけられ、縮こまっていたオプティマスが、メガトロンの差し出す手を取ろうとおずおずと自分の手を伸ばし始めているのを感じ、メガトロンは力強い声で続けた。
「オプティマス、お前が罪を重ねぬように、俺がずっと一緒にいてやる。それなら大丈夫だろう?」
メガトロンが握っているオプティマスの小さな手が、ぎゅっとメガトロンを握り返した。
本当に?
小さなオプティマスの瞳が問いかけてくる。
「空から降りてきたあの時のように、フォールンになったお前を受け止めてやる」
オプティマスの心を縛るフォールンの呪いが崩れさろうとしているのを感じ、メガトロンは励ますように手に力を入れた。
そうだ、オプティマス。フォールンに黒く侵食されたスパークを、自分の力で奪還しろ。
勇気を出して飛び降りたお前ならできる。
メガトロンは心の中で祈るように呟いた後、小さなオプティマスの額に口付ける。
オプティマスがあっけに取られた顔でメガトロンを見ていた。触れそうなほど近くでオプティマスの目を覗きこみ、その顔が可愛らしくて思わず笑いながらメガトロンは言った。
「お前は俺のプライムになるんだ」
その言葉に、オプティマスがメガトロンの首にいきなりしがみ付く。
「私はプライムになれないとフォールンが言ったのだ……」
涙声で言う小さなオプティマスの耳元で優しい声がからかうように囁く。
「お前は騙されたのだ。愚か者め」
「私はプライムになれるのか?」
「俺のプライムにな」
メガトロンが言うと、小さなオプティマスが心から嬉しそうな笑顔を見せた。
力と輝きを取り戻した小さなオプティマスが、心を縛るフォールンの呪いを完全に跳ね返したその瞬間、ピシッと硬い何かがひび割れるような音が響いた。
「フォールンになっても、私をプライムにしてくれるのか?」
メガトロンを見上げ、不安と甘えた様子を半々にしたオプティマスが問いかける。
「望むのなら今すぐにでもしてやる」
メガトロンの言葉に嬉しそうにオプティマスが笑い。恥ずかしいのか抱きついたメガトロンの胸に額をくっつけ、表情が見えないようにした。
「あ」とメガトロンが声を上げると、オプティマスも顔を上げてメガトロンを見上げる。
「やっぱり、元気になったらプライムにしてやる」
「元気だぞ」
ふふんと生意気に笑って、小さなオプティマスは油断しているメガトロンの唇に口付けた。キスをしては恥ずかしがって顔を伏せ、でも嬉しくてたまらず何度も唇にキスする。メガトロンは固まって動けない。
死の淵から復活を遂げたオプティマスを見て、オプティマスとはなんと強いのかと驚き、愛するメガトロンの言葉はマトリクスよりもオプティマスに力を与えるのだなと感嘆している医者の後ろで、小さなオプティマスの父親のメガトロンが氷点下より冷たい目をして殺意を放っていた。