I Rise, You Fall










 目がさめると、小さなオプティマスは自分の部屋のベッドにいた。

 誰かが家に帰ってきた物音で目が覚め、母親と母親の母親のオプティマスの話し声をぼんやりと聞く。

 全ては夢だったのではないかと思うほど穏やかな昼下がり。心地よさにうとうとすると、鈍い痛みが小さなオプティマスを襲った。腕を見ると、フォールンの瘴気を受けた部分に治療が施されている。

 やはり夢ではなかったのだ。 

 がっくりと気分が落ちこみ目を閉じたが、すぐに目を開いた。

 メガトロンはどうなったのだろう? それを確かめなくては。

 声を出して母親を呼ぼうとしたが、喉がおかしくなったのか声が上手く出ない。小さなオプティマスは起き上がってベットを出てドアをあけ、母親たちの話し声が聞こえる方へふらつきながら進んでいく。

 エネルゴン茶のポットを手にした母親の母親のオプティマスと、カップを用意している母親のオプティマスの姿が見えたところで立っていられずにへたりこんだ。声も出せず、早く二人に気付いて欲しいとじっと二人を見つめる。

 テーブルの上にカップが三つある。すでに使われていたカップを一つ片付けながら母親のオプティマスが言った。

「私が居ない間に客が来ていたのか?」

「メガトロンが」

 母親の母親のオプティマスが答えると、母親のオプティマスはそうかと軽く頷いた。

「今日もオプティマスの様子を見に来てくれたのだな。心配してくれるのはありがたいが、メガトロンの方は大丈夫なのだろうか……?」

 その名を聞いて、小さなオプティマスがぴくんと体をふるわせる。一言も聞きもらさぬように意識を集中する。

「機能は全て正常に戻ったそうだ」

 それはよかったと母親が言い、小さなオプティマスも安心して大きく排気した。

 本当によかった。本当に……。

 安堵のあまり涙ぐむ。

「だが、機能は戻っても、フォールンの呪いがまだスパークに残っているから油断はできない」

 母親の母親のオプティマスは、言い難そうに続けた。

「メガトロンは何も言わなかったが、噂を聞いたのだ」

 母親のオプティマスが先を促すと、母親の母親のオプティマスはため息をついた。

「フォールンの呪いを封じるために、メガトロンがプライムを娶るそうだ」

「誰を?」

 驚いて聞き返した母親のオプティマスに、浮かぬ顔で答える。

「メガトロンの父親が二人目のプライムを娶っただろう? そのオプティマスが離縁して息子の方のプライムになるのだそうだ。オプティマスが強く希望したと言うし、いい考えかもしれないが、本当にそれで良いのか」

「あんなに一途に長い間待ち続けて、ようやく想い人のプライムになったというのに。それを捨てなければいけないとは辛いだろうな……」

「自分よりもあの子の事を心配して来てくれるのに申し訳ないが、オプティマスの目が覚めてもしばらくはメガトロンに会わせる訳にはいかなさそうだ」

 誰も何も悪くないのに、幸せだった日常が不意に投げ込まれた悪意のせいで壊れてしまう。

 やりきれないといった表情で母親の母親のオプティマスが言うと、「嫌だ!」と声が上がった。

「私はメガトロンに会いたい!」

 悲鳴のような言葉に、はっと二人が声がした方を見ると、小さなオプティマスが無理に立ち上がり、ふらついて倒れかけた。

 興奮している小さなオプティマスの元へ急いで母親が駆け寄る。

「判った。私たちが悪かった。明日会わせてやろう」

 小さなオプティマスに手を差し伸べ、安心させるように言う。

「さっきのは、本当なのか?」

「いいから落ち着くのだ。お前の体はひどく弱っているのだぞ」

 母親のオプティマスが宥める言葉も、小さなオプティマスには聞こえていない。弱りきった体に目だけが輝いている。

「答えて欲しい。メガトロンがプライムを娶るというのは本当なのだろうか? あの綺麗なオプティマスがメガトロンのプライムになるのだろうか?」

 小さなオプティマスは恐ろしいほど真剣な瞳で母親のオプティマスにすがり付き答えを求める。

「オプティマス、まずは自分の体を大事にしなければならない。メガトロンがそう言ったわけではない。弱った機能が元に戻ったらちゃんと話そう」

 母親のオプティマスが返事を聞かぬまま小さなオプティマスを抱き上げる。

「痛い……」

 小さなオプティマスの口から苦痛の言葉が漏れた。母親のオプティマスが慌てて小さなオプティマスの体を確かめる。

 フォールンの瘴気が触れた腕が痛くて痛くてたまらなかった。

 痛みと悲しみが小さな体に負担をかける。痛い痛いと泣きながら、スパークが絶望に落ちてゆく。

 あのオプティマスは、自分を犠牲にして呪われたメガトロンを救おうとしている。

 それに引き換え私は……!

 自分のせいでメガトロンはフォールンに触れてしまい、プライムを娶らないとメガトロンはフォールンに連れて行かれるかもしれないというのに、メガトロンを取られるのは嫌だと思う気持ちが消えない。

 私以外の誰も見ないでくれ。

 私を優しく抱き上げたその腕が、他のオプティマス抱くのを見たくない。

 おまえが他の誰かを愛するようになるなんて耐えられない。

 痛くて、悲しくて、罪の意識に押しつぶされそうで、小さなオプティマスは感情の嵐の中に投げ込まれてもみくちゃになる。

 気分が悪くなり、小さなオプティマスは母親の腕の中でぐったりと力なく横たわった。異変に気付いた母親たちは急いで床を作り小さなオプティマスを寝かせ、医者を呼んできて診せたりとできる限りの事をしたが、小さなオプティマスは床に伏したままうなされ続け、みるみるうちに衰弱していった。はじめの方こそ腕が痛いと泣き私はフォールンになってしまうとうわ言を言っていたが、数日もするとその力も無くなったのか昏々と眠り続けている。

 名医のはずの医者は絶望した顔で首を振り、この子は自らスパークを閉ざしているのだと言った。何か心当たりは無いか? と医者に問われ、母親のオプティマスは絶望した顔でフォールンだと呟いた。

 小さなオプティマスは、スパークを閉ざしてしまうほどの酷い事をフォールンに言われたに違いない。フォールンの呪いの証拠に、どんなに治療してもフォールンの瘴気が触れた個所が爛れ、体に広がっていく。

 母親のオプティマスも、父親のメガトロンも、母親の母親のオプティマスも、連れて行くのならこの子ではなく自分を連れて行けと怒り狂った。

 フォールンの行方を探すが杳として知れず、また、いくら手を尽くしても小さなオプティマスのスパークの光は小さくなるばかりで、激怒していた母親のオプティマスも、父親のメガトロンも、母親の母親のオプティマスも、やがてプライマスに懇願するようになり、みな倒れんばかりに嘆き悲しんだ。






 スパークを閉ざして眠り続ける小さなオプティマスは、大きなスパークの流れの中で再びフォールンと向かいあっていた。

 お前の醜い嫉妬が元でお前が愛したメガトロンは苦しんでいる。

 ちっぽけで、つまらぬ、醜い心を持った己の姿を省みるがいい。お前を望むメガトロンなどいるものか。

 むごたらしく顔を剥がれ、目をそむけるほど醜いフォールンが憎しみのこもった声で言う。小さなオプティマスを傷付けてやろうとフォールンが向けてくるどす黒い悪意が怖かった。

 嫉妬に歪み、欲を抑えられぬ、私と同じ堕落せし者よ。

 いずれお前も私のように、己の欲でメガトロンを壊してしまうだろう。

 フォールンは、小さなオプティマスに指を突きつけて呪詛の言葉を吐くと再び消えてしまった。何度も罵倒され、呪詛の言葉を繰り返し聞かされるうちに、小さなオプティマスの生きる力が奪われてゆく。

 「いずれお前も私のように、己の欲でメガトロンを壊してしまうだろう」

 フォールンが放ったどろどろとした悪意の言葉が小さなオプティマスのブレインサーキットにこびり付いて離れない。

 そんなのは嫌なのに。このままでは、きっと私はフォールンになってメガトロンを傷つけてしまう。

 そう思うと恐ろしさにどうにかなってしまいそうだった。

 嫉妬の炎で焼かれる苦しさと、自分からメガトロンを奪おうとするものを憎んで黒い鎌首をもたげ、今にも飛び掛りそうな独占欲。それに加え、罪悪感が小さなオプティマスをぎりぎりと締め付ける。

 自分の中に、醜い気持ちが確かにある。

 フォールンが吐いた呪いの言葉を跳ね返すことが出来ない。

 今の小さなオプティマスは、フォールンの気持ちが良く判るから。




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