The Fallen










 左手を母親のオプティマスに預け、右手に一生懸命書いた手紙と自分で作ったお菓子を持った小さなオプティマスは、緊張した面持ちでメガトロンを見上げていた。

 母親のオプティマスに促され、恥じらいながら大好きなメガトロンにお菓子と手紙を差し出す。

「あとでへんじをきかせてほしい」

 恥ずかしくて煙が出てしまいそうだったが、ちゃんと言えた。メガトロンがありがとうと受け取って頷いたのを見ると、恥ずかしくて恥ずかしくて、思わず母親のオプティマスの後ろに逃げ込んでしまう。母親の後ろからひょっこりと顔を出してメガトロンを見上げた時、メガトロンの家から小さなオプティマスが見たことの無いオプティマスが出てくる。

 だれだ?

 さっきまでのうきうきとした気持ちが、ぱっと消えてなくなる。嫌な予感がする。

 二言、三言言葉を交わす様子が親密で、二人を見ている小さなオプティマスの顔がみるみるうちに曇る。さぁっとスパークが冷え、不安で一杯になって、小さなオプティマスは母親にしがみ付く腕に力を込めた。

 このオプティマスは、メガトロンの恋人なのだ。

 小さなオプティマスが母親を見上げると、母親のオプティマスは心配そうな顔で小さなオプティマスを見ていた。それがますます小さなオプティマスに自分のカンが正しい事を確信させる。

 迷いに迷って、ようやく手紙を書こうと決めた事も、喜んでくれるかと不安と期待の間で揺れ動いた事も、好きだという気持ちを知って欲しくて一生懸命になった事も。全て自分の空回り。メガトロンには届かない。メガトロンは自分の気持ちなどいらない。自分よりずっと素敵な恋人がいるのだから。

 なのに、愚かにもあんなに浮かれて、身の程知らずに手紙まで渡してしまった。

 小さなオプティマスは急に自分が惨めに思え、涙が溢れそうになった。やっぱり返事はいらないと早口で言うとぱっと駆け出す。後ろで母親が慌てている声が聞こえたが知らなかった。

 家に帰ると、惨めで悲しくて胸が潰れそうでたくさん泣きじゃくる小さなオプティマスの背を母親の母親のオプティマスが優しく撫でてくれた。

 メガトロンの側にいたオプティマスは、塗装の剥れ一つない手入れの行き届いた体をしていて、こんな事でもなければ憧れの目で見上げたに違いない綺麗な大人の人だった。

 小さくてみすぼらしい子供の自分と違って。

 メガトロンはあのオプティマスのものなのだ。メガトロンは私の特別だけれど、メガトロンの特別は私ではなかった。

 あのオプティマスは、メガトロンにたくさん好きと言って貰えるのだろうか? あの優しい腕にいつでも抱きしめて貰って、口付けだってして貰えるのだろう。

 嫌だ。

 嫌だ。嫌だ。

 初めて感じる苦く苦しい気持ち。胸の中が真っ黒になる。

 母親のオプティマスがエネルゴンを溶かした暖かくて甘い飲み物を作ってくれて、それを飲みながらまた泣いた。

 死んでしまうのではないかと思うくらい悲しかったが、泣いてはおなかが減り、おなかを満たしては泣いて皆に優しく慰めてもらううちに、少しずつ小さなオプティマスの悲しみは癒えていく。

 あんなに悲しい思いをしたのに、自分がまだあのメガトロンの事を好きなのが不思議だった。

 でも今はまだ会いに行きたくない。あのオプティマスと一緒だったらと思うと怖い。けれど、姿は見たい。

 矛盾する思いに悶々としながら、小さなオプティマスは久しぶりに家の外へ出た。父親がとても心配しているので、そろそろ元気にならなければならない。

 高いところから落ちれば少しは気が晴れるだろう。そう思って森を歩いていると、会いたくて会いたくないメガトロンの姿を見かけて、思わず「あっ」と小さく声を上げた。

 声のした方を振り返り、立ちすくむ小さなオプティマスに気付いたメガトロンは、小さなオプティマスを手招きした。

 行きたい。行って、いつものように抱き上げて欲しい。

 だが、小さなオプティマスの中に黒い思いがこみ上げてきて、心を真っ黒に塗りつぶしてしまった。本当は行きたいのに、あの綺麗なオプティマスと一緒にいた所を思い出してしまい、とても嫌な気持になる。小さなオプティマスはメガトロンを無視して、背を向けて逃げてしまった。


 暖かい家に帰っても、後悔ばかりした。

 メガトロンはなにも悪くないのに。

 この間の自分の失礼な態度も咎めず、いつものように優しくしてくれたのに。その優しさを踏みにじってしまったことも、素直になれなかったことも、みんな後悔していた。どうしてあんな事をしてしまったのだろうと思うと申し訳なくて胸が張り裂けそうになり、どうしても謝りたくて、夜だというのに小さなオプティマスはそっと家を抜け出した。怖さよりも早く謝りたいという気持ちに急き立てられる。

 月明かりに照らされて、大好きなメガトロンが立っているのを見つけた。なぜ? と思う前に嬉しくて小さなオプティマスはビークルから変形したが、月が雲に覆われ暗くなった瞬間に、メガトロンの前の闇が濃くなったのに気付きはっと足を止めた。

 なにかがやって来た。とてもよくないものが。

 かび臭い冷気が広がり、闇が形をとる。

 赤い光が点った。赤く光る二つの目が闇に浮かぶ。続いてからだが出てきた。

 黒い大きな体に赤く光るラインが模様を描く、強大で美しいが、禍々しい姿。

 フォールン!

 小さなオプティマスは目を見開いた。これがフォールンなのだとすぐに判った。こんな邪悪な存在はこの世に二つも居るまい。

 あたりの空気がますます冷たくなり、フォールンを中心にして地面に黒いしみが広がっていく。

 フォールンの体から放たれる瘴気が這いよるのに気付かず、それがオプティマスに触れた時、ぞっとして思わず振り払った。触れた瞬間、氷のような冷たさと共に、フォールンの悪意や妬みが小さなオプティマスの中に入り込もうとしたからだ。フォールンの瘴気が触れた所がひりひりと痛み、小さなオプティマスは一生懸命そこをこすって暖めようとした。

 フォールンは、杖を持った手とは反対の手をメガトロンに向かって伸ばしている。尖った指がおいでおいでとメガトロンを招いてぞろりと動く。メガトロンはフォールンを一心に見つめたまま、操られるようにフォールンへ一歩踏み出した。メガトロンの全身はフォールンの瘴気に絡みつかれ、甘い毒に犯されたメガトロンはもっとフォールンを求めて近づこうとする。

 フォールンが本当に居たのだという驚きも、己の危険も顧みず、無我夢中で小さなオプティマスは飛び出した。

 メガトロンとフォールンの間に立ちふさがり、両手を背に回してブラスターを二丁取り出すとフォールンに向かって構える。

「これは私のものだ、手を出すな!」

 フォールンは表情に出さなかったが、明らかに怒ったようだった。その証拠に、一気に空気が冷える。

「はむかう気か? 私はプライムだぞ」

 冷たく、恐ろしく悪意のこもった声が小さなオプティマスを打つ。嘲り馬鹿にした表情を浮かべ、はるか高いところから見下ろしている。

 フォールンの悪意と嘲りも、小さなオプティマスをひるませる事は無かった。もし、メガトロンがいなければ、小さなオプティマスは恐怖のあまり震えることしか出来なかった違いない。だが、メガトロンを奪おうとするフォールンを見上げる小さなオプティマスは、フォールンに気圧される事も怯む事もなく、きつく睨みつける青い目はフォールンに殺意さえ感じさせた。

「お前にプライムを名乗る資格は無い。メガトロンに選ばれるプライムはただ一人、それはお前ではなく私だ!」

 小さなオプティマスが言うと、フォールンは笑った。笑い声なのに感情がこもっていない、奇妙で乾いた笑いだった。

「お前はプライムになれない」

「黙れ。それ以上言うとおまえの顔を剥いでやるぞ……」

 小さなオプティマスの怒りに満ちた声を聞いて、フォールンが浮かべた嘲りの表情がすっと消えた。元の無表情に戻ったのは、フォールンをもっと怒らせたからだ。

 月を覆っていた雲が晴れると、顔を剥れた醜いフォールンの姿が月に照らされあらわになる。

「お前は私を非難するが、そもそもの原因はおまえにある。メガトロンは、お前の為に森の奥へ入り私に触れた。もしあの時、お前がメガトロンと共に居れば、私はメガトロンに手出しできず、今も一人で彷徨っていただろう。お前の嫉妬心に感謝するぞ」

 フォールンの言葉に、小さなオプティマスは目を見開き動けなくなった。

 自分に優しく手招きをしていたメガトロン。あの後フォールンに触れてしまったというのか。あの時素直になっていれば、メガトロンはこんな目に合わずに済んだのか。

「お前がメガトロンを想う気持ちより、私の執念が勝ったのだ」

 フォールンの言葉は、小さなオプティマスの心を粉々に砕いた。

 「あ……」と小さく呟き、ショックのあまり震えて崩れ落ちそうになった小さなオプティマスは、フォールンの杖に殴り飛ばされ地面に転がった。慌てて起き上がろうとすると、フォールンが小さなオプティマスの首を片手で掴んで軽々と持ち上げ、自分の顔を近づける。

「私の顔を醜いと思うか?」

 力任せに引きちぎられ、無残にむき出しになったフォールンの醜い顔に輝く赤い目がオプティマスを憎んでいた。小さいオプティマスにだけではなく、その目は全てのオプティマスを憎んでいた。

「欲と嫉妬にまみれたお前の顔は、私と同じように醜い。私と同じ醜いお前はプライムになれない」

 フォールンの呪詛の言葉は、小さなオプティマスのスパークに突き刺さった毒針。汚れた毒が小さなオプティマスのスパークに回る。

 雲が流れ月が再び覆われると、フォールンはかき消すようにいなくなった。残された小さなオプティマスは地面に叩きつけられ苦痛に呻く。

 手で顔を覆い、声を出さずに泣く。スパークも体もフォールンにずたずたにされた。

 スパークを汚されてしまった。

 メガトロン、メガトロン。

 「助けて」と呟く前に、はっと我に返った。

 メガトロンは無事なのか!

 泣くのをやめた小さなオプティマスは、全ての苦痛と恐怖を歯を食いしばって堪え、凍ったメガトロンの元へ這って行った。意識がだんだんと薄れていく中で、必死に手を伸ばした。

 メガトロンを守りたかった。それは嘘じゃない。だけど、そんな綺麗な気持ちだけではなかった。

 嫉妬。独占欲。体の奥から湧き起こる押さえ切れぬ破壊衝動。

 フォールンの言うとおりだ。

 私は醜い。 



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割とシリアス展開。次回最終回へつづく。
フォールンはオプティマスがちっちゃいので苛めました。


20090912 UP

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