Little Optimus





 


 小さなオプティマスは、父親のメガトロンを見返したかった。

 母親も、母親の母親のオプティマスも、はるか高いところからでも平気で落ちるのに、小さなオプティマスは、低いところでも、地面に手を着いてしゃがみ、ぴょんと飛び降りる事しか出来ないのだ。

「大人になるにはこれくらいとべねば」

 母親の母親のオプティマスに貰ったパラシュートを背負い、これまでよりうんと高い場所に上った小さなオプティマスは、そう言って勇んで下を覗き込んだ。

 こわい……。

 とたんに足がすくんで、体から勇気が抜けていく。

 何度も飛び降りようと思って崖の淵から下を見るが、どうしても怖くて飛び降りることが出来ない。

 こんな事では、ずっと大人にはなれないに違いない。

 怖くて、飛び降りることが出来ない自分が悔しくて情けなくて、小さなオプティマスの目から涙が溢れる。

 やがて、小さなオプティマスは潤んだ青い目を手の甲で拭い、きっと表情を厳しくした。

 泣いてもしょうがない。

 もう一度下を見た。

 目がくらむ、足がすくむ。

 心が折れかけた時、声が聞こえた。

「抱きとめてやるから、来い、オプティマス!」

 驚いて見ると、知らない大人のメガトロンが崖の下で腕を広げ、自分を見上げていた。

 メガトロンの体は太陽の光を反射してキラキラと美しく輝き、荒々しいがまっすぐな赤い目が小さなオプティマスのスパークを射抜く。

「大丈夫だ。必ず俺が受け止めてやるから」

 その力強い声を聞いていると、不思議と勇気が湧いてくる。

 飛べる。

 何があっても、メガトロンがいてくれるから大丈夫。

 小さなオプティマスは頷いた。その瞬間に、怖さも怯えも、余計な事は一切頭の中から消えた。

 怖さを吹き飛ばしたのは、体の奥底から湧き起こる強い衝動。

 さっきまで怯えていたのが嘘の様に、少しの迷いも見せず勢いを付けて飛び降りた。

 地上に向けてではない。あの腕の中へ。

 メガトロンの腕の中へ飛び込んで抱きしめて欲しい。ただその気持ちに突き動かされる。

 落下スピードさえまだ遅い。

 早く、早く。もっと早く私をあのメガトロンのところへ連れて行ってくれ。

 そう思った時に、ガクンという衝撃と共に、ぐいと体が上に引っ張られた。慌てて上を見ると、大きなパラシュートが開き、落下の勢いを削いでいる。

 ゆっくりと地上に降りていくのがもどかしい。メガトロンが広げた腕に向かって自分も手を伸ばす。指先と指先が触れた瞬間に意識が飛んでしまいそうになるほどの甘い痺れが小さなオプティマスの心と体を貫き、抱きとめてもらった時には心がとろとろに蕩ける。

 小さいオプティマスを突き動かした激しい思いは、そのまま恋の熱病に変わる。

「大丈夫だっただろう?」

 見知らぬ大人のメガトロンは小さなオプティマスに言った。大きな体に抱きしめられた小さなオプティマスはメガトロンの顔を食い入るように見つめ、こくんと頷いた。

「ありがとう」

 反射的に礼を言ったが、その目はメガトロンを見つめて離れない。

 そっと小さな指先を伸ばし、メガトロンの顔に触れる。メガトロンは怒らなかった。

 ぎゅっと自分にしがみ付いて不思議な事をする小さなオプティマスにメガトロンは優しく笑って言った。

「なんだ? 怖かったのか?」

「怖くない。嬉しいのだ」

 小さなオプティマスはうっとりと言った。

 この声も、大きな体も、かっこいい顔も、私を励まして抱きとめてくれた優しい心も。何て素敵なのだろう。

 母が父に出会ったときもこんな気持ちだったに違いない。

 私を抱きとめてくれたのは、特別なメガトロンなのだ。意地悪で子供で馬鹿な他のメガトロンとは全く違う。

 小さなオプティマスに熱烈な恋心を抱かれているとは知らず、飛び降りる事が出来たのが嬉しいのだろうと納得してメガトロンは頷き「そうか」と言った。

「よかったな」

「よかった」

 今日はなんという良い日であろうか。

 家まで送ってもらった小さなオプティマスは、母親と母親の母親のオプティマスにだけさっそく恋をしたのだと報告した。一人で危ない所へ行ったのはとても怒られたが、二人は小さなオプティマスが楽しそうにメガトロンの事を話すのをにこにこ笑って聞いてくれた。

 何度も一緒に練習してくれて、パラシュートも畳んでくれた。崖の上に行くのは私の足ではとても難儀なのに、ジェットにトランスフォームしたメガトロンに連れて行ってもらうと一瞬なのだ!

 メガトロンのどんな言葉も些細な仕草も、全てが小さなオプティマスの恋心を煽る。

「メガトロンが下にいてくれさえすれば、私はどんな高いところからでも飛べる気がする」

 恋をした者だけが得られる美しさと強さが小さなオプティマスを彩り、その瞳も、表情も、小さな体の全てが輝いていた。

 母親のオプティマスと母親の母親のオプティマスも自分の事のように喜び、はるか遠い昔の自分たちの初恋を思い出して盛り上がったが、小さなオプティマスの父親には黙っておこうとこそこそ言いあった。可愛い可愛い小さなオプティマスが恋をしたなどと知れば、大暴れした挙句に相手を殺りに行くのは間違いない。

 小さなオプティマスが恋をしたのは、若く優しいメガトロンだった。昨日のお礼にと母親たちと作ったお菓子をもって行くと、お前が作ったのはどれだ? と聞いて、一番不恰好で不味そうなものを摘んでくれる。

 そんな事をされると小さなオプティマスの恋心は募るばかりで、今日は会えなかったとため息をついては窓の外を眺め、明日に遊んでもらう約束をした時は羽でも生えて飛べそうなほど浮かれていた。

 やがて、ただその姿を一目見られれば嬉しかった小さなオプティマスは、大きな悩みを抱えるようになる。

 なんと言って告白すればメガトロンの心を得られるだろうか?

 幼いなりに真剣な問いを向けられ、小さなオプティマスの母親は困ってしまった。いくら小さなオプティマスが真剣でも、成人したメガトロンからすれば子供の戯言にすぎない。

 「この子が大人になるまで私が預かっておこうか?」と小さなオプティマスの母親の母親が言い出した時、小さなオプティマスの母親は全力で止めた。若く素直なメガトロンが悪いオプティマスの手練手管にはまり、愛憎と快楽の泥沼に沈むのを見るのは心が痛む。

 悩んだ末に、手紙を書くと言って机に向かった小さなオプティマスを見て、父親のメガトロンが「俺に?」と勘違いしては様子を見に来るので、そのたびに小さなオプティマスは父親を部屋から追い出す羽目になり、母親のオプティマスは、小さなオプティマスから手紙をもらえなくて落ち込むであろう良人の為に恋文を書き始めた。

 


NEXT


さらに続く。

20090905 UP


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