Trick or Treat







 雲のない十月のブルー。

 空は気持ちよく晴れ、どこまでも高く感じられる。

 絶好の飛行日和をジェットロンが見逃す訳がなく、三機がじゃれあって絡み合うように飛ぶのを見て、地上にいる誰かが指さしながら歓声をあげている。

 やがて一息つくために、建設中のデストロン基地そばの岩場に三機が降りた。

 一番最初に降り立ったのは、いつもの通りスタースクリームだ。着陸寸前にロボットモードにトランスフォームする。滑らかに機体を構成する部品が動き、右足から、よっ! と機嫌のいい声を上げて地上に降りる。

「だからよ、ハロウィンだかなんだかのかぼちゃ提灯がメガトロンに似てるんだって。ありゃジャックオーランタンじゃなくてメガトロンランタンだ」

 地面に着くと同時に、くるりと後ろを振り向き、飛行中に行っていた会話を続ける。スタースクリームに引き続き、青い機体のサンダークラッカーが、同じく優雅と言えるほど滑らかな動きで地上に降り立つ。

「そのかぼちゃを街中に飾り付けてるんだ。想像してみろよサンダークラッカー。街中メガトロンだぜ? どんな悪夢だよ」

 さっきから、スタースクリームはデストロン基地を抜け出して人間世界を偵察してきた話ばかりを熱心に行っている。よっぽどスタースクリームの気を引いたのだろう。

「まあお前にとっちゃ悪夢だろうよ、スタースクリーム」

 サンダークラッカーが適当な相槌を打つと、二人より少し遅れて降りたスカイワープが口を挟んだ。

「だからなんなんだそのハロウィンってのはよ?」

「『Trick or Treat』とか言って、菓子を強奪する日だ。人間どもは、この日ばかりは恐喝しても捕まらねえから張り切ってるんだぜ」

 スタースクリームは得意げに知識をひけらかし、両手を広げて言葉を続けた。

「人間どものくだらないイベントだが、俺様も参加してやった」

「そんなの、デストロン基地じゃ毎日のことじゃねえか? なんでわざわざ……」

 サンダークラッカーの言葉は、スタースクリームが胸のコクピットから取り出したものを見て止まった。

「盗ってきたのかよ」

 呆れ顔のサンダークラッカーの視線の先、スタースクリームの右手には、ジャックオーランタン、スタースクリームが言うところのメガトロンランタンが載っている。

「見ろよ。これが一番大きくて立派だったんだ。メガトロンにも似てるしな」

 スタースクリームはずいぶんと嬉しそうな口調で言って、ジャックオーランタンをサンダークラッカーの目の前に自慢げに突きつけた。

「メガトロン様に似てるから欲しかったのか、それ?」

 サンダークラッカーがちくりとスタースクリームを言葉の針で刺す。

「ほ、欲しかねえよこんなもん。後で思いっきり踏み潰してやればせいせいすると思って持ってきただけだぜ」

 なぜか焦っているスタースクリームに、ああそうかい。といったように肩をすくめ、サンダークラッカーはスカイワープを振り向いた。

「スカイワープよお、悪戯なんて、おまえ向きのイベントじゃねえか?」

「興味ねえよ」

 さきほどからろくに会話に参加せず、飛んでいる間もぴりぴりしていたスカイワープは、サンダークラッカーの言葉に不機嫌そうに返事をした。

「どうしたよ? おまえ、いつもならくだらねえ悪戯に命かけてるじゃねえか?」

「おおかた腹でも壊して元気ねえんだろ、スカイワープ? しけた面しやがって」

 心配半分、からかい半分のほかの仲間の言葉だったが、スカイワープは二人を一瞥しただけでそっぽを向いた。

「うるせえな」

 背を向けてそれだけ言うと、F15にトランスフォームして飛び去ってしまう。

「なんだあいつ?」

 妙に不機嫌で元気のないスカイワープの様子に、残されたサンダークラッカーとスタースクリームが顔を見合わせた。





 一人になったスカイワープが、お目当の人物を探して建設中のデストロン基地上空を低く飛ぶ。

 たしか、ここいらで作業をしているはずだ。

「ばっか、そっちじゃねえって!」

 スカイワープのイライラを唯一消せる誰かの声が引っかかり、スカイワープの心が大きく弾む。

 フレンジー!

 最近すれ違いばかりで、ろくに話してない。触れてない。

 もう我慢できねえ。

 殴られるだろうが、無理やり浚ってくぜ。

 この角を越えた向こうにフレンジーがいる……!

 期待で胸をいっぱいにして、建設中の建物の角を曲がったスカイワープの視界に飛び込んできたのは、フレンジーと。


 ラムジェット……!


 白い最新型ジェットの機体を見て、スカイワープの熱くなった心にたちまち冷水が浴びせられる。


「おお、悪ィ悪ィ」

 ラムジェットはニヤついた顔で(スカイワープにはそう見えた)フレンジーに謝っている。

「気をつけろよな〜」

「フレンジー、おまえ、これ終わったら暇か? さっきの詫びに……」


 これ以上二人の会話を聞きたくなくて、スカイワープは高度を上げた。急に角から飛び出してきて、何も言わずに高度を上げて去って行ったスカイワープに向かってフレンジーが何か叫んだが、スカイワープには聞こえない。


 最高速度で上昇する機体と比例して、スカイワープの不機嫌レベルも急激に上がり、艶やかで美しい黒い機体が荒れて飛ぶ。


 何をしたかは知らねえが、わざとに決まっている。

 ラムジェットはフレンジーの気を引きたいんだ。


 胸にどす黒い感情が湧いてきて、何もかも壊して引き裂いてやりたくなる。

 

 このイライラのそもそもの原因はラムジェットなのだ。

 偶然見てしまった。

 フレンジーがラムジェットの部屋から出てくるのを。


 またてめえか! ラムジェット!

 

 ただの友達に決まってる。

 スカイワープは自分にそう言い聞かせた。

 人懐こいフレンジーはデストロン中のみんなと仲がいい。


 自分がフレンジーに邪な思いを抱いているから、他の誰かもそうなんじゃないかと疑っているという事は判っている。


 気になるんだったら、「ラムジェットの部屋で何してたんだ?」って聞きゃあいい。

 何で聞けないんだ?

 決まってる。

 怖いからだ!


 イライラとしながらくるりと三百六十度ロールした後、背面飛行していると、スカイワープはふと地上にある黒いものに気がついた。

 なんだありゃ?

 不思議に思って地上に降り確かめると、その黒いものは地面に掘られた深い穴だった。ビルドロン師団がやったのだろうか?

 なんとなく覗いてみると、思ったより深い。

 へぇ〜、なんか、面白そうじゃねえか?

 世の中には穴や隙間がやたら好きな性質を持つものがおり、スカイワープもその一人だったので、一瞬イライラを忘れ、好奇心の導くまま降りてみる。

 穴の幅はロボットモードのスカイワープの羽がようやく擦れずに降りられるくらいで、垂直に掘られた穴はある程度の深さから横穴に変わり、数メートル掘られたところで放置されていた。

 計画が変わったのか、何か不都合があったのか。

 横穴に隠れて上を見上げる。ここにいれば、誰にも見つからないだろう。


 一人になりたかったからちょうどいいや。


 ふて腐れたスカイワープが壁にもたれ、腕を組む。

 考えるのは嫌な事ばかり。


 くそったれ。

 フレンジーは、なんでよりにもよってラムジェットの部屋にいたんだ?

 他の誰かなら、俺の邪推だと自分を納得させることができるのに。

 ラムジェットはダメだ……!

 あいつだけはダメなんだ!


 スタースクリームと共に、過去の世界に行ったとかいう一件で、潰れたノーズをフレンジーに労わってもらっていたラムジェットは、あきらかに嬉しそうにニヤついていた。


 あの野郎は。

 絶対に。

 フレンジーを狙ってやがる!


 許すか?

 みすみす盗られるか?


 冗談じゃねえぞ!


 壁にガッと頭をぶつける。

 不安にイラついた表情を消し去って、いつもの余裕たっぷりでニヤついた表情を浮かべる。


 そうこれがいつもの俺様。





 スカイワープに呼ばれ、振り向いたフレンジーは、なんだか複雑な顔をしていた。

「おまえよぉ、さっき……」

 言いかけたフレンジーの言葉をさえぎり、スカイワープが同じ言葉を繰り返す。

「いいから来てみろってフレンジー」

 フレンジーと二人きりの会話を邪魔されて、あからさまにラムジェットが嫌な顔をしたのを無視する。

「なんだよ?」

「いいから」

 フレンジーは仕方なさそうに頷くと、「じゃ、また後でな」とラムジェットに声をかけ、ラムジェットを完全に無視して飛び立ったスカイワープの後に続く。

 ラムジェットの悔しそうな顔がスカイワープの視界の端をかすめた。ざまあみろ。ずいぶんいい気分だ。

 後ろについてくるフレンジーをときおり振り返りながら、スカイワープが先ほど見つけた穴の淵へフレンジーを案内する。

「この穴、覗いてみろ」

「なんだ? 何があるんだ?」

 素直に覗き込んだフレンジーだったが、すぐにそれが何もないただの穴だと気がつき、怪訝な顔をして、自分の後ろに立っているスカイワープを見上げた。

「おいなんにもねぇぞスカイワー」

 文句を言おうとしたフレンジーが見たのは、とてつもなく腹が立つ、邪悪なスカイワープの笑顔。


 しまった!!

 こいつがこんな顔をするときは……!


 気がついたときはもう遅い。


Trick and Trick !

 意味不明な言葉と共に、スカイワープは穴を覗き込んでいたフレンジーの背を、思いっきり蹴飛ばした。

 やっぱり……!

「な、んだそりゃぁぁぁぁ〜〜〜」

 フレンジーの悲鳴が下方向へ遠ざかり、やがて、ガシャン! と穴の底に激突した音を、腕を組んだスカイワープが満足そうな顔で聞く。

「引っかかりやがったぜぇ!!」

 恐怖の悲鳴は妙なる音楽、怒りの表情は最高の名画。

 フレンジーの恐怖と驚きに歪んだ顔、それにあの悲鳴。たまんねえぜ!

 悪戯が成功し、子供のように大喜びするスカイワープに、当然の事ながらフレンジーが激怒する。

「ちきしょう、てめぇ、スカイワープッ! 覚えてろよこのくそったれ」

 穴の底で、怒声をあげながら拳を振り上げている。スカイワープが撃たれるのも時間の問題だろう。いつもなら即ビークルモードにトランスフォームして逃げ出すのだが、スカイワープはフレンジーの落ちた穴を覗き込んだ。

「ちょっと端っこに寄ってろよ、フレンジー。俺もそっちへ行くからよ」

「はぁ? おまえが来てどうすんだ」

 不思議そうな顔をしたフレンジーだったが、本当にスカイワープが上から飛び降りてきたので、慌てて端に寄った。

「へへへ……」

 照れたような、嬉しくてたまらないといったような笑みを浮かべているスカイワープに、フレンジーの怒りがぶつけられる。

「アホかおまえ! この野郎、毎度毎度くだらねえ悪戯しやがって、これでも食らいやがれっ!!」

 チャッと音を立て、背中に収納している銃を抜いて構えたフレンジーが引き金を引くより早く、スカイワープがフレンジーを掴みあげた。

 ちくしょう。また悪戯される……!?

 焦って手足をばたつかせたが、スカイワープはフレンジーの予想に反し、高笑いをあげながら遠くへ放り投げるでもなく、嫌味を言いながら壁にぐりぐりと押し付けるでもなく、愛おしそうに抱きしめた。

 予想外の出来事に、フレンジーが一瞬動きを止める。

 フレンジーが大人しくなると、スカイワープの腕に一層力がこもり、きつく抱きしめられた。

「おい、スカイワープッ、苦しっ」

 もぞもぞと体を動かし、ぷはぁっとスカイワープの胸から顔を上げる。

「おいってば、聞いてんのかよっ!」

 返事の代わりに、ぎゅ……ともっと強く抱きしめられた。

 顔が見えないスカイワープが、途方にくれた子供のようにフレンジーを抱きしめる。

「……スカイワープ?」

 フレンジーが怪訝に思って声をかけると、スカイワープがぼそりと呟いた。

「ここんとこよ」

 言いながらようやくフレンジーを抱きしめる腕を緩めたが、離そうとはせず、フレンジーを抱いたままスカイワープはその場に座り込む。

「ここんとこ、なんだ?」

 スカイワープの胸に手を突き、顔を見上げているフレンジーが聞き返す。

「おまえ、ラムジェットとばっかり仲良くしてたじゃねえか」

 スカイワープの拗ねた声に思わずぽかんとした。

「あんまり一緒にいられなかったし。ここなら、誰もいねえし」

 すっかりふて腐れたスカイワープが、拗ねた目でフレンジーを見ながら言う。

「二人に、なれる……。と思ってよ」

 スカイワープがぼそぼそと低い声で囁くたびに、フレンジーの顔がだんだんと笑顔になった。

「ばーっか」

 フレンジーが手に持った銃をスカイワープの顔に投げつける。

 スカイワープのくせになに可愛い顔してんだ?

 銃をぶつけられたスカイワープは嫌そうに顔をしかめが、文句も言わず、仕返しもしなかった。

「おまえほんとバカだなー、スカイワープ。国宝級の馬鹿だぜ」

 スカイワープに当たって跳ね返ってきた銃を拾いながらフレンジーは言うが、乱暴な言葉とは裏腹に、その声は、優しさと、愛しさに満ちている。

「馬鹿馬鹿言うんじゃねぇや。判ってらあ自分でも」

 スカイワープは、フレンジーの声に混じった気持ちに気がつかず、拗ねてそっぽを向いた。

「おまえが言ったのって、あれだろ? 悪戯かお菓子かって奴。俺たちもサウンドウェーブが充電してる間に電飾で飾りつけてやったぜ!」

 その言葉にスカイワープが思わず噴出し、ようやくフレンジーを正面から見た。

 サウンドウェーブにそんな悪戯をしかける事が出来るのは、カセットロンだけだ。さすがのスカイワープもサウンドウェーブにはちょっかいを出したくない。

「サウンドウェーブの奴、怒ったんじゃねえか?」

「いーや。ちゃんとエネルゴンくれたぜ。甘いの」

「おまえたちすでに悪戯してるじゃねえか。それじゃ、悪戯もお菓子も。だぜ?」

「おまえの悪戯はもっと意味判んねえんだよスカイワープ!」

 フレンジーに突っ込まれて、スカイワープが笑って誤魔化す。

「おまえにもやろうか、甘いの」

 フレンジーは悪戯っぽく言うと、背伸びして囁いた。

「あんまりおまえが馬鹿だからよ、キスしてやるぜ」

 スカイワープがなにか反応を示す前に、フレンジーは素早くスカイワープの銀色の唇にキスをした。

「遠くからおまえ見てて、機嫌悪そうだなって思ってたんだけど、俺とラムジェット見て拗ねてたのかよ?」

 囁いて、もう一度キス。

「言えよ、スカイワープ。俺と一緒にいられなくて寂しかったって」

 悪戯者のスカイワープにフレンジーがくれたのは、小さくて甘いキス。

「ああ……。寂しかったぜ、フレンジー!」

 溜め込んだ寂しさを一気に吐き出すように言って、いきなりスカイワープが熱の篭ったキスを返す。

「……お前、ひねくれてるくせにたまに正直だからな。俺はいつもほだされるんだ」

 自分の欲望を満たしたい時だけ。と付け加え、フレンジーは軽くスカイワープを殴りつけた。

「もっとおまえがキスしてくれないと、もっとひどい悪戯するぜ、俺はよ。俺がどんな奴か判ってるだろ?」

「おいおい、脅しかよ? ひでぇ奴だな。本当に悪魔みたいな奴だ。色も黒いし」

 フレンジーが笑いながら大げさに両腕を広げる。

「今日はキスを強請ってもいい日なんだろ? スタースクリームがそう言っていたぜ。ほら、早くしてくれよ」

 スカイワープはそう言って、にやりと悪い笑みを浮かべる。

「しょうがねえなあ、くれてやるよ」

 フレンジーの笑い顔がスカイワープに近づき、そっと唇を重ねた。

「もう一回」

 スカイワープがかすれた声で囁いた。

 言われるままにもう一度キスをすると、まだ足りない。と耳元で囁かれる。


 何度も何度も口付ける。


 全身電飾で飾り付けられたサウンドウェーブが穴を覗き込んでいるのに気付くまで。





ENDE


サウンドウェーブは電飾を気に入っていたのです。



20071030 UP


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