Childhood's End
回転木馬がゆっくり回りだすと、バンブルビーが大喜びでおれたちに手を振った。
オプティマスが優しく微笑み、手を振り返す。
楽しげな音楽とともに回る木馬に乗ったバンブルビーは、おれたちの目の前に来るたびにはしゃいで大きく手を振った。
「ちゃんと掴まってろよ、落ちるぞ!」
おれが叫ぶと、バンブルビーは素直にウンと頷いて取っ手をしっかりと握った。
夕暮れの遊園地。茜色の空に、回転木馬のレトロな曲とポップコーンの香ばしい匂いが漂う。
どこか物悲しい気分になり、おれはオプティマスと並んで立ち、楽しそうなバンブルビーを見守りながら、小さかった頃を思い出していた。
そっと隣にいるオプティマスの横顔を盗み見る。
幾年経とうと変わらぬ優しい笑顔。
おれが今よりもっとどうしようもないクソガキだった頃も、あなたは同じ笑顔を俺に向けてくれた。
優しく笑いながら、一緒にアイアコンに行こうと言うあなたの誘いを断ったのは、おれがあなたを迎えに行こうと思っていたから。
バカで生意気だったおれは、大きくなればそれが出来ると本気で思っていた。誰かにあなたを盗られるなんて思ってもみなかった。なんせバカだから。
クソみたいな生活から這い上がって、成功して、行きたくもないアイアコンに行かされたあなたを迎えに行って、「愛してます。おれと結婚してくださいオプティマス」って言うつもりだった。
街頭放送で流れていたニュースであなたの結婚式を見るまでは。
おれが立つ予定のあなたの隣には、極悪なツラしたいけ好かない銀色の奴がいて、アナウンサーがそいつがあなたの夫だとかなんとかふざけた事を言っている。
破壊大帝って、メガトロンって。なんだそりゃ。おれは勝てるのかそいつに。
アナウンサーが、オプティマスが反乱を起こした元国防長官のメガトロンとの一騎討ちの末二人とも行方不明になっていた事、アルファートリンが調停役となり、オートボッツとディセプティコンズの間に和平が結ばれた事、それと同時に二人が結婚すると発表した事など、経緯をかいつまんで説明しているのを呆然と見ていた。
生真面目で優しかったオプティマスはオートボットの司令官になっていて、宇宙を力で支配しようというおれよりもっとバカな奴に出会って、命をかけた死闘を繰り広げて、そんな二人がおとぎ話みたいな大恋愛の果てについに結ばれた。
一方おれはスラムで仲間連れて王様気分になってる薄汚れたガキ。
こんなんじゃメガトロンに勝てるわけが無い。おれはちっぽけでみすぼらしい。オプティマスを迎えになんかいけっこない。
おれは何をしてたんだ、今まで?
ここいらじゃおれに敵うものはいないと自惚れていた自分が猛烈に恥ずかしくなった。
だから、あなたがおれを探していると聞いても、あなたの前に出る事が出来なかった。
こんな惨めな姿をあなたに見て欲しくない。あわせる顔が無いと思って。
でも、荒んでしょうもない生活を送っていたおれを探し出してくれて、本当に久しぶりに会ったあなたは腕に小さな子供を抱えてて、おれはまた死ぬほど衝撃を受けた。
でも、おれはその子、バンブルビーを抱っこさせてもらった時に、一目でバンブルビーが好きになったよ。
こんなバカなおれにバンブルビーは笑って、小さな手を差し伸べてくれて、手を握るとキャッキャッて喜んでくれた。
バンブルビーが、舌足らずの言葉でおれの事を「ジャズにいちゃん」って呼ぶので、おれはびっくりした。
あなたがずっと、バンブルビーにおれの事を話して聞かせてくれたって、バンブルビーはおれに会うのをずっと楽しみにしてくれてたんだって。
この子の兄になって欲しいと言うあなたの優しい言葉に、おれは涙が止まらなかった。
ずっと昔に、おれに「家族になろう」と言ってくれたのをあなたは忘れないでいてくれた。
おれは逃げたのに、ずっと探してくれて、約束を守ってくれた。
でも、オプティマス、おれはあなたの家族になりたかったけど、バンブルビーの兄じゃなくて、本当はあなたの夫になりたかったんだよ。今でもずっとそう思ってるんだよ。バカだったけどおれは本気だったんだよ。
その気持ちを思い出すと、どうしようもなく胸が苦しくて、死にそうになって、おれは空を見上げた。
おれはオプティマスにおれの気持ちを一生言わないだろう。おれは今でもどうしようもないガキだけど、優しいオプティマスの顔を曇らせるようなことは絶対にしたくない。それがおれのせめてもの意地だ。
「ジャズ、この間話した事を考えてくれただろうか?」
急に話しかけられ、おれは意識を引き戻された。慌てて隣にいるオプティマスの顔を見上げる。
「えっと……」
「お前には進学して欲しい。金銭的なことは心配しなくて良いのだぞ。バンブルビーもお前が遠くへ行けば悲しむ」
俺の顔をじっと見てオプティマスが言う。俺はとびきりの笑顔を作った。
「でも、やっぱり悪いですよ。自立したいから卒業したらすぐ働くつもりなんで、いいんです」
明るい口調で言うと、オプティマスが小さく排気した。
「お前は、いつまで経っても私に甘えてはくれないのだな」
拗ねたようなオプティマスの言葉が、俺の心にズキュンと突き刺さる。
いいんですか? 甘えていいんですか?
俺の思考回路は邪な想像でいっぱいになる。
「小さな頃から、お前は私につれない……」
おれの顔を覗き込んで、軽く責めるようにオプティマスは言った。
ああ、ヤバイ。おれのなけなしの理性がヤバイ。そんな可愛い事言われるとおれダメな奴なんでほんとダメなんで。
あんなに自分にカッコつけたのに、もう喉元に「好き」の二文字がこみ上げてくる。
やっぱりおれオプティマスの事が超好きだ。キスとかしたい超したい。
おれのたぎりまくって溢れる寸前のリビドーが一気に急速冷凍したのは、オプティマスの後ろからやってくるメガトロンを見つけたからだ。命拾いしたが感謝なんか絶対しない。死ぬほどガッカリだぜ。
「小僧、入試が近いというのにこんな所で遊んでいて良いのか?」
メガトロンはおれをぎろりと睨むと、いきなり訳の判らない事を言った。
「いや、おれ働くんですけど」
「それは断っておいたぞ。バンブルビーは貴様を気に入っているからな、ここを離れるのは許さん」
「何勝手に人の進路を……!」
「バンブルビーの涙を回避する事は貴様のちんけな進路選択の自由より優先される」
「え? ここ自由主義の国ですよね! おれの未来ですよね?」
メガトロンはおれの抗議を無視して、「受かれよ」と一言言い捨てた。
「いやそんな事急に言われてもおれ勉強してないし!」
「しくじれば殺すぞ」
メガトロンの目は本気だった。おれが落ちたら二つにちぎるつもりの目だ。
「えー!」
おれはあたりを憚る余裕も無く叫んだ。ブレインサーキットが真っ白になる。
ヤバイ、おれ、死ぬ! ちぎられる。絶対ちぎられる。
さっきまで甘酸っぱい青春を謳歌してたのに、一瞬の後に死の確立急上昇って酷すぎだ。
そうだ、オプティマスがいる。おれ死なないで済む。
はっとそのことに気がつき、一縷の望みをかけてオプティマスを見上げる。
おれを救えるのはオプティマスしかいない!
「おっ、オプティマス……!」
おれが必死の思いでオプティマスにメガトロンを止めるようにお願いしようとすると、頼みの綱の優しいオプティマスはにやりと悪い笑みを浮かべた。
そんな悪い笑み危険すぎる!
でもときめくダメなおれ……!
「悪いが、メガトロンの説得なら自分でしてくれ」
そう言うとオプティマスは呆然としているおれに背を向けて、止まった回転木馬から走ってきたバンブルビーを優しい笑顔で抱き上げた。
終
初出 2009.05.24発行 Bumblebee's Diary+
2015.12.17 再録UP
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