Golden Desert
カタールの沙漠に夕日が沈む。
オレンジを帯びた黄金色の光があたりを満たし、見渡す限り一色に染め上げる。
風に吹かれた砂が作り上げるオブジェの中に立つ、重厚な金属でできた機械生命体。その姿は、力強く、巨大で、金色の沙漠に立つ姿は神々しくさえ思えた。
さらさらと風に吹かれ形を変える砂以外動くものは無かった砂漠に、急に激しい動きが生まれた。
ざっと砂が跳ね上がり、砂の中から中からもう一つの機械生命体がいきおいよく跳ね上がった。ばらばらと落ちる砂で姿は良く見えないが、節をもった長い体、沢山の足は、地球のさそりという生き物に良く似ていた。ただし、金属でできた巨大なさそり。という注釈をつけないといけないが。
巨大な金属のさそりは、イルカがジャンプする動きで、再び砂に潜り、また跳ね上がる。
しばらく無邪気にその動きを楽しんでいたが、やがて、砂に潜ったまま、ざざざざっと立ちすくむ巨大なもう一つの機械生命体の元へ向かう。
足元でひょっこりと顔を出し、さそりは上を見上げて発声モジュールを動かした。
「ブラックアウトの旦那」
声をかけられ、微動だにしなかった金属の塊は、その時ようやく動きを見せた。目を合わせるように下を向く。
「どうだ? スコルポノック」
「上々でさ。気に入りましたぜ」
スコルポノックと呼ばれたさそりは、機嫌良さそうに尻尾を振った。その姿を見て、ブラックアウトと呼ばれた方が馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「ふん。お前ら下等な生命体は気にならんだろうがな、俺には埃っぽくて嫌なところだ。戻る時にはその忌々しい砂を全部落とせよ」
判った。というように頷くと、スコルポノックは濡れた犬が体を震わせるような動きをする。節の全てに砂粒が残って無いのを確認すると、スコルポノックはブラックアウトの背に飛びついた。
「旦那達からすりゃ、取るに足らない下等生物でしょうが、アタシらドローンにも一応、知性と感情というものがあるんです」
居心地の良い定位置につき、珍しく反論めいた事を言う。
背中から聞こえてくる声に、歩きかけたブラックアウトの動きが止まる。
「なにを言い出すんだ、急に」
「旦那に拾ってもらえてよかった」
微かに笑いの波動が伝わってくる。
ドローンの癖に、何をほざく。ブラックアウトの顔がそう思って歪む。
「……世迷いごとを」
呟きながら、最初からこいつはおかしなドローンだったと出会った頃を思い出す。スコルポノックと同型のドローンは、ただ本能に毛が生えた程度の知性しか持たない。だがスコルポノックは例外だった。ドローンにしては奇跡と言って良いほど頭がよく、ある程度複雑な感情さえも有している。ブラックアウトは、優秀なスコルポノックが気に入り、連れ歩いているが、そもそもこいつらは、ブラックアウトに話しかけるのも恐れ多い下等な存在なのだ。
「貴様など、俺にとっては使い捨ての道具にすぎん」
「判ってますよ。アタシは旦那の道具。十分旦那のお役に立ってみせますから」
多少賢かろうが、ドローンはドローン、甘やかせるつもりは無い。
自分の立場を勘違いしないように釘を刺すと、スコルポノックはブラックアウトの意図を十分に汲み取った返事をする。そこがまた、ドローンにしては出来すぎている。
「できれば、ずっと、長く……」
ブラックアウトの背で、沈む夕日を見ながらスコルポノックは小さく呟いた。
ブラックアウトがその様子を不審に思っているのを感じたが、スコルポノックはさらにおかしな事を口に出す。
「なんでしょうねぇ? もしかしたら、アタシらドローンは、拾ってもらったご主人を盲目的に愛しちまうプログラムでも入れられているのかも。ふ、ふ、ふ」
ほんの一瞬だけ、余計なセンサーを切って、ブラックアウトの存在だけを感じる。
人間なら、その時感じた感情を「幸せ」とでも表現するかもしれない。
「愛してますぜ、旦那」
唐突に囁かれた言葉。
「…………」
「おや返事がない」
ブラックアウトの戸惑いを楽しみ、主人が怒らない程度にスコルポノックが面白がって笑った。
「今日のお前はおかしいぞ」
スコルポノックの言葉の意味を無視し、ブラックアウトは吐き捨てるように言った。
背中のスコルポノックが、その言葉を聴いて少し考え込む。
「……なんか、嫌な予感がしやがるんで。オートボットの奴らの気配を感じるからかな? どうも落ち着かない」
スコルポノックの心がざわざわする。いてもたってもいられないような嫌な予感に何度もブラックアウトの存在を確かめる。
「予感だと? くだらない事を言うな」
ブラックアウトが、そんな感情は、知能が低くて未来が読めない生き物が抱く、幼稚で未熟なものだと切り捨てる。
だが、スコルポノックは自分の直感が不思議とよくあたる事を経験的に知っていた。特に嫌な予感は。
機械がなぜそんなものを感じるのか、スコルポノックにも良く判らないが、単純に作られた分、理性に邪魔されない、本能的なカンのようなものが発達したのかもしれない。
「バカの戯言です。怒らねぇでくださいよ」
ブラックアウトをさらに不愉快にさせるのは避けたかったが、スコルポノックは言わずにはいられない。
「旦那に、旦那にもしもの事が会ったら、アタシは……。ああいやだ。考えるのも嫌だ。そんな事になるくらいならアタシが尾っぽの先から一インチずつすりつぶされた方がましだ」
最後は独り言のようにぶつぶつと呟き、その呟きがぴたりと止まった。
「主を失ったドローンなんて……」
「スコルポノック!」
発声モジュールから振り絞るように発せられた叫びに、スコルポノックが本気で怯えているのを感じ、ブラックアウトが一喝した。
びくっとスコルポノックの体が痙攣する。
「この俺様を誰だと思っている? それ以上余計な口をきくと、俺がお前を節からちぎって捨ててやるぞ。不安など捨てろ。俺はお前の絶対の主人。そうだな?」
スコルポノックが肯定の意思を伝えてくる。
「ならば命令には従え。余計な事は考えるな。俺の事だけ考えていろ。お前など、全てを俺にゆだねていればいいんだ」
吐き捨てるように言って、再び歩き出す。
「旦那」
またしばらくして、背中のスコルポノックが口を開く。
「なんだ! まだ何かあるのか?」
ブラックアウトのいらいらした声にもめげず、スコルポノックは続けた。
「愛してますぜ」
「くだらん!」
性懲りも無く繰り返すスコルポノックの言葉をやはり一刀両断するが、スコルポノックは怒りもせず、ますます嬉しそうにした。
「旦那のここが一番居心地が良いや。やっぱり他の誰より旦那とが一番体の相性ばっちり」
スコルポノックが機嫌よく呟いた言葉に、ぴくっとブラックアウトが反応した。
自分以外の誰かを知っているような口ぶり。
「お前、俺の前にも誰かの専属になっていた事があるのか!」
「あ、いけね」
何千万年も黙っていたのに、うっかり口を滑らせたスコルポノックがしまったと思うが後の祭り。
「おい、答えろスコルポノック!!」
「黙ってた事は謝りますって。でもそりゃ特に聞かれなかったから言わなかった訳で、隠してた訳じゃないんですよ」
「前の奴にも、愛してるとか何とか、あんなくだらない事を言ったのか」
「……ああ〜、そりゃ。ちょっとくらいは」
スコルポノックは思っていたよりずっと厳しい追及をされて困り果てるが、内心かなり嬉しく感じる。
思わず嬉しくて尻尾を振ってしまいそうになるのをぐっと堪えた。そんな事をしているのがばれたら本当にばらばらにされかねない。
「安心してくださいよ。こんなに愛したのは旦那だけなんですから。過去も未来も旦那だけ……。言ったでしょ。アタシらにも知性と感情はあるって。誰でもって訳じゃないんですよ」
「どうせ俺がいなくなっても、すぐ次の寄生先を見つけるんだろう!」
「ああ、まいったなこりゃ。旦那、機嫌直して下さいよ」
ブラックアウトは本気で機嫌を損ねた声を出し、嬉しさよりも、ブラックアウトの機嫌を何とか直したいと焦る。
「判りましたよ、白状します」
諦めたように言うと、一呼吸置いてスコルポノックは続けた。
「確かに、アタシは旦那の前に他のお方の専属だった。でもね、旦那の専属になりたいと思ってそのお方とはお別れしたんですよ。旦那に黙ってたのは別にやましい事があったからじゃありません!」
「道理で貴様、最初から有能すぎると思ったんだ……!」
相変わらず不機嫌な声でブラックアウトは唸るように言った。機嫌は直るどころか、ますます悪くなっている。
「何があった? いちどお前を手に入れた奴がお前を手放す訳がない」
過去に何があったか洗いざらい話せ! というプレッシャーを感じ、困ったスコルポノックが沢山有る手足をさわさわと動かした。
「いいじゃないですか、こんな道具の過去なんざ。今は旦那のものなんですから。アタシはお役に立ってるでしょ? 旦那はアタシをどうしたっていいんだ。好きに使ってくださいよ、ねぇ?」
「誤魔化すな!!」
「まあま、あんまり触れないでくださいよ。前のご主人は、旦那ほど優しくなかったんで、どちらかというと嫌な思い出……。思い出したくねぇんですから」
スコルポノックが言葉を濁せば濁すほど、おれに言えないような事なのか!? とブラックアウトが激昂する。
「何をされた!? まさかあの傷……!」
初めて見つけたときから気になっていた、スコルポノックの体に残る、高熱で無理やり溶かし、引きちぎったような醜い傷跡。
単なる負傷ならすぐに治るはずなのに、永遠に治らない傷の事と、スコルポノックの漏らした言葉を繋ぎ合わせ、ますます疑念が深まる。
その傷は誰に何のためにつけられた!?
そんな相手にまでお前はあのくだらない台詞を吐いたのか!?
本当は率直にそう言って問い詰めたいが、ブラックアウトのプライドが邪魔をして言い出せず、激しく不機嫌な唸り声をあげる。
「やれやれ、困ったお人だねえ……」
ブラックアウトの様子にスコルポノックが小さく呟くが、何かに気がついたように「あ」と声を出した。
「旦那、そろそろメガトロン様の情報を集めに行かなきゃいけないんじゃないですかい? 納得できない部分もおありでしょうが、イライラは人間どもの基地でも壊して、ぱーっと晴らしちまいましょう!」
スコルポノックの言葉に、納得したのかしていないのか、ブラックアウトは返事もせずに、シコルフスキーMH-53JMペイブロー3&4型ヘリコプターにトランスフォームし、空へ飛び立った。
カタール基地があれほどまでに破壊されつくしたのは、スコルポノックのせいかどうかは定かではない。
ENDE
スコルポノックは、ゴマちゃんみたいにムキューとか鳴くんだろうな。というイメージはあったんですが、逆におっさんぽくしてみようと妄想。
最初のブラックアウトの壊しっぷりは惚れ惚れするね。ブラックアウト、萌え〜。
20071012 UP