メガトロンの幽霊







 目覚めさせてはいけないとラチェットに言われていた。
 メガトロンのスパークに侵入したオプティマスは、リペア台の上で眠っているメガトロンの側に近づいた。台の淵にそっと腰かけて顔を覗き込む。
 この世界は、眠っているメガトロンを含めてデータを処理した仮想現実のようなものにすぎない。
 それでも、触れる事もできれば、見る事もできる。いわば意識だけの状態のため物理的な影響を受ける事は無いが、それを除けば現実と全く変わらぬ感覚を持つリアルな夢だ。
 メガトロンはぴくりとも動かない。そのスパークは深い眠りについている。
 無理も無い。メガトロンのボディは致命的に破壊され、海に沈められた。このままだとスパークの力も徐々に弱まり、いずれ消滅するだろう。
 戦いは終わったというのに、オプティマスの気分は沈んでいる。
 私はメガトロンとの争いに勝利した。だが、それだけだ。
 更なる惨状は防げたとはいえ、失ったものは大きすぎる。
 私は破滅の運命をとうとう変えられなかった。みっともないほど足掻いたが、力が及ばなかった。
 オプティマスはその思いに囚われ、眠るメガトロンに囁いた。
「弱いものを守る為に戦うのは愚かだといつもお前は私に言っていたな」
 目覚めないメガトロンの頬をオプティマスの指がつんつんと突付く。
 私はこんなに苦しいのに、お前は安らかに眠っている。
 そう思うと腹が立つので、意地悪だ。
「こう言うとお前は怒るだろうが、私はお前も守りたかった」
 オプティマスは返事の得られぬ相手に語りかけ、大きく排気した。
「どうすればお前に過ちを犯させずに済んだのだろう?」
 オプティマスの指の動きが止まって、悲しい瞳でじっとメガトロンを見る。
 何度自問自答しても判らない。メガトロンからの答えも無い。
 オプティマスは立ち上がった。様子を見るだけで、すぐに戻って来るようにとラチェットに言われている。オプティマスの干渉でメガトロンが目覚める前に出ていかなくてはならない。
 最後に、メガトロンの唇に軽く自分の唇を合わせた。唇を離し顔を上げようとしたオプティマスが思わず声を上げる。
 眠っているはずのメガトロンが急に動き、オプティマスを掴んで引き寄せたのだ。
「メガトロン!?」
 大きな声を出してしまったのに気付き、慌てて口を閉じた。
 メガトロンはオプティマスを自分が横たわる台に引きずり込んで、腕に抱きしめたまま動かない。
 眠っている……な?
 オプティマスがじっと様子を伺うが、メガトロンが目覚めている様子は無い。どうやら、オプティマスのキスに無意識に反応してオプティマスを捕まえたらしい。
 そんなバカなと思ったが、メガトロンはオプティマスを後ろからぎゅっと抱きしめ、心なしか寝顔もさきほどより満足そうに見える。
 その顔を、可愛いと一瞬でもほだされたのが間違いだった。
「や、ば、馬鹿。変なところを触るな!」
 オプティマスが悲鳴のような声を上げた。メガトロンの手がオプティマスの体をまさぐり、オプティマスがうろたえた声を出して必死にガードする。
 まさか眠っているフリをしているのではあるまいな!?
 オプティマスが困惑している隙に、メガトロンの手がオプティマスの敏感な部分に触れた。
「あ……」
 ぞくりと体が震える。
「んっ」
 上手い……!
 このまま快楽に流されてしまいたい気持ちを理性で押さえ、腕を振り上げる。
「このっ、節操なしが!」
 裏拳で思いっきりメガトロンの顔を殴ると、躾が効いたのかメガトロンが大人しくなった。
 オプティマスは力の抜けたメガトロンの腕を乱暴に振り解いて立ち上がる。
「一瞬でも油断した私がバカだった。おまえは本当にろくでもないな。死んでも手が早いのは治らなかったと見える! そんなに安く見られていたとは心外だ」
 メガトロンの手で開かれた装甲を閉じて身支度を整えながら、オプティマスが罵詈雑言を浴びせた。
「私が欲しければ手順を踏め。私にした酷い仕打ちを忘れた訳ではないだろう。怒っているのだぞ私は」
 叱りつけるオプティマスのブレインサーキットからラチェットの忠告は吹き飛んでいる。
「私に許しを請い、その後に私を口説け!」
 言い捨てると、オプティマスは振り返らずに自分の領域へと帰って行った。

 ディエゴガルシア基地のオプティマスの部屋で待機していたラチェットは、目覚めたオプティマスがたいそう不機嫌なのに気付いた。
「あんな奴は私の玩具にしてやった方が世の中のためだ!」
 眠っているメガトロンに襲われそうになったと怒っているオプティマスを、あなたの匂いを嗅ぎつけたのでしょうと言ってラチェットは容赦なく笑った。



         



初出 2010.02.21発行 Infite Loop
2015.01.11 再録UP

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