Archetype Prime










 美しいが、相手を寄せ付けない。鋭利すぎる刃物のようなセンチネルの秀麗な顔がほころんだ。

 冷たい無表情か、わずかな不機嫌を浮かべ、ぴんと緊張した雰囲気を漂わせた姿しか知らないオプティマスは驚いた。思わずセンチネルの視線の先を追って振り返る。

 センチネルと視線を絡ませ、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる銀色の機体。

 センチネルの側に居るオプティマスへは目もくれず、センチネルだけを見ている。

「プライム」

 呼びかけられると、センチネルは可笑しそうに言う。

「どちらのプライムだ、メガトロン?」

 判りきった事を聞いて、勝者の愉悦に浸る。

 先ほど目が合ったような気がしたのは、やはり気のせいだったのだ。

 メガトロンが私を見るはずが無い。そんな当たり前の事実に、オプティマスは自分が失望している事に気がついた。

「冗談だ」

 センチネルはメガトロンの返事を待たず、満足げに言うと強いエネルゴン酒を煽った。空になったグラスを、すかさず差し出されたトレイに置く。奉仕されることに馴れきった傲慢な仕草は美しかった。

「話には聞いているだろう? オプティマス・プライム。マトリクスの入れ物だ」

 視線はメガトロンに向けたまま、先ほどの使用人と同じく、オプティマスをちらりとも見ずにセンチネルは言った。

「ほう」

 センチネルの言葉に興味を引かれたのか、メガトロンは自分へ軽く会釈するオプティマスへ視線を向けた。

 メガトロンが私を見ている。今度こそ本当に。

 オプティマスは純粋に嬉しく感じた。遠くから見るだけだった英雄がそこに居るのだから。

 メガトロンはオプティマスを観察するようにじっと見た後、唐突に言った。

「マトリクスなどモノに過ぎん。己の価値を忘れるな」

「何を言っている!」

 マトリクスを軽んじるようなメガトロンの不遜な発言をセンチネルが急いでたしなめる。

 幸いにも、パーティ会場のざわめきはメガトロンの言葉をかき消した。最高評議会の議員たちが集う場で言うにはあまりにも危なすぎる言葉だ。

 メガトロンの言葉の意味が判らなくてオプティマスが口を開こうとすると、センチネルが視界を遮るようにすっと体を割り込ませる。

「それよりメガトロン、例の件だが別室で少し話をしたい。ここは雑音が多すぎる」

 メガトロンの視線は再びセンチネルに奪われ、オプティマスは言いかけた言葉を飲み込んだ。メガトロンの腕を取ったセンチネルに軽く会釈し、その場を離れようとする。目を伏せたままの小さい会釈だったが問題あるまい。どうせセンチネルはオプティマスを見ない。

「オプティマス」

 メガトロンに声をかけられて、はっと顔を上げた。メガトロンの顔がお前も来いと言っている。

 嬉しくて思わず笑った。ここに来て以来初めて。

 マトリクスに選ばれたと告げられた日から、笑う事など無かった。

 マトリクスを身に宿した時から、ささやかだが平穏な日々を奪われ、名前も、姿も、心さえ変えられた。

 一介の計算士から、マトリクスに選ばれてプライムとなったオプティマス。

 マトリクスを宿す事はできなかったが、プライムとして長くセイバートロンを治めてきたセンチネル。

 同じ時代に、プライムが二体並び立つのは異常だと人々は噂した。

 ちらちらと二体のプライムを見比べる視線が突き刺さり、早くここから逃げ出したかった。これがプライムとしての義務だとセンチネルに言われさえしなければ今すぐにでも。

 センチネルは、同じ視線を受けながらもまるで意に介していないように見えた。少なくとも表面上はだ。冗談を装って不躾な質問をした議員のうちの一体は、センチネルの言葉の刃でプライドをズタズタにされ無様な姿をさらした。

 センチネルは自分の不興を買えばどうなるかを早々に示し、もう二度とその話に触れるものは居なくなった。代わりに御しやすいと踏んだオプティマスに群がる。

 センチネルに対抗するのなら力を貸してやる。助けてやるから言うことに素直に従えばいい。甘い言葉を囁く議員達のカメラアイにぎらつく欲望にうんざりとさせられる。誰も彼もオプティマスからの見返りを求めるものばかり。

 マトリクスの灯をその身に宿すのが真のプライム。

 そう謳われ、持ち上げられても、自分にはなんの力も無い。

 無力な自分に過剰な期待を寄せるられるのは辛い。オプティマスを利用しようと近づくものから身を守るため、自分以外を信じる事などできなくなった。まだ、綺麗なだけのお飾りと陰口を叩かれる方がましだ。

 メガトロンは、そのどれでもなかった。

 都合よく抱いた理想を押し付ける訳でもなく、悪意を持つでもなく、ごく普通にオプティマスに接した。それが、ありのままの、素の自分を認めてくれたような気がして嬉しかった。

「いや、おまえはいい」

 冷たい声にオプティマスは現実に引き戻された。

 メガトロンへの笑みを見られた。

 しまった。と思うが遅い。目立たぬように、感情を出さぬように。あんなに用心しようと決めていたのに。

「オプティマスのことだろう?」

 メガトロンが責めるように言ったが、センチネルは首を振った。

「いや、いいんだ。オプティマス、君は私の代わりにそこに居てくれれば良い。笑って立っているだけだ。簡単だろう?」

 センチネルがオプティマスを見ている。

 所詮マトリクスの入れ物、センチネルの代わりの人形。でしゃばるな、と。

 判っている。

 メガトロンに笑いかけたのも、メガトロンが自分を庇ったことも、センチネルの不興を買うには充分すぎた。

 オプティマスは表情を消し、軽く会釈してその場を離れた。もう二度と油断しない。









 扉が開いた瞬間に、まるで体が空に浮かんでいるかのような錯覚を覚えた。

 センチネルの執務室は、セイバートロンで一番高い建物のさらに最上階にある。

 一面を強化ガラスで覆われた部屋。飛行能力を持つトランスフォーマーたちもこの空域を自由に飛ぶことは許されない。


 センチネルは、全てを見下ろすこの場所に唯一人居る。


 入室許可を与えられ、センチネルの執務室に入ってきたオプティマスを見てセンチネルは手を休め、執務机から立ち上がってオプティマスに近づいた。

「お前に見せたいものがある」

 センチネルはオプティマスの手を取り、肩を抱いて耳元で囁いた。

「お前と私、プライムしか見ることの出来ない光景だ」

 センチネルの無邪気な笑顔にオプティマスは戸惑った。今までセンチネルに向けられてきた態度と、肩を抱き寄せられる親密さが結びつかない。

 センチネルは戸惑うオプティマスの手を引き、強化ガラスの前まで来ると下を指差す。オプティマスが素直に覗き込むと、沢山の小さな塊がはるか下でせせこましく動いているのが見えた。

 ほんの少し前まで、私もセンチネルに見下ろされるあの小さな塊の一つだった。

 オプティマスは奇妙な感覚に包まれた。

 あの塊一体一体に意志があり歴史があり営みがある。だが、ここから見るとそれらは本当にちっぽけに見える。

 いや、実際ちっぽけなものだろう。遥か高みから見下ろすセンチネルにとっては。

 あの小さな塊を個として捉えることなどない、民衆という単語で一くくりにして処理するものだ。

 高く、大きな目線を持たねばならず、最良の選択のためには一部を切り捨てる事もしなければならない。

 小さな感傷に足をとられ、道を誤ることなど許されないのがセンチネルの世界。

 私もセンチネルのようになるのだろうか?

 オプティマスはふと自問自答した。

 なれそうにもない。

 私にはプライムの素質が無いのではないか。そんな思いに囚われる。

「こっちもだ」

 ぼんやりとしたまま、センチネルに手を引かれてオプティマスは反対の窓へ行き、再び下を覗き込む。

 それを見た瞬間にパルスが大きく波打ち、無意識のうちに目を細めた。

 オプティマスの眼下に広がるのは、整然と並ぶ戦闘用トランスフォーマーの列。

 ディセプティコンズだ。

 オプティマスの胸に複雑な思いが過ぎる。

 戦うことに特化した美しさを持ち、力への憧れと共に、本能的な恐怖をオートボットに呼び起こさせる存在。

 知恵と技術に勝るオートボットたちは恐怖を押さえ込むためにディセプティコンズを下流へ追いやった。最高議会の議員などは露骨にオートボットだけで独占されている。

 圧倒的な光景だった。何百、何千もの、暗紫のインシグニアを持つ恐ろしい破壊力を秘めた機械の獣たちが、分厚い装甲と重火器を輝かせ、微動だにせず命令を待っている。

「あれがお前を守る兵隊たちだ。死ねと言えば死に、殺せと言えば殺す」

 センチネルはオプティマスの顔を見つめて言った。

「お前の命令一つで」

 センチネルは笑った。オプティマスは戸惑う。

 次の瞬間、オプティマスに向けた笑顔がすっと消え、眼下のディセプティコンズに冷たい口調で言い放つ。

「戦え」

 オプティマスへの言葉を実証するようにセンチネルがディセプティコンズに模擬戦を命じると、はるか下の地上で金属と金属がぶつかり合う激しい音がした。センチネルに習い上から見下ろすと、スパークを暴力的にこそげとって生まれた黒い靄の中、仲間同士で戦う兵たちがたちまちのうちに激しく損傷していくのがよく見える。

 センチネルの気まぐれのような命令であろうが、仲間同士であろうが、ボディが千切れ飛び、黒煙と火花を吐き出して地に伏し動かなくなるまで戦うのをやめないディセプティコンズに、オプティマスのスパークに不安と戸惑いが広がる。

 何かがおかしい。間違っている。

 戦うことを疑わぬディセプティコンも、そんなディセプティコンを都合よく利用するオートボットも。

「これがディセプティコンズだ」

 センチネルは突き放したように言う。

 戦い、激突し火花を散らすディセプティコンズを見下ろすセンチネルは、自分の命令で破損し倒れていくディセプティコンズの姿を見ても表情一つ変えなかった。

「そして『プライム』はあれを使いこなさなければならない」

 センチネルの目線はオプティマスの言葉を待っていたが、オプティマスは返事をしたくなかった。

 センチネルの言葉とその姿は、オプティマスには悪魔のように恐ろしく思える。

「もういい。もうたくさんだ。戦いをやめさせてくれ!」

 オプティマスは思わず強い口調で言った。

 プライムの持つ権力というものがどれほど強大なものであるか、そして権力に伴う責任がどれほど重いか。

 センチネルは、この重圧に耐え続け、権力という悪魔の力を使いこなしてきたのだ。

 ディセプティコンズとセンチネルに対する怒り、センチネルの笑顔が消え無表情になる瞬間に感じた違和感と得体の知れぬ恐ろしさ。それらを上手く消化しきれないまま無言でいると、センチネルはオプティマスをじっと見つめた後、諦めたように視線を外し再びディセプティコンズを見下ろす。

「戦いをやめろ。もういい」

 センチネルの命令をうけても、戦いに酔ったディセプティコンズは従わなかった。真赤な目に憎しみを滾らせ、破壊の喜びに口元をゆがめ、己の能力のすべてを使って戦うのを楽しんでいる。

「メガトロン! 止めさせろ」

 センチネルが苛立った声をあげると、大型のディセプティコンズの中でもいっそう目立つ一機が戦いの中へ飛び込んでいった。命令を無視して戦い続ける仲間を軽々となぎ倒し、倒れた機体を投げつけ踏みつけた。

 戦いを邪魔されたディセプティコンズが一斉に殺気を向けるのを愉快そうに受けとめ、にやりと笑いながら踏みにじる足に力を込める。その機体の側を、さらにもう一回り大きい機体がゆっくりと歩み前に出る。

「ディセプティコンズ、停止せよ。動くものは俺が破壊する」

 一言発すると、ディセプティコンズは一斉に膝をついて頭をたれた。その中心に、長大なセイバートロン鋼の剣を片手に持ち、銀色に輝く機体がある。

 メガトロンは特別なのだ。いやと言うほどよく判る。これほど高みにあっても、地上のメガトロンに見下ろされている。そんな気持ちにさせられる。

「スタースクリーム、お前もだ」 

 メガトロンは言葉と共に軽々と剣を振るい、金属の皮膚を切り裂く寸前でぴたりと刃の先を止める。

 弱々しくもがく相手に顔を近づけ、嘲りの笑みを浮かべて愉悦に浸っていたところを、喉元に剣の切っ先を突きつけられてスタースクリームと呼ばれた機体がしぶしぶ体を起こした。

「望みどおりに」

 メガトロンからセンチネルへの短い返信を受けて、センチネルは一瞬なにか言いたそうな顔をした。

 口に出さないほうがいい。オプティマスは内心で呟いた。無駄だ。いま思い知ったではないか。ディセプティコンズはセンチネルに従っているのではない。メガトロンに従っている。

 いつまでも続くと思っていたこの星の平和は、本当は薄氷を踏むような危うさの上に保たれているのではないか。

 ふとそんな思いが過ぎり、オプティマスは慌ててその思いを打ち消した。

「……まあいい」

 オプティマスの予想通りの言葉をセンチネルは口に出した。

「お前の航空兵をオプティマスに見せてやれ。飛行を許可する」

 気を取り直してセンチネルが次の命令を下したが、オプティマスは目を伏せたまま不安を追い出すことに専念する。

 数瞬の後、オプティマスはふと辺りが暗くなった事に気がついて顔を上げた。

 遠くから響くエンジン音がみるみるうちに近づき、銀色の巨大なエイリアンジェットが姿を現す。その美しいエイリアンジェットに目を奪われていたオプティマスの視界に、背後に従う航空兵たちがいっぱいに広がった。

 空が暗くなる。

 猛々しい銀色のエイリアンジェットを先頭に、空を飛行する特殊能力を備えた機械生命体たちが爆音を響かせ空を覆いつくす。

 ジェットの群れはオプティマスの正面へ一直線に襲いかかった。

 己の飛行能力と制御能力を見せ付けるように、オプティマスたちがいる建物にぎりぎりまで近づき、ぶつかる直前でさっと左右に分かれる。

 きらきらときらきらと金属で出来た羽を輝かせ、ジェットが次々と通過していく。エンジン音を轟ろかせ、建物を震わせ、我が物顔で。

 金属が荒れ狂う嵐に翻弄される。青い目を見開きただ立ちすくむだけのオプティマスを囲み、すり抜け、無数のジェットが舞う中でセンチネルが愉快そうに笑っている。

 あっという間にジェットたちは去ってしまった。

 呆然としているオプティマスを見てセンチネルは満足そうに目を細め、動くのを忘れたオプティマスに向かって口をひらく。

「素晴らしいだろう? 全部、お前が自由に出来る」

 今度こそオプティマスも同意するだろうという確信に満ちたセンチネルの声。

 素晴らしい。その通りだと思う。だが、何かが引っかかる。センチネルに素直に同意することが出来ず、返事を返せない。

「メガトロンもだ。あの、強く猛々しいメガトロンもお前のものだ」

 沈むオプティマスと裏腹にセンチネルの言葉は熱を帯び、頬に唇が触れそうなほど顔を近づけ、オプティマスに囁いた。

「早く抱かれてみろ。メガトロンは気が狂いそうになるほどの快楽でお前のスパークとおまえの体に尽くすぞ」

 先ほどとは違う理由でオプティマスは返事できずに目を伏せた。欲望と願望を見透かされた気まずさを味わうオプティマスを、センチネルが不思議そうな顔で見ている。

「なぜそんな顔をする。欲しくはないのか、メガトロンが?」

 ストレートなセンチネルの言葉にうろたえる。嫌味を言われているのかと思ったが、センチネルの表情にその色は無かった。

 センチネルはオプティマスを頭の上からつま先まで無遠慮に眺めると、ああ……と小さくつぶやいて頷いた。

「おまえは誰にも支配を許した事がないのだろう? 強い機体ほどそうだからな」

 センチネルは正解と誤解を口にして、オプティマスの返事を聞かずに納得した。

「支配することにこだわるな。揺ぎ無くメガトロンの上位にいるからこそ与えてやれるのだと思え。メガトロンがプライムの孤独を慰める最高の相手であることはこの私が保証する」

 体を繋げる事を恥らう事無く素直に口に出すセンチネルにオプティマスは言葉を失う。

 センチネルの口ぶりはから否応無く思い知らされる。

 メガトロンはセンチネルの愛人なのだ。

 判ってはいたが、その事実を突きつけられると、自分が思っていた以上にスパークが苦しく締め付けられた。

「守ることしか求められぬプライムに守られる喜びを教えることができるのも、すべての機械生命体の上に立つプライムに支配される喜びを与えることができるのも、メガトロンだけだ」

 センチネルの言葉にますます判らなくなる。センチネルは、メガトロンが自分以外の誰かに触れるのが苦しくは無いのだろうか? 自分を優しく抱きしめた同じ腕に抱かれてみろと言うセンチネルの意図が判らない。

「メガトロンは、あなたの恋人なのでは?」

 オプティマスが思いきって聞くと、センチネルはふっと口元だけで笑った。さきほどまでの無邪気な笑みではなく、オプティマスが驚くほど冷たい笑みだった。

「ディセプティコンが恋人? 馬鹿を言うな、私はプライムだぞ。メガトロンなどただの慰めの一つに過ぎない」

 センチネルの傲慢な言葉に、オプティマスの表情が困惑から険しいものにかわる。

「メガトロンはあなたを大事に思っている様子だった。特別な想い人として。その想いを踏みにじるのか?」

「もちろん、私もメガトロンが大事だ。優秀な手駒として信頼しているし必要としている。だが愛してはいない。メガトロンは私に相応しい相手ではないからだ」

 お前と違って。とセンチネルは囁いた。その囁きは艶めいていて、センチネルの瞳に妖しい灯がともる。

 センチネルは、自分はプライムであるということに強烈な自負を抱いている。行き過ぎた自負で他者を見下すセンチネルを、同じプライムであってもオプティマスは理解できない。むしろ、怒りさえ感じる。

「ならばなぜメガトロンに抱かれる?」

 センチネルへの劣等感をもち、ずっと遠慮がちな態度で自分を見せなかったオプティマスが、今は目に怒りをはっきりと浮かべ、センチネルをきつく見つめる。

 オプティマスの怒りは、センチネルの微かなサインを気づかせなかった。

「プライムは孤独だ。孤独に負け、精神にヒビが生じれば、そこから弱さが入り込む。弱さは判断を誤らせる。プライムは完璧でなくてはならない。私は完璧でいなければならないのだ。だから眠れぬ夜にはメガトロンが要る」

 センチネルは、怒りに燃えるオプティマスの目をまっすぐ見返し、諭すように言った。

「でも愛してはいない。プライムたる私がメガトロンを愛するなど!」

 その言葉を言うときだけ、センチネルはオプティマスから目を逸らした。空を睨み、強い口調でつぶやくその姿は己に言い聞かせているようにも見えた。

「己の孤独を埋めるためにメガトロンを利用しているのか」

 オプティマスの追求に、センチネルはあきれたように排気した。

「オプティマス」

 センチネルの呼びかけにも、オプティマスは厳しい表情を緩めようとはしない。

 ようやく私を見たかと思えば、これか。

 皮肉なことだとセンチネルは自嘲した。

 センチネルと目を合わせたがらず、伏し目がちだったオプティマスは、今は激しい怒りと苛立ちに燃え、センチネルをまっすぐ見つめている。

 ずっと自らが作り出した殻に閉じこもっていたオプティマスを引きずり出したのは、プライムとしての権力でも、贅でもなく、つまらない怒りだったとは。

 強い意志の宿った青い光、引き結んだ唇。

 美しい顔をしているなとセンチネルはオプティマスを値踏みして、これほどの激しさと美しさならば、メガトロンもさぞ欲しがるだろうと冷静に考えていた。

「私たちは互いに心を許さず、私はメガトロンを利用し、メガトロンは私を利用する。この星はそれで均衡を保っている。メガトロンはセイバートロンにとって諸刃の剣だ。奴は強すぎる。近くに置いてメガトロンを御するのはセイバートロンを守るために必要な行為だ。プライムとしての……」

「同じ事を私にしろと」

 潔癖なまでの頑なさでオプティマスはセンチネルを否定する。センチネルは、オプティマスの頑なさを知らぬが故の事だと許すことにした。プライムの重圧がどれほどスパークとボディを蝕むか、オプティマスはこれから嫌というほど知る事になるだろう。

「そうだ。ただしメガトロンを愛してはならない。支配者に必要なのは畏怖だからだ」

 いずれセンチネルの言葉が正しかったとわかる日が来る。その日が来るの知らず、綺麗ごとを言うオプティマスを哀れだとも思う。

「それに訂正しておくが」

 さりなげくセンチネルは付け加える。

「メガトロンは私を愛していない」

 オプティマスの目が不信感を抱いているのを承知で、センチネルは言葉を続けた。

「奴は誰も必要としない。お前も、私もだ。お前は、メガトロンが私を特別に想っていると言ったが、私がメガトロンの上に立つ価値なしと思えば奴はためらいなく私を排除するだろう。覚えておくがいい、メガトロンはお前をこの上なく優しく抱いた同じ手で、お前のスパークに刃を突き立てる。これは私からの忠告だ」

 だからメガトロンを愛してはならない。愛してしまえば、傷つくのはお前だからだ。

 センチネルの忠告が受け入れられなかったのは、オプティマスの表情を見て悟った。

 もう手遅れだったかなと皮肉を込めて唇の端をかすかに吊り上げる。

「最後の決断を下そうと自らに問いかける時、私は重圧と孤独を感じる」

 怒りに燃えるオプティマスは、センチネルがこんな事を言うのはオプティマスだけだと気づかなかった。

「現実と夢をともに見て、重圧を分かち、孤独を慰めてくれる者がどれほど大事かお前も判るようになるだろう」

 その言葉を口にしたとき、オプティマスは、完璧なプライムであるセンチネルが自分をすがるように見たような気がした。

 まさか、センチネルのような強いプライムが、私に懇願するなどあるはずがない。

 オプティマスはその直感を信じることができず、ブレインサーキットから追い出した。

 プライムの世界を見せたのも、お気に入りの道具を使わせてやると言ったのも、オプティマスだけだったと気づけば何かが変わったかもしれない。

「私が愛せるのは、オプティマス、お前だけだ。同じプライムであるお前となら世界を共有できる」

 一人の孤独から解放される。

 センチネルの想いは、オプティマスに届くことは無かった。

「私はあなたと同じではない。センチネル・プライム。あなたは偉大だ。それは認める」

 オプティマスは、自分がどれほど残酷にセンチネルを拒否しているのか知らない。

「だが」

 一呼吸おいて、オプティマスはきっぱりと言った。

「私はオプティマス・プライム。私には私のやり方がある」

 プライムとして目覚め歩き出したオプティマスは、目覚めさせたセンチネルの想いに反して、センチネルと違う方へ向かう。

 その方向が正しかったのか、地球で月を見上げる今も判らない。

 あれからセンチネルは行方知れずになり、生きているのかどうかさえ判らない。

 フォールンは失われたが、メガトロンはどこかで生きているだろう。再びオプティマスのスパークに刃を突き立てるために。

 ふと見上げた月に、どうしようもないほど昔の記憶を呼び覚まされたのをオプティマスは不思議に思った。

 メガトロンの腕に抱かれ、センチネルの言葉が誤りであったことを知った日もはるか昔。星が焦土となり、センチネルの言葉が正しかったことを知ったのもはるか昔のことだ。










20081129(初出 日記)-20110404、 20110501 UP

昔日記に上げた分の続き。TF3でまさかのセンチネル登場のため完全黒歴史に。
せっかくなので自由に妄想できるうちにしておきます。
TF3後に直すかも?

ラストにメガさまとオプティマスのやりとりを付け加えようかまよったけどやめました。そのうち別の話(続き?)にして書くかも。

上から見下ろす件の元ネタは、大学の教授が授業中に話していたネタ。
ある金融系の会社では、旧帝大の内定者はビルの最上階でパーティ、それ以外の大学出身の内定者を地上でサッカーさせ、パーティ組はサッカー組を見下ろしながら人事の人に「あれが君達の部下になる」と言われたとか。真偽は不明ですがたぶんバブルのころの話。

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