Lady commander 5











 オプティマスがメガトロンの居る格納庫へ向かって歩いていると、後ろから来たラヴィッジに追い抜かれた。

 いつもと違う、心なしか得意げなラヴィッジの姿を思わずまじまじと見つめる。

 生意気にもオートボット司令官たるオプティマス・プライムの前を歩くラヴィッジの頭の部分に、巨大な黄色い花が咲いている。とことこ歩くたびに揺れる、ラヴィッジの顔の周りをまるく縁取る黄色い花びら。たてがみが花びらになったライオンのような……いや、もっと変な生き物だ。長らく宇宙を旅してきたが、似た生き物を見たことがない。いろいろな意味で、オプティマスは定時報告の際に他のオートボットたちにこれをどう説明するべきか悩んだ。

「…………」

 ラヴィッジの様子を見ると誉めてもよさそうだが、もしかしたらスタースクリームあたりのいじめかもしれない。

 オプティマスはひまわりラヴィッジにどう接して良いのかわからず、胸を張って意気揚々と歩く後姿に無遠慮な観察を続けていたが、ラヴィッジは後ろから突き刺さるオプティマスの視線をものともせず、格納庫の入り口をくぐり、メガトロンの足元まで来るとひょいと後ろ足で立ち上がった。

 前足で甘えるようにメガトロンの足をカリカリと引っかくと、視線を下に向けたメガトロンと目を合わせて嬉しそうに長い尻尾をぶんぶんと振った。

 メガトロンが自分に気づいてくれたのを確認すると、ラヴィッジは引っかくのをやめ、お行儀よく座って首をかしげた。

 頭に巨大な花を咲かせたラヴィッジがあまりにも得意げなので、後ろで見ていたオプティマスのほうがひやひやした。

 メガトロンが、ファンシーな癒し系などディセプティコンズに相応しくないとラヴィッジを叱りつけたらどうしようかと心配したが、メガトロンは片膝を付いてラヴィッジの花びらをつぶさないように頭をそっと撫でた。優しい愛撫に、ラヴィッジが大きな一つ目を細めて気持ちよさそうな顔をする。

「サウンドウェーブか?」

 メガトロンに問われ、ラヴィッジは嬉しそうに頷く。ぶんぶん振り回される金属の鞭のような尻尾に触れれば柔らかい人間の体などひとたまりもないのでオプティマスは一歩後ろへ下がった。

 なるほど、ラヴィッジはサウンドウェーブにお洒落してもらったのが嬉しくてメガトロンに見せに来たのだな。

 オプティマスが一人で納得していると、メガトロンはピンク色に輝くエネルゴンキューブを鋭く尖った指先で摘み、ラヴィッジの前へ無造作に落とす。

 エネルゴンキューブが地面に落ちて爆発する前に、ラヴィッジがはしっと口で受け止める。ラヴィッジは口にエネルゴンキューブをくわえ、味わう前にメガトロンをじっと見上げた。メガトロンが軽く頷いたのを確認した後もすぐに食べてはしまわずに、メガトロンからのご褒美をサウンドウェーブに見せようと嬉しそうに走ってゆく。

 思わずラヴィッジの後姿を目で追っていたオプティマスの目の前にも、甘い匂いのする小さなエネルゴンキューブがずいと差し出される。

「私にも?」

 戸惑いながらオプティマスがエネルゴンキューブを受け取り、人間の身長でははるか上にあるメガトロンの顔を見上げると、メガトロンはふんと鼻で笑った。

「サウンドウェーブが言っていたぞ。仮装している者には菓子をやれと」

 突然、体を貫く刃の代わりに甘いお菓子をくれる優しいメガトロンになるなんてタチの悪いウイルスにでも侵されたかと警戒したが、サウンドウェーブの差し金だったのかと気を緩める。

「お前も人間に仮装しているだろう」

 オプティマスをちくりと刺したメガトロンの嫌味を聞き流して、オプティマスはワールドワイドウェブからダウンロードしておいた地球の知識に検索をかけた。

「Happy Halloween」

 本日十月三十一日の日付と、仮装、お菓子、これらの情報から導き出したオプティマスの返事は正しいはずだったが、メガトロンは嫌な顔をした。いかにも人間くさい挨拶を返したオプティマスが気に入らなかったのだ。どうしてもひまわりラヴィッジの仮装をさせたいというサウンドウェーブの強い希望に押されて、メガトロンも仕方なく人間の真似事をしたが、オプティマスのように人間に溶け込むつもりはない。

「いいかげん、おまえもそのばかげた仮装をやめたらどうなんだ?」

「私は気に入っているのだが」

 表情も口調も、不満をあらわにしているメガトロンにオプティマスはすまし顔で返事をした。

 この話になると二人の間にいつも不穏な空気が流れる。いつものようにメガトロンをのらりくらりとかわそうとしているオプティマスに業を煮やしたのか、メガトロンが致命の一撃を食らわせた。

「誤魔化すのもたいがいにしろ。おまえの動力炉はいつまともに戻るんだ」

 メガトロンの言葉にオプティマスの動きが一瞬止まった。

 あくまでも誤魔化すべきか、正直に告白するか。めまぐるしく思考を巡らせながら、オートボットの最重要極秘事項を盗み出したのはサウンドウェーブだと直感する。

 いくらサウンドウェーブの頼みとはいえメガトロンが人間の真似事をするなんておかしいと思ったが、サウンドウェーブがあげた大手柄と引き換えだったとすれば納得がいく。

 視線の応酬の後、オプティマスはため息をついた。

 逃げ回るのもここまでか。

「……お前に隠し事をするのは、針の穴にラクダを通すより難しいな」

 メガトロンの狙い通り、オプティマスが観念して言うと、メガトロンがぎろりと赤い目で睨んだ。

「おまえの目論見など最初からお見通しだ。俺が気に食わんようなことをわざとして、知られたくない問題に目が行かないようにと思ったのだろうが考えが甘い。どれだけ長い間おまえと駆け引きしてきたと思っている」

「そんなに疑われているとは悲しいな」

 真顔で呟くと、メガトロンが大げさに嫌な顔をする。

「ずうずうしい奴だ! おまえのおかしな行動には必ず裏があると疑わねば俺はとっくに首を落とされている」

「おまえが私の話を素直に受け取らなくなったのは私のせいだと言っているように聞こえる」

「そう言っているからな」

 ぴしゃりと言われて、多少反論したい気持ちもあったがオプティマスはそれ以上の議論をあきらめた。この状況で事態をこじらせるのは賢明ではない。

「バンブルビーには言わないでくれ。余計な心配をさせてサムとの生活を邪魔したくはない」

「何で、俺が、わざわざあの黄色い小僧にそんなことを言う必要がある」

 メガトロンの皮肉げな口調に機嫌の悪さを感じ取り、オプティマスがため息をついた。

「私のボディの不調をおまえに黙っていたことは謝る。だから、発射準備態勢のミサイルをホワイトハウスに向けるのをやめてくれ」

 オプティマスの言葉に、今度はメガトロンが不意をつかれて目を見開く。

「なぜそれをおまえが知っている!」

「いや、知らなかった。かまをかけただけだ。おまえならそうするだろうと思って」

 誘導尋問に引っかかったメガトロンにオプティマスはしれっと言うとにっこりと笑った。メガトロンがしてやられたと後悔するがもう遅い。

「私だって、おまえに出会った時からいつだっておまえのことを考えている。良いことも悪い事も」

 言いながらメガトロンに触れ、甘えるようにそっと体重を預ける。

「だから判る」

 オプティマスがささやくと、メガトロンから伸びたコードがオプティマスの腰を引き寄せた。

「どうだかな」

 オプティマスを優しく抱き寄せたくせに、顔を見ようとせずまだ頑なな態度をとるメガトロンを安心させようとオプティマスが口を開いた。

「心配しないでくれ。ラチェットと地球の技術者が何とか地球で入手可能な代替部品を探している」

「心配するな。だと? 馬鹿を言うな。この劣った星の稚拙な部品をおまえの体の一部にすると聞いて安心できるはずがない。おまえの体に万が一の事があれば俺はこの星の生き物全てに責任をとらせるぞ」

 機嫌をなおすどころか、メガトロンはオプティマスの言葉にさらに不機嫌となり、メガトロンから放たれる殺気に思わず体が反応しかけて目を細めた。地を這うような低い口調は、メガトロンが本気である事を否応無くオプティマスに伝えてくる。

「おまえが私の体を心配してくれるのは嬉しいが、もう少し人間を信用しても良いのではないか。人間と我々はこの先パートナーとして友好的な関係を築く必要があるのだから……」

 遠慮がちなオプティマスの言葉は、メガトロンの怒声にかき消された。

「おまえをそれだけ侮辱されたというのに、俺に奴らを信用しろと言うのか!」

 メガトロンの赤い目の奥に激しい怒りが燃え、地獄の業火のように爛々と輝いている。人間に侮辱されたなど、身に覚えの無い事を言われ驚いたが、オプティマスはあえて冷静にメガトロンに問う。

「私が侮辱されたとは?」

「その姿だ!」

 メガトロンはオプティマスに金属の細い指を突きつけた。

 えっ! と驚くオプティマスをメガトロンが掴み上げ、間近でじろじろと見つめる。

「おまえの目は地球の平均からして大きすぎる上に唇は赤くてやたら目立っている。胸や尻は出すぎているし、足も長すぎるではないか。人間どもは、故意におまえのボディを人間の平均から外れた醜い姿にしたのだろう!」

 至近距離で見るメガトロンの顔はいたって真面目で、オプティマスはゆっくり二回大きく瞬きしながら考えた。

 なんというか、これは。

 メガトロンは酷い勘違いをしているようだが。

 オプティマスもよくは判らないが、フレンジーとグレンが心血注いで監修し、ネットでダウンロードした何万人もの美女よりあんたが一番ホットだと太鼓判を押されたこの姿が醜いというのは人間の女の美の基準を知らないメガトロンの誤解だろうと思う。

「どうしておまえが私のこの姿をそんなに気に入らないのか不思議だったのだが……。つまりおまえは、私の外見上の特徴が著しく人間の平均と違うので、私が嫌がらせをうけたと思ったのだな?」

「おまえとこの国の高官が上手くいっていないのは知っている。下らぬ生き物らしく姑息なまねを。おまえを貶めた奴らを俺が許すことは永遠に無い」

 憤慨しているメガトロンがそう断言し、嫌がらせに酷い姿にされた(と思っている)オプティマスを哀れみの目で見る。

 たとえこの人間の姿が醜かったとしても、オプティマス自身は別に構わなかったので、メガトロンがそんな事を気にしていた事に驚いた。

「だが安心しろ、プライム」

 メガトロンの指が優しくオプティマスの頬を撫でた後、オプティマスを手のひらに立たせ、自分と目線をあわせて言った。

「俺はお前のその姿が嫌いではないぞ」

 真摯な瞳でメガトロンがオプティマスへ訴える。

 ただでさえ人間嫌いのメガトロンの機嫌を散々損ねた上で、オプティマスの人間女性形が嫌いではないという一言がどれほど重いかオプティマスには良く判る。それだけに一瞬耳を疑うほど驚いた。

「どのような姿になろうと、おまえはおまえだ。たとえ人間どもがお前を醜いと罵っても、俺はお前の姿を愛してやる」

「メガトロン……」

 オプティマスへの愛情と優しさに満ちたメガトロンの告白に、スパークの奥から抑えきれない喜びが溢れて来る。

 嬉しい誤解が解けてしまうともったいないと、顔が嬉しさで緩んでしまうのを堪え、なるべく深刻そうな表情でメガトロンを見上げる。

「私の体が柔らかすぎても愛してくれるか?」

「愛してやる」

 即答したメガトロンに我慢ができず、柔らかい体全部で思い切りメガトロンの顔に抱きつく。

「メガトロン!」

「う、ゎ……」

 メガトロンが苦手なオプティマスの豊かな胸を思い切り押し付けられ、おもわず漏れそうになった不快な声をメガトロンが必死で飲み込んだ。

 あんなに嫌がってたのに我慢しているとは!

 先ほどの言葉が口だけではなく本当なのだと、メガトロンの耐える姿に感激したオプティマスが熱い口付けを繰り返す。五回目のキスまで堪えていたが、柔らかいものが苦手なメガトロンが微妙にオプティマスから顔をそらして逃げようとすると、オプティマスはがっしりメガトロンをつかんで目をのぞきこんだ。

「Trick or Treat? すごくおまえに悪戯してやりたい気分だ、メガトロン」

「菓子はもう無い……」

「それは好都合だな」

「おまえ……。調子に乗りおって、ほんとに……。覚えていろ」

 恨みがましい呟きがメガトロンの口から漏れる。

「元の体に戻ればただでは済まさんぞ。俺の下で泣こうがわめこうが、おまえの悪戯の償いが済むまでは絶対に許さんからな」

 メガトロンが唸る様に凄んだが、オプティマスはふっと口元に笑みを浮かべ、軍服の胸元のボタンを外す。

「おまえはうそつきだが、その言葉は本当そうだ。だが私がひるむとでも?」

「思わない」

 憎々しげにオプティマスを見たメガトロンは、オプティマスの気が済むまで悪戯に耐えきり、ディセプティコンズ首領の不撓不屈の気概に事情を知るものは畏怖の念を抱くのだった。






20110110 UP

いまさらですがハロウィンSS



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