LEVEL T







 先日まで平凡な高校生活をエンジョイしていたサム・ウィトウィキーは、車からロボット、ロボットから車に変身するエイリアン、トランスフォーマーに出会って以来、ちょっぴり平凡でない日常をエンジョイしていると自負している。

 今日も、サムの愛車であり大事な友人であるバンブルビーに乗せてもらうため、車庫へ向かおうと玄関から出る。

 ちょうどその時、バンブルビーはロボットモードでいそいそと車庫から出てきたところだった。

 あれっ? と思ってサムが見守っていると、バンブルビーは庭にシートをひいて(おそらくは芝生を傷つけないために)、シートの上にゆっくりと寝転んだ。

 腹ばいになり、足を交互に上げたり倒したりして、気持ち良さそうな顔をしている。

 寛いだ感じにフェイスマスクを上げて、体内のラジオからウクレレの曲を流す様は、まるでリゾート。トロピカルドリンクを持って行ってやりたいくらいだ。

 あ、日光浴か。

 そういえば、太陽のエネルギーを動力にしているとかなんとか言ってたな。

 多分科学力の進んだ彼らのこと。そんな事せずとも十分エネルギーは集められるだろうから、バンブルビーの日光浴は完全に楽しみのためなのだろう。

「ハーイご機嫌いかが? うちの末っ子さん」

 立ちすくむサムの後ろから、サムのママが出てきてバンブルビーに声をかける。

 「最高」と言う代わりに、バンブルビーが軽く手を上げて返事をした。

「末っ子?」

 サムが聞きとがめて変な顔をすると、サムのママ、ジュディ・ウィトウィキーは笑って答えた。

「そうよ。長男サム、次男モジョ、三男バンブルビーよ! 素敵な息子が増えてママうきうきしちゃう」

 うふふふ! とジュディは心の底から楽しそうに笑った。

 馴染みすぎだよ……。とサムが思わず頭を抱えそうになる。バンブルビーは良いやつだ。でも、どこの世界に、エイリアンを「うちの息子」と自慢する非常識な親がいるだろうか。

 ああ、目の前にいた。僕のママだ。

 かっとんだところがあるのは昔から重々知っていたが、まさかそこまでとは思わなかった。これでよくあの常識的なパパと上手くやれたもんだ。

 でもまあ、悪いことじゃない。

 サムがそう思いなおして改めてバンブルビーを見たとき、バンブルビーは機嫌良さそうに背中の羽、車のドア部分をパタパタさせていたところだった。そのドアにピンクのステッカーが貼られているのを見咎め、サムの血の気がさぁぁぁっと音を立ててひいていく。

 カマロ! 僕の最新型のカマロ! 僕の幸運、僕の運命、僕の全て!!

 そんな命より大事なカマロに、ハローなんとかという無表情の猫のステッカーが貼ってある。しかもご丁寧に両方のドアに、二枚もだ!

「あ、あああああああ!! ちょっ、なんだよこれ!」

「なによサム、首を絞められた雄鶏みたいな声出して」

 サムの突然の大声に驚いた顔をしたジュディに、サムが大げさに手を振り回して抗議する。

 びっくりしたのはこっちだ!! ほんとになんて事してくれたんだ、もう!!

「ママ! 頼むからバンブルビーにそんな可愛いステッカー張るのやめてよ! 女の子じゃないんだから!」

 サムの猛烈な抗議は、ジュディにさらっと流される。

「なによ、いいじゃないの。バンブルビーだって良いって言ってるんだから!」

 相変わらずご機嫌に耳(のような突起)をぴこぴこさせ、興味深そうに二人の言い争いを見ているバンブルビーに、ジュディが首をかしげながら「ねぇ?」と同意を求めると、バンブルビーもつられて首をかしげた。

「よくないよ! いい訳ない! カマロだよ? 最新型のカマロなんだよ! カマロにあんなっ!」

 価値観の違う二人の言い争いは平行線。バンブルビーは相変わらず腹ばいに寝そべって目を細め、気持ち良さそうにしている。時折背中の羽が動く。

「おや、どこのグラビアアイドルかと思ったらうちの息子じゃないか」

 ちょうど外出先から帰ってきたサムの父、ロン・ウィトウィキーは開口一番にそう言うと、次ににらみ合っている自分の妻と息子を見て不思議そうな顔をした。

「ねぇパパ、聞いてよ……」

 母の非常識な行動を父に言えば、きっと父も僕に同意してくれるはずだ。その期待を込めてサムが口を開きかける。

 その前になにか僕のパパが変な事を言ったような気がしたが、聞かなかったことにしよう。僕はママの非常識だけで手いっぱいなんだ。

「気をつけろよ、そんなセクシーな姿パパラッチに撮られたら大事だぞ」

 サムの口の動きが止まったのは、ロンがいたって真面目な口ぶりでバンブルビーにそう言ったからだ。「ウン」といったようにバンブルビーも頷いている。

「ちょっと、パパもママもバンブルビーのことなんだと思ってるんだ! バンブルビーは僕の……」

 僕のものなんだから! と言おうとしてサムは口ごもった。

 バンブルビーはものじゃないし、バンブルビーを取られたようで面白くない。という強烈な独占欲にかられたのに戸惑ったのだ。

「僕の大事な友達で僕の大事な車なんだからね」

 言いなおしたサムだったが、ジュディにかなうはずがない。

「あら何言ってるのサム。いくらバンブルビーがカワイイからって独り占めは許さないわよ」

 そうだそうだ! というタイミングで、だーっと走って来たチワワがワンワンと吠える。

「うわっ、なんだよモジョまで。ったく! うちの家族には呆れるよ」

 サムが諦めの境地に達しかけた時、救いの天使がウィトウィキー家に舞い降りる。

「こんにちは、おばさま」

「あら、ミカエラ、いらっしゃい!」

 ああミカエラ、来てくれたんだね!

 満面の笑みを浮かべたサムが、自分の両親と挨拶を交わすミカエラを、救いの天使を見る罪びとのような目で見る。

「ハイ、サム」

「やあ」

 にこっと笑って挨拶してくれたミカエラに舞い上がったサムが話しかけようとすると、すっとミカエラはサムの横を素通りした。

「あなたったら今日もピッカピカ! とっても素敵よバンブルビー。うっとりしちゃう」

 後ろで聞こえるのは、空まで浮いていけそうなほど嬉しいミカエラの褒め言葉。ただしそれはサムにじゃなくてサムの大事な愛車で友人に向けられたものだったが。

「……君もなのかい、ミカエラ」

 どうやらミカエラは救いの天使ではなくて、サムに止めを刺しに来た死神だったようだ。

「何の話?」

 ミカエラが振り返ると、絶望に暗い顔をしたサムが立ちすくんでいた。

「バンブルビーはうちのアイドルで僕はそのオマケって話さ!」

 バンブルビーは僕のものだぁぁぁぁ!!

 サムがそう叫んで逃避行する寸前、絶妙のタイミングでジュディがコーヒーがはいったわよと声をかけ、サムの恥ずかしい思い出アルバムは更新されずに済んだのだった。


 庭でのんびりと日向ぼっこするバンブルビーを見ながら、コーヒーと一緒にジュディ手作りのケーキを食べていると、なんかもう常識なんてどうでもいいや。とサムは思った。

 バンブルビーは先ほどまで機嫌良さそうにラジオの曲にあわせてリズムを刻んだりしていたが、今はうとうととしている。バンブルビーの影で寝ているモジョと同じタイミングでピクッと動くのが可笑しくて、ジュディはさっきから笑いっぱなしだ。

 バンブルビーはこんなに可愛い。それで十分いいじゃないか!

 サムのレベルが一つ上がった。


ENDE



バンブルビーは可愛いのです。そしてサムごめん。



20070915 UP


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