Lady commander 4
灼熱の太陽がディエゴ・ガルシア基地のアスファルトを焼く。
陽のあたる場所にアイアンハイドを置けばボンネットで目玉焼きができるに違いない。やってみようというエプスの提案を、アイアンハイドは軽く銃火器を向けるというやり方で断った。
「あそこでやってこい」
アイアンハイドが指差した先には、カンカン照りの夏の太陽の下、ビークル状態で居るメガトロン。
確かさっきまで格納庫にいたはずだが、エイリアンジェットは太陽の光を反射していかにも暑そうにぎらぎら輝いている。
精密機械の塊である機械生命体たちは、高温低温高湿度が苦手だ。金属製の体はすぐ熱を溜め込み、双子たちはちょっとでも影から出ると、顔も体も暑苦しいとお互いどつきあうというのに何を好き好んであんなところにいるんだろうか。
「わざわざあんな暑いところに居るってのは凍ってた頃のトラウマを溶かそうっていうのかね」
エプスは首をかしげてメガトロンを見ていたが、次の瞬間に即どうでもよくなる。
アイアンハイドにディセプティコンの臭いを嗅ぎ取るセンサーがあるなら、エプスには高性能の美女センサーが備わっていた。それが激しく反応する。トリプルAプラス。凝視し、脳に焼きつけよ。
エプスの興味と感心を一瞬にして奪った。いや、その場にいる男全員の興味と感心を根こそぎ奪い、にやけ顔で口笛を吹かせたのは、ホットパンツから伸びるすらりと伸びた足、大股で歩くたびに薄いTシャツの下でゆっさゆっさと揺れる巨乳、青い髪を片手でかきあげるセクシーな仕草、透き通るような青い瞳の美貌。
今は亡きセクター7の倉庫で眠っていた誰も引き取り手の無い趣味の悪いTシャツをもらって着ている事を除けば完璧な美女が、照りつける太陽に負けず美しく輝き、デッキブラシとホースを持って歩いている。
「おたくらのボスはずいぶん俺たちに友好的な姿になったな。アレが嫌いな男は居ないぞ。地球の半分は間違いなく味方につく」
腰の辺りでTシャツのたわみを結ぶと、オプティマスのへそがチラリと覗く。それを見ながらでれでれと相好を崩したエプスが絶賛する。
オプティマスはメガトロンのところまで来ると、ふり向いて合図する。オプティマスが手に持ったホースの先から勢いよくシャワー状の水が迸りメガトロンを濡らした。
オプティマスはメガトロンの体をぐるっと回って満遍なく水をかけると、今度は上に登ってデッキブラシでゴシゴシと機体を擦りはじめる。
「羨ましいぜ……」
「いいなぁ……」
たちまち泡だらけになったメガトロンをエプスと双子が羨ましそうに見ている。
「俺たちもやってほしいな」
エプスと双子の意見が完全一致し、一人と二台は頷いた。
人間は薄着の美女に体を洗ってもらう事に対して、機械生命体達は純粋にボディを洗ってもらう事に対して。
「たまんねぇなあ……」
デッキブラシが届かないところを四つんばいになって手を伸ばして洗う。自然、突き出すような格好になるオプティマスの尻が揺れてエプスを誘惑する。
ちょっとくらい怒られたってセイバートロンと地球の外交問題になったって、あのプリプリの尻やむっちりした白いふとももやたわわん乳にはちょっかい出す価値が十分ある。
精神的にはきわめて人間の男に近く、しかも機械生命体のオプティマスは人間の女としては無防備で隙だらけで、尻を目で追いながらよからぬ思いに囚われ悶々としていると、オプティマスがひょいと顔を上げた。
慌てて目をそらし、横目で見ていると、オプティマスはメガトロンの下にもぐりこむ。
くいっとメガトロンの機体が傾いた。
「!!!!!??」
何が起きたのか判らなくて、エプスが自分の目を疑う。
気のせいだろうか。今この十トンはある特殊な金属でできたエイリアンジェットが少し持ち上がった気がする。
目をゴシゴシと擦り、再びメガトロンを見ると、機体は明らかに下から持ち上げられて傾いていた。
「!???!!!?!!???!!!」
まさか、だよな。
混乱したエプスがごくりと唾を飲み込み見守っていると、メガトロンの下から出てきたオプティマスが、今度はエプスの目の前で、汚れが無いか確かめるように両手でひょいとメガトロンの体を浮かせて奥を覗き込んだ。
「な、なんだ。て、手で持ち上げ……!?」
狼狽するエプスを見て、双子が顔を見合わせた。
「何で驚くんだ? お前も知ってるダロ。あれはオプティマスだゾ」
「お前、さっきオプティマスがメガトロンにワイヤーロープ引っ掛けて格納庫から引っ張り出してくるの見なかったのか? お前らがよくやってる犬の散歩みたいにな。何が楽しいんだあれ」
「メガトロンのサンポ」
「メガトロンはオプティマスのわんちゃん」
何がおかしいのか爆笑している双子を無視して、理性に衝撃の鞭を入れられたエプスは青ざめた。
まさにMore Than Meets the Eyeだが、オプティマスの場合は胡桃を手で握って割るとかそういうレベルをはるかに超越している。
いや、さっきのは無し!!
俺はどんなに魅力的でも絶対にあの乳や尻には手を出さない!!!
旦那も怖いし!
エプスの固い決意を知らず、オプティマスはメガトロンを洗っている。
大人しくなすがままにされていたエイリアンジェットだったが、突然ガクンと動いた。エイリアンジェットは流れるような動きで巨大なロボットに姿をかえ、ぽたぽたと水を滴らせ泡を滑らせながらオプティマスを見下ろした。
「俺が休眠している間に何をしているのだお前は……」
「起きたのならちょうどいい。洗ってやるからそこに寝ろ」
オプティマスは寝起きのメガトロンを強引に地面に横たわらせ、今度はロボットモードのメガトロンをデッキブラシで洗いはじめる。
オプティマスがメガトロンの股間の辺りをデッキブラシで擦ると、エプスの悪ふざけは頂点に達し、「おいおい子供は見るなよ!」と双子とバンブルビーの頭にシートをかぶせてみんなではしゃいだ。
諦めきったのか大人しくしているメガトロンの全身を泡だらけにしたオプティマスは、顔の上に乗って、至近距離からメガトロンの目を覗き込んで笑った。
優しく、心から嬉しそうな微笑。見ている方の心まで温かくなる。
時折メガトロンに笑いかけながら、オプティマスは柔らかいスポンジで優しく顔を洗う。とても幸せそうだ。
濡れた白いTシャツは透けて肌が見え、時折大きな胸のふくらみがメガトロンの顔の上に乗る。
「なんか超ラブラブだな」
「機械洗ってるだけなのに見せ付けられてる気がする」
「実際見せ付けられてるだろ」
NEST隊員達に見守られながらオプティマスは丁寧にメガトロンを洗い、ホースで水をかける。すると、それまで大人しくしていたメガトロンが突然ホースを奪い、オプティマスに水を浴びせはじめた。
オプティマスは逃げ回るが、どこへ走っても頭上から的確に降ってくる水から逃げられない。
「せっかく洗ってやったのにひどいぞ!」
「お前も洗ってやろうというのだ、感謝しろ」
「私を苛めて喜んでいるだけのくせしてなにが感謝だ! ホースを返せ!」
「見せ付けられてる」NEST隊員の一人が肩をすくめて同僚に聞いた。
「これって俺たちがよく訓練されたNEST隊員だから判るのかね?」
「彼らがただの機械でも得体の知れないバケモノでもなくて、中身は俺たちと一緒だって世界中がわかってくれればこんな狭いところで暮らさなくても住むんですけどね」
「判らん奴がお出ましだ」
うんざりした声にふり向くと、レノックスが仏頂面をしていた。レノックスの後ろから、高そうなスーツの男がふんぞり返って歩いてくるのが見えた瞬間にエプスの嫌な奴センサーが一瞬で振り切れる。
エプスの嫌な奴センサーを振り切れるほど反応させるのはただ一人、ギャロウェイ国家安全保障担当補佐官がディエゴ・ガルシア基地にやってきたのだ。
格納庫の上にすっくと立つオプティマスに向かって、駆け寄ってきた兵士が大声で呼びかけた。メガトロンと話す時には高いところに居ないと具合が悪いとオプティマスは言うが、個人的趣味だろうとメガトロンは睨んでいる。
「オートボット司令官殿、大統領補佐官がお呼びです!」
「大統領補佐官?」
オプティマスが眉根を寄せて不思議そうな顔をする。その単語に繋がる記憶は精神衛生の関係で記憶のがらくた置き場に放り込んだので、すぐに単語と記憶が結びつかず首をかしげた。
「あの、めがねに嫌味がくっついた奴です」
「ああ、彼か」
めがねと嫌味の組み合わせで思い出したオプティマスは頷き、浮かぬ顔でため息をついた。用件はわかっている。
「厄介な仕事をこなさなければならない。交渉事は苦手だ」
「そうか」
ギャロウェイ大統領補佐官との誤解と偏見に満ちたやり取りを思い出し、またあれを繰り返さなければいけないのかと思うと気がめいった。素っ気無いメガトロンの言葉に冷たいと文句の一つも言いたくなる。
オプティマスが俯いていた顔を上げると、メガトロンの顔がすぐそこにあった。視界全部をふさいで、尖った指先でくいとオプティマスの顎を持ち上げる。
唇にひんやりとした感触。
目に入るのは巨大な部品、金属が唇に触れるだけの無味無臭の冷たいキス。だが、細心の注意を払ったのであろうソフトな力加減にメガトロンの優しさが込められている。その優しさがメガトロンに愛されているのだとオプティマスに感じさせ、じんわり心の奥から喜びが溢れる。
ゆっくりとメガトロンの巨大な顔が遠ざかり、オプティマスは夢心地でメガトロンを目で追った。 体の芯が甘く痺れ、幸福感に包まれる
「お前の唇は柔らかいな」
オプティマスのとろけるような顔を見てメガトロンが微かに笑った。
「どうも最近お前が優しい」
メガトロンのキスは、冷たいキスなのに暖かい。まだ金属の冷たい感触が残る唇に触れ、オプティマスが呟くように言った。
明らかに、大きくて硬くて攻撃力があった頃より、小さくて柔らかい今のほうが優しい。メガトロンが小さくて力の弱いものに意外と優しい事は知っていたが、まさか自分にまで優しくしてくれるとは。
でも悪くない気持ちだ。たまにはこんなのも新鮮でいい。
「気に入らんなら苛めてやろう」
「そんな事を言うと、仕返しにお前のセンサーに歯を立ててやるぞ」
オプティマスのために手を差し伸べながらひねた返事をするメガトロンにオプティマスが軽口を返した。
可愛くない事を言ったかと思うと、オプティマスが意味ありげにメガトロンを見上げて小声で囁く。
「今夜……」
敏感なセンサーを口に含み、舌でねっとりと愛撫しながらメガトロンを上目遣いで見る時と同じ艶めいた目。
「散々俺に泣かされているくせによく言う……」
小さくてか弱いくせに、メガトロンの征服欲を煽って挑発してくる気の強さに、やはり外見はどうなろうと俺のオプティマスなのだなと呆れるのと感心するのと半々な気持になる。
そのオプティマスはメガトロンの手に乗って地上に降ろしてもらうと厳しい表情になった。
オプティマスはギャロウェイの待つ格納庫へ歩きながらふと思った。
私は強すぎたのではないだろうか?
セイバートロンを二人で治めていた時代、もっと弱いところを見せて上手に頼る事ができていたらもう少し上手くいったのかもしれない。
今からでも遅くはないのではないか? という考えが浮かんだが、すでに空を飛びメガトロンを圧倒的攻撃力で半殺しにしたのを思い出して残念な気持になった。
濡れたTシャツが肌に張り付き、くびれた腰や豊かな胸など魅力的なボディラインを一層強調する。
まるで挑みかかるような強い目をして、ランウェイを歩くモデルのようにまっすぐやって来る派手な青髪の美女に気付き、ギャロウェイもなめられてたまるかとばかりに反射的に睨みかえした。敵が多いばかりに身についた癖だ。
オプティマスはギャロウェイの目の前、近すぎるぎりぎりの距離でぴたりと立ち止まった。ほぼ同じ高さの目線でお互いをけん制しつつどちらも譲らなかったため、オプティマスがぐっと胸を張るとギャロウェイは突き出された大きな胸でぽよんと弾き飛ばされる。
「失礼。まだ距離感がつかめていないのだ」
背筋を伸ばした分突き出されたオプティマスの乳にぶつかり負けてふらついたギャロウェイは、ずれたメガネを直しながら崩れた威厳を保とうと高圧的に言う。
「誰だ君は! 部外者は立ち入り禁止だぞ」
「そちらが私を呼んだのではないのか?」
脅しを歯牙にもかけず、オプティマスが冷静に言うと、ギャロウェイがさらに高圧的に、おおげさにオプティマスに向かって言った。
「なんの話だ? 私が用があるのは、例の喋る宇宙ロボットの親玉だ」
「そう表現される事について多少抗議したい気持ちではあるが、私で間違いないだろうな」
「だから君は誰なんだ!」
状況を理解できない苛立ちにギャロウェイがついに声を荒げると、ようやくオプティマスは肝心な事を口にした。
「私はオプティマス・プライム。喋る宇宙ロボットの親玉をしている」
その自己紹介を聞いたとたん、ギャロウェイの顔がエッ!? という驚きの表情のままで固まった。
「休暇をとっていたのでこのような格好で失礼する」
オプティマスの言う「このような格好」が、濡れたTシャツ姿の事なのか、人間の女性型をとっている事なのか判りかねたが、そんな事はどうでもいい。とにかく、にわかには信じられない変わりようだ。
奴らは「トランスフォームする」とは聞いていたが、これがそうなのだろうか? いや絶対に違う……!
混乱と困惑の渦のなかでぐるぐる回っていたギャロウェイは、レノックスの顔を見てはっと正気に戻った。ぎゃあぎゃあうるさく口を開かれる前に、運悪く目が合ってしまったレノックスがあなたの驚きは判りますと宥めるように頷きながら知りたい情報を与えてやる。
「『彼女』がオプティマスです。オートボットのリーダーの」
レノックスにお墨付きを貰った美女は、肌に張り付く濡れたTシャツを捲り上げ、衆人の目の前で惜しげもなくその下を披露しようとしている。
「な、何をしているのかね!?」
「濡れた布の感触が不愉快だ。だから脱いでいる」
ギャロウェイの動揺とたくさんの期待に満ちた眼差しを受けてオプティマスがTシャツを脱ぐと、ホルタータイプの白ビキニに包まれた大きな胸がぷるんと弾んで現れ、おおっというどよめきと賞賛の口笛に包まれた。
青い目や髪の色、ビキニの胸の谷間にあしらわれたオートボットのインシグニア、それらがかろうじてロボットだった頃のオプティマスの名残を残しているが、あまりの変わりように目の前の美女がオプティマスだと判るはずがない。
「休暇中とは知らずやってきて申し訳ない。いやそれよりも、その、女性……になっているとは知らず失礼した」
なんとか冷静を保っているふりをして言ったが、オプティマスはくるりと後ろを向き、ギャロウェイに背を向けてホットパンツまで脱ぎはじめる。
「休暇中だがもちろん緊急の内容であれば対応する事はやぶさかではない、ギャロウェイ補佐官。しかしいろいろな情報が君には与えてられていなかったようだな」
ちくりと皮肉をこめたオプティマスの言葉を聞いているのか聞いていないのか、屈むと白く小さい布地に収まりきれないヒップにギャロウェイの目が釘付けになっているのを見てレノックスが苦笑し、隣のエプスに肘でつついて知らせようとした。だが、いくらつついてもエプスは微動だにしない。エプスはギャロウェイ以上に、レノックスに突付かれても気付かないほどオプティマスのヒップラインに集中していた。
周りのニヤニヤ笑いに気付いたギャロウェイがはっと表情を改め、うっすら顔を赤くする。すっかりオプティマスのペースに巻き込まれているのに気付き、イライラとした表情を浮かべた。
「これ以上君の休暇の邪魔はしないよう早く話を進めようじゃないか。ここから早く立ち去りたいのは私も同じなのでね、だからイエスと言ってほしい。この間の、あー、諸君らが地球から退去してくれるという件についてだが」
ギャロウェイが演説モードになった時、ギャロウェイとオプティマスの間に、ぬっとブサイクな顔が突き出された。
「オプティマス、ポプシクル食べナイ?」
ひしゃげたファニーフェイスが舌足らずな口調で言ったとたん、横に押し出されるように吹っ飛んだ。
「抜け駆けするな! オプティマスが食べるのは俺のポプシクルだ!」
相方をいきなり突き飛ばし、オプティマスの正面を奪ったブサイク面が怒って言う。
「お前のポプシクルなんか先っぽカジって捨てられるのがオチだヨ!」
つきとばされた方もすかさず起き上がり、仕返しにと飛び掛かると二人は絡まって壁へ激突する。
「この……!」
「なんだよ!」
どちらのブサイクもとにかく落ち着きが無くて騒がしい。ごろごろと転がりながら取っ組み合いをする二人の騒音のおかげで話どころではない。
「スキッズ、マッドフラップ、静かにしろ」
人間の姿になり体ははるかに小さいが、司令官の威厳を持ってぴしりとオプティマスが言うと、しぶしぶながら双子は団子状態から分離した。
けんかはやめたものの、怒られてふてくされ、二人は目もあわさない。未熟なオートボットを目の前に、オプティマスは内心でため息をついた。だが二人を宥める良い考えがある。
「お前たちのポプシクルを両方貰おう。二本だ」
二人の顔がぱぁっと輝き、さらにブサイク度を増したブサイク可愛い顔で嬉しそうに頷いた。
スキッズとマットフラップが差し出すポプシクルをオプティマスが両方とも受け取ると、双子は急にご機嫌になった。テンション高くハイタッチして、やったな! という顔でお互いを突付きあっている。
「騒音はやんだな? では話を続けよう。諸君らが地球から退去……むがっ!!」
滑らかに喋りだしたギャロウェイの開いた口にポプシクルが突っ込まれ、言いかけた言葉は再び飲み込まれた。
「君もポプシクルをどうだ? 暑いだろう、ここは」
オプティマスは涼しい顔で言うと、まるで風呂上りのオヤジのように片手でTシャツを肩に引っ掛け、自分もポプシクルを口にした。
ギャロウェイが真っ赤な顔でイチゴ味のポプシクル片手にオプティマスを怒鳴りつけようとすると、それよりもっと高いテンションでスキッズが頭を抱えて絶叫した。
「あああああーーーチクショー!!!」
「なんだ急に!?」
「オプティマスにポプシクルを食べさせると十ドル小遣いがもらえるのに! お前が食ってもレオの存在くらい価値がないんだよ! 俺の十ドル返せ!!」
オプティマス本人の預かり知らぬところでなにか新しい商売を立ち上げていたらしく、スキッズは小遣い稼ぎがフイになった事でギャロウェイを猛烈に責め出した。
ぎゃあぎゃあと騒ぐスキッズに引きずられ、思わずギャロウェイも大人気なく大声を出す。
「うるさい! 十ドルくらいくれてやる!!」
財布から十ドル札を乱暴に引き抜き、スキッズの目の前に突きつけると、とたんにスキッズは揉み手をしてにこにこ顔になる。
「あんたいい奴だな。好きだよ。今のはお世辞だからな。勘違いするなよ」
イラッとしたが、腹を立てるだけ無駄だ。双子とのたった数分間の付き合いでそれを見抜いたギャロウェイは言い返さず、怒りを堪えてこめかみがピクピクしている。
上機嫌のスキッズから、これやるからとっとけ! と手渡されたのは、書類でも見ているのかポプシクルを咥えて目を伏せたオプティマスのアップ写真だった。
「他にも欲しい? たくさんあるヨ」
何度もめくられたのか、ずいぶん傷んだファイルをマッドフラップが広げて見せた。ファイルの中にはsampleと書かれたオプティマスの写真が並んでいる。
「慎みたまえ」
紳士然とした堅苦しい表情と重々しい声でギャロウェイは双子をたしなめた。
「こういうことは人前で、特に本人の前で持ちかけるものではない」
「じゃ後でメール送っとく」
未来の顧客に手を振りながらようやく双子が去り、ギャロウェイは改めてポプシクルを咥えたオプティマスに向き直った。
「あの不細工どもの小遣い稼ぎの為にそんな姿になったわけではないだろう? 何をたくらんでいる?」
絶対になにかあるはずだ。そう信じ込んでいるギャロウェイの顔と口調にオプティマスが軽く肩をすくめた。
「別に何も。と言っても信じないのだろうな」
「当然だ! 私は君たちの行動に大いなる不信感を抱いている。特に、勝手に仲間を呼び寄せてた事に!」
大きな声でオプティマスを責めていたギャロウェイが、ふと声のトーンを落とした。
「そんな姿に……、女性型になったのは……、ひょっとして、ひょっとしてだ」
言うのが怖いというように、慎重に言葉を選んでいる。
もしこの予想が当たっていたらと思うと恐ろしいが、アメリカ合衆国とアメリカ大統領と地球のために聞かなければいけない。
ごくりと唾を飲み込み、ギャロウェイは思いきって先ほどから胸を占める不吉な予感を口にした。
「仲間を増やす……、つまり、繁殖するつもりじゃないだろうな」
その言葉を聞いて、二人のやり取りを見ながら苦々しい顔でオイルを口にしていたアイアンハイドがブッと音を立てて派手にオイルを噴出した。アイアンハイドが受けた衝撃の大きさは庭に巨大なロボットを発見したサムといい勝負だった。
アイアンハイドがまじまじとギャロウェイの顔を見ると、彼はあくまでも真剣な顔をしている。自分の隣にいるラチェットに視線を移すと、いつもの何を考えているのか判らないポーカーフェイスが突然ニヤリと笑った。その笑みのあまりの邪悪さに慌てて目をそらし見なかったことにする。
「たしか、君は私が宇宙より仲間を呼んだことを咎めたが、私が地球で仲間を増やす事については何も言わなかったと記憶している」
オプティマスが重々しい表情で言うと、ギャロウェイはうろたえた。
「そ、それはただ想定外だったというだけで、許される訳ではない! ただ、確かに、現行のオートボット協力法にはそのことに関する規定はないな……」
ギャロウェイは難しい顔で考え込み、オプティマスは深く頷いた。
「そうだろう? 君は私を止められない」
オプティマスの済ました顔を見ると、腹に一物あるに違いないと思える。自分がそうだからなのだが。
一度疑うとオプティマスの言動全てが怪しく思える。疑心暗鬼に苛まれ、額に汗をかいたギャロウェイが怯えた表情でオプティマスに囁いた。
「まさか、もうすでに……」
「どうだろうな?」
オプティマスはそう言いながらも、手のひらで下腹部をゆっくり意味ありげに撫でた。ギャロウェイは一瞬息を呑んでオプティマスの腹を凝視したが、次の瞬間に思ってもみなかった大声を出した。
「だめじゃないか! そんな格好をして、濡れた体でアイスを食べて体を冷やすなど!! 妊娠初期は特に注意が必要なんだぞ」
オプティマスを叱り付けるギャロウェイが本気で真剣に心配している様子で、オプティマスがあっけにとられる。
「これを着なさい!」
ギャロウェイは、エプスの給料一か月分ほどもする高価なスーツの上着を脱ぐと、躊躇い無くオプティマスの濡れた体に羽織らせた。
「よりにもよって妊娠だなんて!」
一人で思い込んで一人でぷりぷり怒っているギャロウェイに声をかけられず、オプティマスとその他はじっと成り行きを見ている。
「君を地球から追い出せなくなったじゃないか!!」
怒りと悔しさが入り混じった表情でギャロウェイが天を仰ぎ、ショックのあまりか隠すのを忘れた本音が混ざった言葉を苛立たしげに言うと、オプティマスがすかさず反応した。
「いいのか?」
「私だって家に帰れば子供の親だ。胡散臭い宇宙ロボットだろうが何だろうが、子供を身ごもった相手を放り出すなんて出来るはずがない! 君たちが地球を退去するという話はいったん凍結しよう。今は落ち着いて子供を産むことだけを考えるんだ」
ギャロウェイはオプティマスを安心させるよう言うと、声をひそめ、ぐるっとあたりを見まわしながら囁いてきた。
「ところで、誰なんだ、相手は?」
その問いかけに、オプティマスが反射的に入り口の外へ視線を走らせる。そこには戦闘機乗りの憧れの視線をいくつも受ける銀色の大きなロボットが立っていた。
「あいつか! NBE1だな。しっかりしてそうなくせにまた悪い男を選んだものだな。真面目な美人がうっかり悪い男に引っかかって子供が出来たら捨てられるなんて地球じゃ良くある話なんだぞ。で、NBE1は自分の子だと認知してくれそうなのか?」
「難しいだろうな」
『そもそも存在しない子供を認知するのは』という前半部分の言葉をオプティマスは省略した。
「もし認めないようなら私に言ってくれ。いい弁護士を紹介する。養育費もがっぽりだ」
そう言うとオプティマスの肩をたたき、用は済んだとギャロウェイは背を向けてさっさと帰ってしまった。
「……あいつ、バカ?」
ヘリに乗り込むワイシャツの後姿を目で追って、オプティマスとのやりとりを聞いていたスキッズが思わず呟いた。
「ひょっとしたら、歩み寄ってくれたのだろうか? 私たちに」
ビキニにスーツの上着を羽織ったオプティマスが言うと、マッドフラップが顔をしかめた。まさか、あの嫌な奴に限ってそんなことあるわけない。
「そんな訳無いと思うヨ。なにかの罠だヨ」
「彼は私に言ったぞ『地球を出て行かなくてもいい』と。大きな譲歩ではないか?」
オプティマスの言葉を聞くと、マッドフラップが呆れたように肩をすくめた。
ほとんど向こうが勝手に勘違いしたとは言え、オプティマスは訂正するどころかわざと煽ったじゃないか。勘違いと悪い冗談から得た幸運をよくも歩み寄りなんて綺麗に言うものだ。
「言うよネ、オプティマスも」
「嘘つきだ」
スキッズがからかうようにマッドフラップの後を続ける。
「政治的駆け引きと言って欲しい。相手がわざと見せてくれた隙に合わせることも必要だ」
ギャロウェイはオプティマスの『冗談』を判ってあえて乗っていたというシナリオを画きたいオプティマスが言う。
「だからわざとじゃなくてあいつは素でバカなんだって。オプティマスはバカを利用した悪い政治家だ」
「違うヨ罠だって」
オプティマスがしれっとした顔で都合のいい事を言うと、スキッズが混ぜ返しマッドフラップが反論する。そんな二台と一人を見ながら、レノックスが笑いを堪えた顔で近づいてきた。
「オプティマス、ギャロウェイ大統領補佐官からだ。『ベビー服は巨大ロボットサイズなのか、普通の人間サイズなのか、どれくらいの大きさのを贈ればいいんだ』って」
思わず絶句したオプティマスの側でスキッズが首をかしげた。
「やっぱバカだろ?」
「私を困らせるために言っているのならたいしたものだな……。本気でそう思っていたらもっと困るが」
オプティマスが弱って言うと、マッドフラップも同意する。
「このネタでオプティマスのコトしばらく苛めるつもりだよ絶対」
「もし事態が悪化して外交問題に発展しそうな場合には想像妊娠だったということにしよう」
そう呟いたオプティマスは、ラチェットが不穏な目で自分を見ているのに気付かなかった。
ENDE.
ギャロウェイにS心を刺激される司令官。
タンクじゃなくてジェットなのは私の趣味です
20091014-20091129 初出 日記
20091230 UP