Evil eye













 恐ろしい唸り声をあげて雪と風が渦巻き、全てが凍り付いている。アイアコンよりはるか遠い辺境の凍った惑星。

 ボディに張った氷を払い落としスコープを覗き込む。そこにあるのは雪と氷だけ。

「プライムの愛人殿がどんな奴かこの目で見てみたかったんだ」

 声が聞こえているはずだが傍らにいるもう一人は答えない。

「かつての敵がプライムの寵愛を受けて、親衛隊を除く全軍を預かるまでに出世した……ってんだろ? 興味がわくよ」

 返事がない事をさほど気にもせず独り言のように呟く。弱々しい陽の光を頼りに吹雪の中を根気よく探すと、きらりと銀色の光が反射した。

 雪の混じった暴風をものともせず、悠々と歩く銀色の体。白銀の世界に輝く赤い目、メガトロン。

「オプティマスはああいうのが好みなのか」

 本心を隠した揶揄の色が混じる。

「それほどいいのかね? 奴が」

 本心の嫉妬が滲む。

「始祖評議会が後宮に用意したピカピカのオートボットには目もくれず、なんだって初めての愛人を後生大事に側においてるんだろうな。飽きもせず」

 その呟きには期待していない返事があった。

「優秀な者たちを後宮で飼い殺しにするような残酷な事はしてはいけないと、オプティマス・プライムが全員を下がらせたそうです」

「お優しいねぇ。さすがだねぇ」

 皮肉をたっぷり込め、唇をゆがめて言う。

「その優しさは邪魔だったな。メガトロン相手じゃオプティマスにいつまでたっても時期プライムの跡継ぎが出来ない。今頃、始祖評議会に迫られてるはずさ。跡継ぎの為にメガトロン以外にも抱かれろと」

「メガトロンの居ない間に、ですね」

「もっと正確に言うと俺がメガトロンをここにおびき寄せている間に、だ。俺は言われた仕事をきっちりこなしただろう?」

 相手にスコープを手渡し、目視させる。吹雪の暴力の下でセンサーが上手く働かない。原始的な方法に頼るしかない。

 「たしかにメガトロンです」と言って返されたスコープを再び覗く。

「跡継ぎを残すのはプライムの義務だ。自分の命を狙った奴に体まで任せたお優しいオプティマスは苦しむだろうな。メガトロンに裏切りを知られた時の絶望した顔を見てみたいもんだ。きっとぞくぞくするほど綺麗だろう」

 サディスティックな表情で肩を震わせ心から嬉しそうに笑う。

「大丈夫だって、そんな感傷は一時のものだ。すぐに忘れられる。他の体を知れば昔の愛人なんざ色あせて見えるもんだ。プライドの高いメガトロン閣下は許してくれまいが、問題ない。しょせんいくらでも替えのきく愛人なんだからな」

 気味の悪い猫なで声で歌うように言い、傍らのもう一人は少し嫌そうに顔をしかめた。

「メガトロンも憐れだな。愛するオプティマスのために苦労してこんな酷い星まで来たって言うのに、アイアコンじゃオプティマスが自分以外の奴に跨って腰を振ってるってんだから」

 そう言った明るい声が、一転して低くなった。

「ま、殺す相手に情が移って顎で使われてるような奴にゃお似合いだ」

 それ以降両方とも口を開こうとせず、風の咆哮と沈黙が二人の間に広がった。

 黙ってスコープを覗いていると、静かな怒りを込めた声が触れそうなほど近くで聞こえる。

「あなた、私が始祖評議会から持ってきた仕事以外にも仕事を請けましたね」

 知っていやがったかと焦り、冷たい声に心が凍りつきそうになる。だが、弱肉強食の世界では弱気を見せるのは死と同じだ。配線の一本までむしられる。

「よくご存知だ。さすがに鼻が利くね。なに怒りなさんな。あんたを通して受けた仕事に不義理はしないよ。俺が一緒に受けたのは、フォールンからの仕事さ。メガトロンをプライムの元から連れ戻せって依頼だ」

 顔を上げ、口を挟む間もなく一気に言う。先ほどの沈黙が嘘のように饒舌に、触れて欲しくないものを隠すため言葉が多くなる。

「フォールンが一番恐れているのは、プライムの懐妊だ。プライムを根絶やしにしないと奴は尻を火で炙られてるみたいに落ち着かないんだ。だからメガトロンを引き離そうとした。その一方で、跡継ぎが欲しくてたまらない始祖評議会も俺にプライムからメガトロンを引き離せときた……。笑えるじゃないか。いったいどっちが正しいのかね? 俺は金にさえなればどっちでもいいんだけどな。あんたもだろう? あんたに黙ってたのは悪かったが、成功してしまえば全て問題ない。そして成功は目の前だ」

 冷たい視線が返事だったが、ひるまずに鼻で笑い再びスコープを覗く。

 スコープの中で、メガトロンが仕掛けた罠へと近づいていく。通常の機体なら機能停止になるほどの悪条件の中でも動けるメガトロンは単独行動をしている。それが仇となるのだ。罠にはまり、凍らされて身動きできなくなる。意識すらなくなって、後はされるがままだ。

 かわいそうなオプティマス。お前のメガトロンはお前の元に帰らないよ。だからお前の裏切りはメガトロンには知られないんだ。安心して新しい愛人と楽しんでくれ!

「メガトロンはここで凍らされて、フォールンのところに連れて行かれる……」

 愉快な気分で呟いた。

 お前に抱かれてる時オプティマスはどんな顔をするんだ? それを知っているのは自分一人だけだと自惚れていただろう。いい気になっていられるのも今だけだ。お前はどん底に落ちるんだ。

 呪詛のように渦巻く思いを抑え、スコープごしにメガトロンを目で追う。どんなに無遠慮に見つめても問題ない。メガトロンは見られている事を知らないのだから。

 メガトロンは着実に全てを失う道を歩んでいる。思わず嘲りの笑みが浮かぶ。

「さぁ、いけ、メガトロン。そうだ、あともう少し……」

 その時、一瞬嵐が晴れ、罠の手前でメガトロンはぴたりと動きを止めた。

「クソッ! どういうことだ!? なぜ行かない!! あともう少しなんだぞ!」

 余裕のある態度で取り繕う事ができず、思わず焦りと苛立ちが出る。

 期待は一瞬にして失望へと変わった。メガトロンは罠の手前で元来た道を引き返し、ほぼ手中にしたと確信していた成功はあっさりと手を滑り落ちる。

 しくじった!

 そう悟ると乱暴にスコープを投げ捨て、憤怒の形相で雪の積もった地面に拳を叩きつける。

「もう一度やるぞ!」

 搾り出すような大声で叫ぶ。だが、相手は静かに首を振った。

「その必要はありません。依頼は取り下げられました。たった今」

 嵐が晴れた一瞬に通信が回復したのだと言い、一呼吸置いてさらに残酷な事実を告げる。

「オプティマス・プライムが懐妊したそうです」

「あ……」

 馬鹿の様に口を開け、苦しそうな喘ぎ声が漏れる。

 スパークの奥で、密かに、強く美しいオプティマスが欲しいという思いを燻らせていた。

 ねじくれた叶わぬ願いを、募る欲望を、どす黒い悪意と混ぜ、メガトロンを引き摺り下ろし貶めようという執念に変えた。メガトロンはその執念をやすやすと打ち砕き、あまつさえ今以上のものを手に入れようとしている。

 そんな馬鹿な。金と手間をかけ、メガトロンをここまでおびき寄せて、成功まであとほんのわずかだったのに。

 馬鹿な。

 あまりの事に呆然としているのをまるで居ないかのように無視し、もう一人は顎に手を当て感心したように言った。

「フォールンが正しかったという事ですね。それにしてもなんと強運なのだろう、メガトロンは。器が違うということなのでしょうか」

 メガトロンとは反対に、不運に打ちのめされる者にちらと目線を送る。最後の最後で勝ちを逃した敗者は急に弾かれたように動いて足元のスコープを拾い、憎悪に燃え滾る目で覗き込む。

 それを見た瞬間に、怒りは霧散し恐怖に飲み込まれる。ヒッと思わず引きつった声がでた。

 スコープの向こうにあったのは、赤く輝く二つの目。

 冷酷に光るその目は明確な意志を持ち、こちらへ向けられていた。

 俺を見ていた! 

 直視できずにすぐに目をそらした。

 絶対に安全なところからメガトロンを狙い、足掻く姿をあげつらうつもりだった。

 だが、メガトロンはいつでも俺を殺せた。狩られる獲物は俺だったんだ。 

 恐怖に体が凍りつく。

 あの目と一対一で向き合えば恐怖でおかしくなってしまう。

 うるさい虫けらを踏み潰すのと同じ目。俺を殺すつもりの目だ。

 いや、落ち着け。負けを認めたらおしまいだ。

 崩れ落ちそうになる意識を立て直そうとあがく。微かな希望に縋ろうとする。

 あの距離でこちらに気付くはずがない。何かの間違いだ。

 必死に自分に言い聞かせるが、何もかも見透かすような鋭く冷たい眼差しが恐怖を伴ってブレインサーキットに焼きついている。

 確かめればいい。もう一度スコープを覗いて。

 だが本能が拒否する。あの目に怯えてスコープを持つ手が震える。

 気付いていた。

 ブレインサーキットの中をエンドレスで廻る確信を打ち消す事ができない。

 奴は最初から俺に気付いていたんだ。さぞかし俺を馬鹿にしていたに違いない。

 プライドをずたずたにされ気が狂いそうになる。劣等感と敗北感に打ちのめされ、心が折れる。

 戦意喪失した姿を見ていた傍らの一人が「もうだめだな」と内心で冷静に判定を下した。もうこいつは使えない。せめて時間稼ぎの犠牲になってもらい、一人で逃げるしかない。

 金も手間も時間もかけた仕事を失った。仕事のパートナーも壊された。その上、銀色の災厄が赤く目を光らせ死をもたらそうと近づいている。

 ふと思った。

 今同じ瞬間。オプティマスは喜びに包まれ、自身を取り巻く陰謀など何も知らずにアイアコンでメガトロンの帰りを待っている。オプティマスはこの先も何も知るまい。いや、メガトロンが気付かせない。

 なんという差だ。酷すぎて笑いが出てくる。

 手を出したのが間違いだったのだろう。もう二度と関わるまい。生きて逃げきれればだが。

 恐ろしいのはメガトロンか。

 心の中で肩をすくめる。

 自身の強運と眼差し一つで、オプティマスを守り、始祖評議会もフォールンも、邪魔するもの全てを退けてしまった。 




ENDE.

魔眼メガ様。
ラストエンペラーなプライム妄想は、孤児オプとか出会いとか初Hとかいろいろ脳内で取り揃えています。

20091018 初出 日記
20091108 UP


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