Lady commander 2
それは悲しいすれ違いの話だった。
メガトロンはオプティマスの体を優しくベッドに横たえた。メガトロンに口付けされたオプティマスは夢心地でメガトロンを見上げ、初めて抱かれる期待と少しの怖さ、心の内から溢れる幸福感に身を任せていた。
白い喉元に吸い付かれ、小さな声を漏らす。メガトロンの手が安心させるように優しく髪を撫で、慣れた手つきでオプティマスのシャツのボタンを外そうとした時、うっとりと目を閉じていたオプティマスがかっと目を見開き、メガトロンの手をすごい勢いで掴んで動きを阻んだ。
数分後、部屋を出て行ったメガトロンの背をオプティマスはなすすべも無く目で追い、その後ベッドに突っ伏して悔し涙を流した。
「下着が上下揃っていなかったのだ。いつもはちゃんと揃えていたのに、その日だけ。メガトロンが私の寝室に来た、その日に限って……!」
「はぁ〜?」
あの時の悔しさを思い出し、手にしたグラスを割れんばかりの勢いで握り締めるオプティマスとは逆に、側で話を聞いていたフレンジーが不満とアホかという気持ちをこめ、脱力した声を上げた。
「メガトロンは、私が困ってるのを見て『すまなかった』と一言だけ言って部屋を出て行った。あれ以来、メガトロンは私に触れようともしない。私は戦術的撤退のつもりだったのだ。だが、あの行動がメガトロンの戦略的撤退を招いてしまった……!」
「バカ! 男はデリケートなんだぞ。そういう事に誘うのはすっごい勇気がいるのにそんな理由で拒否しやがって自業自得だろ!」
「下着なんか見るか! 邪魔だとしか思わんわ!」
「判っている。私が悪い。判っている!」
非難の集中砲火を浴び、苛立ちをあらわにしてオプティマスが言った。ガン! と音を立ててグラスをテーブルに置くと、両手を膝の上においてきゅっと体を小さくした。
「でも、メガトロンに避けられるのは辛いのだ……」
しょんぼりとした顔で俯き、オプティマスがそう言うと、周りを囲むディセプティコンたちの胸がキュンとする。
殺気を撒き散らしながらエナジーブレードで敵の腕を切り落とし、鋭い眼光で銃をぶっ放すいつもの姿とはうって変わり、ちょっと泣きそうな顔で上目使い。
かわいい……。
極上の美人だが核爆弾よりも危険。絶対に惑わされてはいけない。
判っているのに、そんな顔をされると……。
誘惑と戦うディセプティコンズを他所に、酔いに目じりを朱に染め、潤んだ瞳をしたオプティマスがすっくと椅子から立ち上がった。
「私は過去の過ちを修正し、私が得られるはずだったものを取り戻す」
落ち着きと自信に満ちた姿を取り戻したオプティマスがぐるりと皆を見回しながら告げる。ミネルヴァ、ワルキューレ、カーリーもかくやというその姿は、これが軍事作戦の前だったらどれほど頼もしく見えたことかと思わせる。
先ほどまでの弱気が嘘のように気持ちを切り替え、オプティマスは身も心も戦闘態勢を整え静かな言葉の中にも決意が漲っている。あとは獲物に飛び掛るだけだ。
その猛々しい姿に圧倒され、ディセプティコンズは一瞬言葉を失った。
危ねぇ……。
騙されるところだった。
お前もか俺もだとお互い目配せを交わしあう。
メガトロンのところに行ってくると宣言し、ドアへ向かって歩き出そうとするオプティマスの腕をバリケードが慌てて掴んだ。
「お、オイッ、本当にいいのか? 夜中にメガトロン様の寝室に行くなんて、おっぱい揉まれるくらいでは済まないのだぞ」
「セイバートロン鋼の剣とは違うもので貫かれるんだぞ!」
「?」
下ネタをきょとんとした表情と純粋な瞳で返され、滑った気まずさと猛烈な罪悪感とちゃんと判ってるのか? という疑問を抱えてデバステーターはすまんとごにょごにょ口ごもった。
「イヤラシイコトサレチャウヨー!」
滑ったデバステーターに代わり、フレンジーが一オクターブ高い声で言うと、オプティマスの頬がすっと赤くなった。
「……いい」
恥らいの表情を受かべ、小さな声を出して頷く。
「いっ、いいのか!? いやらしいことされても良いのか!?」
「メガトロンになら、いい」
恥じらいながらも真っ直ぐな瞳できっぱりと言った。
「だが、メガトロンに体を見せたくない理由がもう一つあるのだ」
「なんだ。この際だからもう全部言ってスッキリしろ」
切ないため息をつきながらオプティマスが言うと、もう何が起きても驚かないぞという顔でバリケードが先を促す。
「腹筋が……割れている」
「は?」
意を決して口を開いたオプティマスに向かって、フレンジーが再び素っ頓狂な声を上げた。
「腹筋が割れてるのだ! この腹筋を見られるかと思うと積極的になれない」
「見せてくれよ」
その言葉に恥らうこともなく、オプティマスは引っ張り出したシャツを豪快に捲り上げた。
ぐっと切れ込んだ腰のくびれ、見事に割れた腹筋。
「すげぇー!」
フレンジーが手を叩いて爆笑した。クッとオプティマスが腹に力を入れると、ますます大喜びする。
「カッチカチ! オプティマスの腹筋カッチカチ!」
「女じゃねぇー!」
「やはり引くだろうか?」
バンブルビーには大人気の腹筋が恋路の妨げになるとは……。そんな事を思いつつ、不安そうな顔で問いかける。
割れた腹筋ごとき、血走った目で髪振り乱し、返り血を浴びた姿でメガトロン様に切りかかったり顔面撃ったりしたことに比べればとても些細なことなのではないかとブラックアウトは思ったが黙っていた。
バリケードは、通常の男ならばかっこいいとは思っても勃起できないレベルだとはっきり言ってやるべきかと迷い、口を閉ざしていると、隣のボーンクラッシャーが口を開く。
「それ以前の問題って気がする。腹筋とか以前に、なんか重いもん、あんた」
「ボーンクラッシャー!」
言ってはいけない事を言おうとしているボーンクラッシャーの身を案じ制止の声が飛んだが、ボーンクラッシャーは続けた。
「ちょっとちょっかい出したら全力で結婚させられて、あんたの種馬として一生束縛されそうだもん」
「それか……。メガトロンが私を避ける理由は、それ、なのか?」
重い……。と、オプティマスが繰り返し呟いた。
「ボーンクラッシャー、判ったからそれ以上は言うな。また首を落とされたいのか!」
誰かの焦った声に、オプティマスは首を振った。
「いや、いい。はっきり言ってくれたほうがありがたい。おかげで腹筋など些細な問題だと思えるようになったぞ……」
ふっと傷ついた表情で悲しげな笑みを浮かべ、オプティマスは遠くを見た。
だからそもそも腹筋は些細な問題だと、般若より恐ろしい顔をして、地獄に落ちろと言いながら片手でスパーク握りつぶした方がよっぽど問題だと、そうブラックアウトは思ったが黙っていた。
しばらくうつろに宙を彷徨っていたオプティマスの目線が、だんだんと鋭くなっていく。
セイバートロンを背負い、常に判断を求められる立場のオプティマスには、戦場で落ち込むなどという贅沢は許されなかった。素早く気持ちを切り替え、逆境をばねに闘志を燃やす癖がついているのは一種の職業病みたいなものだ。
来るなとバリケードが思った瞬間、オプティマスは吹っ切れた声で言った。
「もういい! もう処女でいるのはたくさんだ! 私がメガトロンを押し倒す!」
「お〜!」と感嘆の声を出したフレンジーに一瞥もくれず、オプティマスは戦いに赴く前と同じ厳しい顔で部屋を出て行く。
オプティマスが一人戦場へ向かった後、ディセプティコンズがお互い目を合わせる。
誰も止めなかった。否、止められなかった。
「オプティマスが『宇宙で一番危険な処女』から『宇宙で一番危険な非処女』になれるかどうか賭けようぜー」
オプティマスの気配が消えたのを確認し、フレンジーが、これは二人を肴にして楽しむしかないと嬉しそうな声を上げた。
朝になり、浮かない顔でやってきたオプティマスを見て賭けの結果を悟り、がっくりうなだれる姿とガッツポーズをとる姿を見られて追求され、一触即発の危機に陥ったがなんとか開戦は回避した。
その後、オプティマスの、「ベッドにもぐりこんだはずなのにいつの間にか寝てしまい、朝起きたらメガトロンはソファーで寝ていた」という微妙に悲しい結果を聞いて、なんとなく皆で朝からしょんぼりとするのだった。
ENDE.
おまけ
部屋のドアをわずかに開け、メガトロンと小さく呼びかけてみた。
人型に盛り上がったベッドはぴくりとも動かず、オプティマスはドアの隙間からするりと中に入った。そっとドアを閉め、ベッドの方へ向き直る。幸い、訓練のおかげで夜目がきく。
オプティマスは枕元で膝をつき、静かに目を閉じ眠っているメガトロンにもう一度呼びかけた。
「メガトロン」
「なんだ……?」
生粋の軍人であるメガトロンが、部屋に入ってくる人の気配に気付かぬはずが無い。
オプティマスは立ち上がり、何も言わず服を脱ぐ。衣擦れの音がやけに大きく聞こえた。
シャツ一枚になると、メガトロンの隣に素早く滑り込む。
計ったようにメガトロンが腕を広げ、オプティマスはメガトロンの胸の中にすっぽりと納まった。抱きしめられると、まるで私に誂えたみたいにぴったりじゃないか? そう思ってきゅうと抱きしめ返す。
「どうした?」
メガトロンの低い声が耳元で囁いた。
「この間はすまなかった」
はっとここへ来た目的を思い出し、オプティマスが必死になって言うと、メガトロンが笑った気配がした。
「気にするな」
「メガトロン、私は……」
「もう良いと言っているだろう。気にしていたのか? 愚か者め」
オプティマスがなおも謝ろうとするのを、メガトロンは優しい声で遮り、額に優しくキスをする。
「酒臭いぞ」
メガトロンにからかうように言われ、オプティマスの頬がかあっと熱くなる。酔ってベッドに潜りこむなど、淑女にあるまじきはしたない行為だと今更ながら思い、急に恥ずかしくなった。
「すっ、すまない」
気まずくなり、もぞもぞと体を動かした。やっぱり出て行こうと思い体を起そうとすると、ぐいと抱き寄せられ、きつく抱きしめられる。
「行くな、プライム」
メガトロンの声がとても真剣だったので、動けなくなる。
メガトロンの優しくて暖かな腕に抱かれていると、オプティマスの心から迷いがはらはらと落ちていく。残ったのは、メガトロンを愛しているという気持ちだけ。
「抱いてほしかったのだ……。お前に」
見得も恥じらいも捨てて、唇から零れ落ちるように素直に言葉が出た。心からそう望んでいた。
「抱いてやるから、眠れ……」
心も体も溶かすような心地よい声が耳元で囁いて、オプティマスの白い首筋にキスをした。
そうじゃないのに……と文句を言いたかったが、メガトロンが自分を行かせまいとぎゅっと抱きしめるのがあまりにも心地よかったので、オプティマスは言いそびれて目を閉じた。
ENDE.
擬女オプティマスとギャロウェイ補佐官が私の中で熱いのでそんな感じのを書こうと思って過去ファイル見てたら出てきました。覚えてなかったからなんだこれ!! ってなりましたがせっかくなので仕上げた!
あとでいろいろ直すかも。
20090810 UP