The Coming New Year









 クリスマスツリーの片付けをバンブルビーが手伝ってくれた。今夜のゴミ出し当番は僕。両親が探してきた大きなもみの木のクリスマスツリーをゴミ捨て場まで持っていくのはファラオにこき使われる奴隷くらいに辛い仕事だったけど、バンブルビーにとっちゃ屁でもない。本当はシモンズにあまりロボットになるなと言われているけれど、夜だし、まいっか。

 ママとパパが張り切って家の壁に飾り付けたクリスマス用の電飾は新年まで残しておくと言っていたのを思い出して、僕はバンブルビーを見上げた。

「もうすぐ、バンブルビーと僕が一緒に過ごすはじめてのお正月が来るね」

 バンブルビーと出会って、みんなでメガトロンたちと戦って、そしてバンブルビーは僕の側にいる事を選んでくれた。僕は、奇跡のような二人の出会いと、こうして一緒にいる事を感慨深く思いながら言ったのだけど、バンブルビーは恐ろしい事を聞いたかのようにびくっと体を震わせた。

「え!?」

 一瞬体を固まらせ、おずおずと僕に聞き返してくる。

「サム、今何て言ったの? もしかしてオショウガツって言った?」

「うん」

 予想外のバンブルビーの反応に戸惑いながら僕は頷いた。僕は、もっとこう……、これからも二人でずーっと同じ時を過ごして、思い出が増えていくといいね。みたいな感じになりたかったのだけど、バンブルビーは明らかに挙動不審になり、早口で僕を質問攻めにする。

「どうしてサムがオショウガツの事を知っているの!? ううん、それより、オショウガツが来るの? ここに?」

 驚いた高い声がだんだんと低くなり、最後には囁き声になる。まるで、誰かに聞かれたら困るみたいに。

「うん……」

 僕の返事を聞くと、バンブルビーは絶望したように天を仰いで頭を抱えた。

「大変だ。どうしよう……!」

 戸惑っている僕をよそに、絶望状態から素早く回復したバンブルビーはぶつぶつと呟きだした。

「これはおいらだけじゃ手に負えないぞ。オプティマスに知らせなきゃ! サム、君はオショウガツに詳しい? いつ来るか判る?」

 自分の世界に浸っているバンブルビーに声をかけられずにいたら今度は急に問いかけられ、僕はバンブルビーが何を悩んでいるのか聞きそびれたまま頷いた。

「わ、わかるよ。っていうかカレンダーに……」

 言いかけた僕は、バンブルビーの大きな手に掬い上げられ空高く放り投げられた。ぐーんと街灯が近づき、同じくらいの高さになった時一瞬僕の体が空中で止まる。

「わぁぁあぁぁぁ」

 今度は重力にしたがって落下。僕のマヌケな悲鳴が消える前にバンブルビーは車にトランスフォームして落ちてくる僕を受け止めた。

 カマロの運転席にどすんと音を立てて着地する僕の体に、シュッと音を立ててシートベルトが閉められる。

「ごめんサム、説明は後でするからオプティマスたちの所へ急ごう! 急がないと大変なことになるんだ」

 空高く放り投げられた時と、落ちたとき。あの内臓が浮き上がる嫌な感触が僕を襲い、あまりの気持ち悪さに瀕死になって頷くのが精一杯。

 喋るとなにかがこみ上げてくるので、ハンドルに手をかけたまま僕は半ば死んでいた。

 土気色の顔で目と口を半開きにし、どう見ても手じゃなくてハンドルが勝手に動いている僕の様子はさぞかし気味が悪かったに違いない。ここらへんに黄色い車に乗ったゾンビが出るという噂を数ヵ月後にマイルズから聞いた。あいつはゾンビカーを探しにいこうとはしゃいでいたが、探しに行くまでも無くおまえの目の前にいるよとは言い出せなかった。

 




 誰もいない夜の街の一角で、僕は巨大なロボットにぐるりと取り囲まれていた。

 初めてみんなに会った時みたいに。

 バンブルビー、ジャズ、アイアンハイド、ラチェット、そしてオプティマス。

 彼らは今とてもぴりぴりとした雰囲気で、真ん中の僕は居心地の悪い思いをしている。みんなが殺気立っている原因が僕にあると思うと何をしたのだろうと不安になった。

 オプティマスがなるべく僕に目線を合わせて問いかける。

「サム、ショウガツが来るというのは本当か?」

「うん……」

「いつだ!」

 アイアンハイドの鋭い声。皆の不穏な視線を浴びながら、僕は腕時計を見た。

 午前零時をわずかに過ぎている。

「もう、来た、かな? あけましておめでとう」

 事態が飲み込めないまま僕が言うと、オプティマスが目を伏せ、苛立たしげに頭を振った。耳の辺りが機嫌の悪さを表すようにモーター音を立てて回りまくっている。

「なんということだ。君はもっと早く私にショウガツの事を打ち明けるべきだったぞ!」

「ごめん、そんな重大事件だとは知らなくて」

 オプティマスに叱られ、僕は首をすくめた。なんなんだ、もう……。訳がわからないよ。

「ディセップティコンズとのカタもついていないのに、よりにもよってショウガツが来るとはな」

 ジャズが言うと、オプティマスが重々しく頷いた。

「この有事に争っている場合ではない。我々だけでなく、人間の未来もかかっているのだ。非常事態宣言を発令する」

 オプティマスがそう言うと、バンブルビーたちが明らかに緊張した。

「メガトロンたちと協力し、なんとしてもショウガツの地球侵略を阻止しなければならない」

 オプティマスが続けると、やれやれ。と大げさな仕草でジャズが肩をすくめた。

「一時休戦してあいつらと協力か……。胸糞悪いが仕方が無いぜ。ショウガツ相手におれたちだけじゃ分が悪すぎる」

 ジャズが面白く無さそうに言うと、ずっと俯いて黙り込んでいたバンブルビーがやっと顔を上げて口を開いた。

「オプティマス、おいら……」

「おまえはショウガツは初めてだったな」

「はい……」

「大丈夫だ。私がついているぞ」

 不安そうに頷くバンブルビーの肩に、安心させるようにオプティマスが手を置く。

「私も出ます、オプティマス」

 そう言って一歩前に出たラチェットにオプティマスは顔を向けて頷いた。 

「すまないが、頼む。後の事を考えている余裕はない。我々の戦力全てを持ってショウガツ撃退にあたる」

 深刻な雰囲気に気圧されて、僕はまだ根本的なところを聞けていなかった。正月ってなんだ? 時間がたてばたつほど聞きづらくなっていく。

「メガトロンがもう着く頃だ。国防省に連絡してくれ。メガトロンに攻撃の意志はない。邪魔をしないようにと」

 オプティマスの言葉を了解したとジャズが頷くのを見て、話が途切れた今がチャンスだと思った僕は急いでバンブルビーに話しかけた。

「あのさ、正月って、なに?」

「おいら、記録映像でしか見たこと無いんだけど。ショウガツが星を襲った後に生きてるものは何も無いってくらい酷かった。誰彼構わず皆殺しさ。思い出しただけでも震えが来る」

 そう言ってバンブルビーは恐怖の表情を浮かべ、ぶるっと体を震わせた。

 なんだそれは……。と思ったけど、バンブルビーの言葉で、兎にも角にも僕の思っている正月とバンブルビーたちが思っているショウガツは絶対に別物だということがはっきりした。

「バンブルビー、いまさら言い辛いんだけど、なんだか僕の言ってる正月と、君たちの言ってるショウガツは違うみたいなんだ。僕が言ってる正月は、虐殺も侵略もしない。暦上で新しい年が始まったって事だよ」

「え?」

 バンブルビーが素っ頓狂な声を出した。ぽかんとした表情で僕をまじまじと見ている。

「十二月が終わるだろう、次は一月。暦が巡って、最初に戻る。それが僕の言ってる正月。君の言ってるショウガツとは、音が一緒な別の意味の言葉なんじゃないかな?」

「え〜〜〜〜っ!」

 バンブルビーは絶叫して、僕は宥めるようにバンブルビーに触れた。

「もっと早く言えばよかったんだけど、なんだか盛り上がってるから言い出せなくってさ……。ごめん」

「おっ、おいらの勘違い!? サムが宇宙の言葉を知ってるのおかしいなって思ったんだ。うわー。オプティマス、オプティマス〜!」

 慌てたバンブルビーがオプティマスに駆け寄り、わたわたとしながら説明する。

「オショウガツが襲ってくるというのはおいらの勘違いでした。偶然地球の言葉と音が一緒なだけでまるっきり別物だったんです!!」

「…………」

 オプティマスはバンブルビーの言葉を聞いて呆然としている。勘違いで非常事態を宣言しちゃったんだから無理も無いか。

「申し訳ありませんオプティマス!」

 半泣きになったバンブルビーは何度も頭を下げて謝罪を口にした。オプティマスはまだショックから立ち直りきれていない様子だったけど、バンブルビーを慰める。

「いや、いいんだ。『私』は」

 オプティマスが口ごもった。

「ただ……」

 オプティマスが続けようとした言葉に、ごおっという激しいエンジン音と爆風が重なる。僕の視界に、急降下してきたエイリアンジェットとF22戦闘機が飛び込んできた。

「プライム、無事か!」

 着地ともにエイリアンジェットが巨大な銀色のロボットにトランスフォームする。

 トランスフォームする間のわずかな時間ももどかしい。そんな様子でメガトロンがオプティマスに駆け寄る。

「プライム!」

「メガトロン」

 メガトロンの勢いにオプティマスがたじろぐ。メガトロンは構わずにオプティマスの両肩を掴み、入念なスキャンで体に一つの傷もない事を確認すると、人目も憚らずにオプティマスを抱きしめた。

「無事なのだな。心配したぞ……!」

 ぐっとオプティマスの体に回されたメガトロンの腕に力がこもり、きつく抱きしめられたオプティマスが恥ずかしそうに僕たちをちらりと見る。どうぞご勝手に。

 僕はいつもクールに振舞っているメガトロンがこんなに感情を露にしてオプティマスを抱きしめたのに驚いた。メガトロンはすごくオプティマスの事が大事なんだな。

「メガトロン。あの、な。その……」

 恥ずかしさと、勘違いしていたという気まずさが交じり合ったオプティマスが言いにくそうに口を開く。メガトロンはそんなオプティマスに気付かずにオプティマスから体を離すと、恐ろしい殺気を放ちながらあたりをぐるりと睥睨した。

「ショウガツはどこだ? 返り討ちにしてくれるぞ」

「その事なんだが!」

 オプティマスが上ずった声を出し、不審に思ったらしいメガトロンにじっと見つめられる。オプティマスはとても決まりが悪そうにメガトロンを見返した。

「我々の勘違いだった……」

 思い切って言ったオプティマスが心底申し訳無さそうな顔をしてメガトロンの次の言葉を待つ。

 メガトロンの動きが一瞬止まった。

「おいらが悪いんだ! 最初においらが勘違いして大騒ぎしたから」

 メガトロンが何か反応する前に、バンブルビーが弾ける様に言った。自分に注意を向けさせようと大きな声と大げさなジェスチャーで。

「ふざけるな。勘違いで済むか!」

 メガトロンと一緒に来ていたスタースクリームが激昂して怒鳴りつける。怒り狂って罵声を浴びせるスタースクリームとは真逆に、メガトロンは無言でオプティマスを見つめている。

 怒ってる……のかな? メガトロンの冷静さが怖い。

「…………」

「すまない」

 オプティマスがもう一度謝ると、メガトロンは仕方が無いというように排気し「いい」と一言言った。

 オプティマスの顔がほっとし、スタースクリームが怒りに満ちた顔をバンブルビーからメガトロンに向ける。

「お前が無事ならそれでいい」

 オプティマスの頬に軽く触れて言い、オプティマスとメガトロンの視線が絡み合った。

 ふいとメガトロンはオプティマスから視線を外し、オプティマスが少し寂しそうな表情でメガトロンを目で追う。

「ショウガツが来なかったのならそれに越した事は無い。いくぞ」

 オプティマスを心配して飛び込んできた情熱は身を潜め、メガトロンはオプティマスに背を向けると、まだ怒りが収まらない様子のスタースクリームに命令した。僕が素っ気無いなと思うくらいあっさりと引き下がり、去ろうとしたメガトロンの背に向かってオプティマスが手を伸ばした。オプティマスの顔が、このまま帰したくないって言っている。メガトロンも気付いてあげれば良いのに。

「待て、メガトロン! 私に良い考えがある」

 ふり向いたメガトロンの顔を見るオプティマスが一生懸命だったので、僕はちょっとかわいいなと思った。メガトロンは幸せな奴だ。ちょっと羨ましい。

「非常事態は勘違いだったが、せっかく集まったのだからついでにこのまま新年会をしてはどうだろうか?」

 勢いに任せてそう言ったオプティマスに、四方八方から何考えているんだっていう冷たい視線が突き刺さった。オプティマスの顔が焦る。僕も、オプティマスこれは外したかと他人事ながらドキドキしたけど、メガトロンが呆れながらもオッケーしてくれたので、オプティマスは新年初すべりを免れた。

 あれ? もしかしてメガトロンって……、オプティマスに甘い?


 結局、国防省に、有事と言うから何かと思えば新年会ですか? なんて嫌味を言われながらもオートボッツとディセプティコンズ合同新年会が催され、歌にダンスに愚痴に酔っ払いにコントに宴会芸にとおおいに盛り上がった。始まる前はあいつらと酒は飲めないってお互いぐちぐち言ってたくせにね。

 僕が、非常事態の時だけじゃなくていつでも仲よくすればいいんじゃないの? って言うと、みんなムキになって「奴らと仲良くするなどありえない」なんて否定したけど、オプティマスとメガトロンは自分たちがいると皆が楽しめないからって口実で堂々と二人消えてったし、ラチェットはスコルポノックのメンテナンスをはじめ、スコルポノックは気持ち良さそうにじっとしている。将棋を指しているバリケードとアイアンハイドの隣でブラックアウトとバンブルビーはモノポリーで今にもキスせんばかりに顔を近づけ、一人ふて腐れてたスタースクリームも、麻雀の面子が足りないからってジャズに連れて行かれた。

 その上、酔っ払ったバンブルビーがオプティマスにもう一度新年の挨拶をしに行く! って言っていきなり飛び出した時なんか、すかさずタックルして止める奴、「何で駄目なの? 何で今オプティマス忙しいのー!」と駄々をこねるバンブルビーを脅す奴、宥める奴、すかす奴、気をそらそうとする奴、よけいな事を言おうとしたラチェットの口を塞ぐ奴と、全員が心を一つにしているのを見て、僕が心配することもないなと思い直した。

 潰れて雑魚寝しているロボット生命体たちと、今年は絶対楽しくてとんでもない一年になるぞって予感と一緒に僕は今年最初の眠りについた。




                                              ENDE.



ジャズに、「地球の風習では正月最初の朝に『ゆうべはおたのしみでしたね』って言うんだぜ」と教えられのでバンブルビーは早速オプティマスに言ってあたりの空気を凍らせましたが、オプティマスに「ああ、素晴らしい夜だったぞ」って返されたのでどうでもいい気分になりみんなでまた酒かっ食らってぐだぐだな正月を過ごしました。



20090306 UP


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