Guardian savior











 ズンと低い音がすると、地面が細かく揺れた。

 近いな。

 ミサイルの衝撃を分析し、アイアンハイドは内心で呟く。

 にわか作りのリペア台に寝かされた体は動かない。

 小さな惑星のささやかなエネルギーを巡ってオートボットとディセプティコンは激しい争いを起した。オートボットは戦いに敗れ、この星から撤退せざるをえなくなったが、莫大なエネルギーを無駄にしたディセプティコンも手放しで勝利したとは言えず、空しさと憎しみが残るだけの戦いだった。

 ただでさえ士気が低下しているのに、ディセプティコンのミサイルの機嫌次第でスパークを吹き飛ばされるという今の状況は酷いストレスを生む。膝を抱えたままぴくりとも動かない新兵の顔を見るとなんの感情も浮かんでいない。疲労と恐怖が限界を超え、感情と理性を食いつぶしてしまったのだ。

「あいつにエネルギーを補給してやれないか? できればフレーバーのついたやつを」

 近づいてきたメディックに個人回線を通じて言うと、相手はゆっくりと首を振った。

「そうか……」

 アイアンハイドは呟いてひび割れた天井を見上げた。

 戦いに疲れ果て、エネルギーも無い。外にはディセプティコンが待ち構えている。

 だめかもしれんな。

 そんな考えがブレインサーキットを過ぎる。

 拠点を死守し撤退支援をせよとの命令を下し、アイアンハイドの小隊を残して大隊は撤退していった。

 それから二度この星の太陽が昇った後、通信兵からアイアンハイドに最後の命令が伝えられる。

 「爾後各個の判断において行動すべし」

 命令を聞かされた時、アイアンハイドは自嘲ぎみに笑った。

 逃げるも投降するも好きにしろ。という事だ。実質的な解散命令。救援は来ない。

 つまり俺たちは見捨てられた。投降してもなぶり殺しにされると知っているだろうに。

 解散を許したって事は、負け戦を引き起こした大隊長や参謀長は無事に宇宙に脱出し味方と合流できたのだろう。死守から解散に命令が変わったのは、少しは心苦しいと思ったからか? それとも俺たちの死に責任を負いたくないからか?  

 不安な表情を浮かべる部下たちに、耐えていれば必ず迎えが来ると言って戦わせた。十中八九敵わぬと判っていながら。それはアイアンハイド自身が上官から言われた言葉でもあった。

 アイアンハイドを信じて戦った部下達の事を思うと、強烈な自己嫌悪が襲う。

 罪滅ぼしにもならんが、せめてお前たちが脱出できるように俺が時間を稼ぐ。

 アイアンハイドは内心密かに決意し、皆を見回した。

「お前たちには悪い事をしたな。隊長が俺のせいで」

 負けた戦いのつけは、無茶な侵攻作戦に苦言を呈し煙たがれたアイアンハイドに全て押し付けられた。

 戦う事は軍人の本懐だが、自分が上層部に嫌われていたせいで小隊の皆まで巻き込んだ。それを済まなく思う。

「逆ですよ。あんたが隊長でよかった。そうでなきゃ俺たちはとっくに死んでた。だから、隊長が気に病む必要は無い。必ず迎えに来るとか上手い事言って隊長に尻拭いさせたやつらの事は許す気になれませんがね」

 近づいてきた小柄な銀色のロボットが言って、宥めるようにアイアンハイドに触れる。

 こいつが、ジャズがいたのは不幸中の幸いだった。頭が良いし、度胸も男気も有る。後を任せるのにこれほど安心できる奴はいない。アイアンハイドはそう思いながらゆっくりと口を開く。

「お前たちも急いで撤退しろ。死に物狂いで追いかければ、この星を脱出する最後の船に間に合うかもしれん」

「なんで他人事風なんです?」

 ジャズが面白く無さそうに唇の端を吊り上げて言った。頭の良いジャズは、アイアンハイドがどういう行動に出るのかを予測している。

「ジャズ、俺の最後の頼みだ。お前が隊のみんなを連れて逃げろ。斥候に出したバンブルビーが戻ってきたらすぐに行け。俺はここでやつらをひきつけて時間を稼ぐ」

 予想通りすぎるアイアンハイドの言葉に、ジャズが露骨に嫌そうな表情を作る。

 こんな所に一人残ればどうなるか判らぬはずがない。

「これだから嫌なんだよ、思考がマッチョな奴は。もっと前向きに逃げようぜ」

「……俺は手負いだ。ここに残る」

 前向きに逃げるってなんだ? と思ったが、ジャズに口で敵わないのは判っているので、アイアンハイドは違う理由で反論した。

「傷が無い奴なんてここにいるかよ? 動けない訳じゃないんだろう」

「負傷個所がスパーク近くのため動かないよう回路を切ってありますが、簡単な治療で元通りになります。時間が無いのなら一刻も早く治療を始めたいのですが、スパークチェンバーに触れてもよろしいですか?」

 メディックに即言われ、ほらな? 逃げる体力は十分だろうとジャズは勢いを得る。

 言い返す言葉を失ったアイアンハイドはとりあえずメディックに頷き、律儀なメディックは「では失礼します」と言ってアイアンハイドの装甲を外していく。

「俺はお前たちを守りたいんだ」

「判ってるよ。あんたはいつも俺たちを守ってくれた。感謝してる。でも、あんたはここで死ぬべきじゃない」

 苛立ちとやりきれなさで爆発しそうだったが、ジャズは冷静に言う。

 冗談じゃない。アイアンハイドを死なせてたまるか。おれは今までさんざんあんたに世話になったのに、あんたへの恩をこれっぽっちも返してないんだ。

 クソッ!

 ジャズは心の中で毒づき、アイアンハイドの顔を覗き込んだ。

「一緒に逃げようぜ、隊長」

 解散を命じられても、ジャズは変わらずアイアンハイドの事をそう呼んだ。食い下がるジャズにアイアンハイドは首を横に振る。

「いや、お前たちだけで行くんだ。俺たちがいない事に気付いたら、ディセプティコンズがすぐに追ってくるぞ」

「あんたが来ないと、バンブルビーが大騒ぎする。あいつはうるさいぞ」

「音声回路切って引きずっていけ」

「なんでそんなに頑固なんだ! おれはあんたを尊敬してるし、死んで欲しくない。責任を取りたいって言うのなら一緒に来てくれよ。おれたちにはあんたが必要なんだ!」

 普段は飄々としていて、クールに振舞っているジャズが声を荒げると、返事をする前にメディックがアイアンハイドに静かに問いかけた。

「セイバートロンに大事な方を残していらっしゃるのでは?」

「いや?」

 メディックの突然の問いに首をかしげ、アイアンハイドは不審そうな顔をする。

「なぜそんな事を聞く?」

「お気付きでないとは相手の方がお気の毒です。あなたをずいぶんと大事に思っていらっしゃる方が居られますよ」

 その言葉に、アイアンハイドのブレインサーキットに迷惑ばかりかけている医者の顔が浮かんだ。だがアイアンハイドは慌ててそれをうち消す。

 あいつは治療が必要な患者にはみな優しい。勘違いするなと自分に言い聞かせる。現に、医者と患者以上の何かがあったことなど一度も無い。

「ここです」

 戸惑っているアイアンハイドに、メディックはアイアンハイドの胸部を拡大した画像を見せた。

「スパークとその付近は大変デリケートで、緊急でもない限りはむき出しにすることはありません。普段は見えないこの部分にあなたを守る護符が彫られています。なんという素晴らしい技術だろう。本当に美しい……」

 メディックはアイアンハイドに彫られた護符の精巧さに深く感嘆している様子で、羨ましそうに呟く。

 治療のためアイアンハイドのスパークは晒され、澄んだ青い光を放っていた。美しく意匠化されたセイバートロンの古い文字がアイアンハイドのスパークを縁取り、青い光に照らされている。

 アイアンハイドの無骨なボディの、命と心が納められた大切な部分に、丁寧に、心を込めて彫られたのであろう美しい祈りの言葉。

 アイアンハイドの中に熱いものがこみ上げてくる。心当たりは一人しかない。

「ああ、綺麗だ。俺にはもったいないくらいの……」

 ラチェット。

 出征する直前に、ラチェットはアイアンハイドの体を診た。きっとあの時彫ったのだ。

 ラチェットが激務の合間を縫って無理やり時間を作った事を知ったアイアンハイドは遠慮したが、逆らった瞬間にラチェットはアイアンハイドの回路を切り目の前が暗くなった。

 リペアが終わり再び意識を取り戻した時、ラチェットはアイアンハイドの胸元に触れながらこちらを見ていた。目が合うと、必ず私の所へ帰って来いと言ったラチェットの顔がブレインサーキットに浮かぶ。

 ずっとラチェットの深い優しさと愛情に守られてきたのだと気付く。自分の命を自分の思うように使って何が悪いと思っていた傲慢さを恥じた。自分も誰かに守られて生きている。粗末には出来ない。

「お心当たりが無いのなら私が口出しすることではないのかもしれませんが、これを彫ったのは、あなたのお体に触れた医者や技術者の中で一番腕の良いお方です」

「いや、今なら判る。本当に俺には過ぎた奴だ」

 ラチェットがどんな気持ちで戦場へ往くアイアンハイドの無事を祈り、今もセイバートロンで自分の帰りを待っているのかと思うと、スパークが痛むと同時に、必ずその想いに答えるという闘志が湧いてくる。

「俄然生きて帰る気になった」

 アイアンハイドの言葉を聴いて、メディックは笑った。

「なんとまあ現金な」

「つまらん意地であいつを裏切るところだった」

「おいおい、オッサンの意固地まで治すなんてどれだけ名医なんだよ。ラチェット様様だな!」

 ジャズが嬉しそうに言い、次の瞬間にうっかり名前を出してしまった事に気付いて慌てる。

 ぎろりとアイアンハイドに睨まれ、肩をすくめた。

「ああ、いや、医者って言うから知り合いの名前がつい出たってだけで、おれは、その、詮索もして無いし。何も知らないぜ?」

 治療が終わり、のっそりと体を起したアイアンハイドが苦しい言い訳をするジャズに近づく。

 ぶん殴られるかと思ったが、すれ違いざまに肩を叩かれただけだった。

「腑抜けてて悪かったな。もう大丈夫だ。お前たちにかけた迷惑は、生きて償う」

 アイアンハイドは両腕に治療のため外していた武器を装備しながら言った。その後姿を見て、ジャズがにやっと笑う。

「早々に楽になってもらわれちゃこっちが困る。まだまだ面倒な事は隊長にやってもらわなきゃな」

 頼もしい後姿に向かって、嬉しさが隠しきれない顔をしたジャズが減らず口を叩いた。


ENDE.


ケロロ小隊みたいなのを想像。ラチェットいないけどアイラチェと主張。タイトルはフィーリング。
この後帰ってきた空気読めないバンブルビーがアイアンハイドを見て「わーこれラチェット先生がやったんでしょ! いいなーすごいねー」などと言います。
前からしつこく言ってますが、お互いの体に彫りあいするとか萌える。



20090206 UP


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