exam
バンブルビーが熱心に勉強していると感心して後ろから覗き込んでみると、一生懸命書き込んでいるのはパラパラ漫画だった。
ジャズは問題集をアイマスク代わりに顔に乗せて爆睡している。
問題集をにらみ付けるアイアンハイドのボディからはうっすらと白い煙が立ちのぼり、隣で問題を解説しているラチェットの目は調教師そのものだ。
オプティマス・プライムは、部下達の様子を一通り見回すと、自分の席に戻りさきほど採点に出した模試の結果を確認した。
八十九点。
合格点は余裕で超えている。だが、過去最低の点数を見たとたん、ショックのあまりオプティマスの目の前が真っ青になった。青画面に白い字で「システムが不安定になっています」との警告メッセージが出る。
こんな点数、バンブルビーには絶対に見せられん!
完成したのか、満足そうに問題集のページをパラパラと送っているバンブルビーを横目で見ながらオプティマスは思った。
一体何を間違えた。と思い確認してみると、答えは判っているのにありえないミスをしていた。あまりのありえなさに皆に見せてすごいと言って欲しいくらいだったが、司令官という立場を考えて断念した。バンブルビーの夢は壊せない。後でメガトロンに見せてバカと言ってもらおう。
グレートウォーの混乱で必要な資格を取得していなかったオールスパーク探索メンバーは、ディセプティコンズと和平を結んだ今、資格試験との新たな戦いを強いられている。
ラチェットと私は問題あるまい。オプティマスは思った。この二人は模試で合格点以下を取ったことがない。
サボっている姿しか見ていないが、ジャズは合格する程度には勉強していると豪語する。ラチェットは小言を言うが、オプティマスはジャズの心配はしていない。試験に落ちるなどジャズの美意識に反する事をするはずがないのだ。
バンブルビーは、たまに居眠りをしたりデジタルペンをいかに上手く回すかということに夢中になりながらも、判らないところはオプティマスやラチェットに聞いて基本的に真面目にやっている。
問題を見たとたん「何を言っているのかさっぱり判らん」と堂々と言ってのけたアイアンハイドは微妙だが、ラチェットが何が何でも合格させると言っているので大丈夫だろう。むしろ、アイアンハイドがラチェットのスパルタ教育で壊れてしまうのではないかという問題の方が深刻だ。ラチェットは、アイアンハイドの体と心が試験終了まで持てば良いというポリシーで調教を進めている。
どうやら私は安心してよさそうだとオプティマスが思ったところでメガトロンからメッセージが届いた。
「会いたい」という素っ気無い一言。
メガトロンと何度かやり取りをした後オプティマスは立ちあがり、ラチェットがちらりとオプティマスを見た後、アイアンハイドへ目線を戻す。
求めるのが罪だった期間はあまりにも長すぎた。ようやく長い長い飢餓状態から開放され、好物が目の前にあるというのに恐る恐るとしか手を出せない甘え下手なオプティマスはラチェットの良いからかいの種だ。
美味しいご馳走はすぐに食べてしまわないと。大事にしているうちに別の誰かに掻っ攫われても知りませんよ。というラチェットの言葉に「それは困る!」と思わず大声を出してよけいに笑われた。
「私はもう休む」と伝え、皆の「おやすなさい」に頷いて部屋の外へ出る。なんとか浮かれた様子をみせずに外へ出る事が出来た。ラチェットは気付いて知らぬフリをしてくれたのかもしれないが。
スパークが熱くなり、オプティマスは落ち着かせるように胸元にそっと触れた。
メガトロンは近ごろ多忙を極め、会えない時間と寂しさばかりが増えていく。我慢するのは慣れていると思っていたが、地球で再会を果して以来、浅ましいと思いつつも際限なくメガトロンを望んでしまう。
私は、こんなにだらしなかっただろうか?
深刻な顔をして、相談相手のラチェットにオプティマスは言った。ラチェットは心底何を言っているのだという顔をし、「オプティマスそれは恋の正しい症状です」と見立てを下す。
どんなに忙しくても、疲れていても、恋人には会いたいものでしょう? 私がエネルギー充填の時間を惜しんで勤務していた頃も、恋人と四ブリーム会える時間があれば会いに行ったし会いに来て貰ったものです。そうラチェットは言って、オプティマスは今まで知らなかった情熱的なラチェットのプライベートに内心密かに驚いた。
確かに、今と立場が逆で、オプティマスが目が回るほど忙しかった時、わずかな暇にメガトロンが会いに来てくれたのは嬉しかった。
だが、私が嬉しかったのだからメガトロンもそうだと断言できないのがオプティマスで、メガトロンはオプティマスの邪魔にならないようにスマートに会いに来てくれたが、自分はそれが出来そうも無い。
メガトロンの部屋で帰りを待っていた時に、お前の時間を無駄にしたくない。暇ができればこちらから連絡すると言われてしまったのが胸に氷のように残っている。
早く私に触れて溶かして欲しい。
オプティマスはほんの少しだけ目を細めた。
切なげに目を伏せたオプティマスを見て、ラチェットが口を開く。
「オプティマス、あなたはもっとわがままを言うべきでは?」
そう言われて、オプティマスは不思議そうな顔でラチェットを見た。その表情から、ラチェットはオプティマスが自分の言いたい事を理解していない事を悟った。
ああやはり。とラチェットは思う。オプティマスにとって、我侭はきくものであって言うものではない。最高議会で利己主義者たちにさんざん嫌な思いをさせられた経験からか、オプティマスは必要以上に自分の望みを外に出さない癖があり、ラチェットはそれを悪癖だと思う。
全く……。
あなたが一言欲しいと言えば、メガトロンは見える限りの星を獲ってくるだろうし、朝が来なければ良いと言えば星を砕き、無憂を望めば最高議会の議員達を皆殺しにするだろうに。
それとも、こんなお人だからこそメガトロンの恋人が務まるのか?
「恋人に我が侭を言われるのは嬉しいものです。あなたも覚えがあるでしょう?」
ラチェットが優しく言いなおすと、オプティマスは考え込むように首をかしげた。
最後に聞いたメガトロンの我侭はなんだっただろうか?
そうだ。偶然すれ違った時に、強引に人気のない場所に引っ張り込まれてキスされたのだった。
思い出すと、頬の辺りの温度が急に上がった。
その上、オプティマスに「愛している」と言わせた後、もう一度キスをして行ってしまった。突然の嵐のようにオプティマスの心を滅茶苦茶にかき乱し、放り出す。
私に寂しい思いをさせているのは自分の癖に、「お前に会えなくて寂しい」などと言うのだから、あいつは。
愚痴めかして呟くが、オプティマスの腰に手を回し、抱き寄せられた時の力強さを思い出すたびに胸が甘く締め付けられる。
「あなたのわがままを聞くのはメガトロンの特権です」
ラチェットの言葉に、オプティマスはぎこちなく頷いた。
「私もメガトロンにわがままくらい言っている」
「ほう? どんな」
「メガトロンにメッセージを送っている。これなら開いた時間に読めるだろう」
「…………」
どうだ。と言わんばかりに自慢げなオプティマスだったが、あからさまに不満そうなラチェットの冷たい視線をうけてオプティマスは焦った。
「毎日送っている!!」
「何を志の低い事を言っているのです。ここでなぜあなたの勇猛さを発揮しない!」
ラチェットの一喝と共に拳がテーブルに叩きつけられ、ラチェットお手製のお菓子が飛び上がった。
「す、すまない……!」
後片付けをしていた時にラチェットは思わず上司を謝らせてしまった事に気付いたが、まあ良い薬になっただろうと肩をすくめた。
一日の終わりに、負担にならないようにとオプティマスが控えめに送るメッセージに、メガトロンも短い返事を返してくれる。
今日は「判らないところがある。四ブリームで構わないから教えてもらっても良いだろうか?」と送った。
ラチェットに発破をかけられて言った、オプティマスなりに最大限のわがまま。
判らないところがあるのは嘘ではない。みえすいた言い訳を自分にする。本当は会いたいだけ。
メガトロンからすぐに届いた返事を見て、スパークが跳ね上がったような気がした。
「会いたい」
わざわざ言い訳を用意した自分と違って、メガトロンはなんとシンプルな事かと苦笑する。
「いつ?」
「今すぐ」
ストレートに言われ、オプティマスが悩んだ数百ブリームはメガトロンの一瞬で消滅させられた。
高濃度のエネルギーがキラキラと輝きながらグラスへ注がれる。メガトロンはグラスをオプティマスの前へ置いた。
その仕草を見つめていると、オプティマスの目線に気がついたメガトロンが「ん……」と声を漏らした。
「勉強するのにこれはまずかったか?」
そういう意味じゃないと遠ざかっていくグラスをオプティマスが恨めしげに目で追うが、新しく差し出されたグラスを悲しみを我慢して大人しく受け取った。
オプティマスに出すはずだった上質のエネルギーをメガトロンが一口含み、ゆっくりと飲み込んだ。「どれ」と言ってオプティマスの手元にある端末を覗き込む。
メガトロンの顔がすぐ側に来て、高濃度エネルギーの魅惑的な香りがふわっと広がった。
「どこが判らないんだ?」
ほんの近くでメガトロンの口が動くのに気を取られていたオプティマスは一瞬反応が遅れた。
「プライム?」
「あ、すまない。ここだ」
オプティマスの説明を聞いて、メガトロンは深く頷いた。
「成る程な」
「なぜこの答えになるのかどうしても判らない」
「お前の答えは合っている」
「そうだろう!」
「愚か者め」
わが意を得たりとばかりに勢い良く答えたオプティマスを見て、メガトロンが軽く頭を小突いた。
「問題を解く前に前提条件をよく読め、この試験にその科目は使わない。使うのは次のレベルの試験からだ」
「!!」
己のミスに気がついたオプティマスはショックを受けて目を見開いた。
「ずっと悩んでいたのにこんな初歩的なミスだったとは……」
答えが判っているのに間違う。またやってしまったとため息をついた。
「それより模試の結果を見せてみろ。……なんだ、ずいぶんと余裕があるではないか」
メガトロンが拍子抜けしたように言ったが、詳しく内容を見ていくうちにだんだんと顔が険しくなる。完璧に理解しているのに、なぜこんな? というミスでちょくちょく点数を取り逃している。
「……また貴様はつまらんミスを」
ぎろりと睨み付けられ、オプティマスは決まりが悪そうに首をすくめた。
「手を抜いているつもりはないのだが。どうしても気分が乗らなくてな」
「気持ちは判るがな。いまさらこんなくだらん試験なんぞ馬鹿馬鹿しくてやってられん。それを規則だからだのなんだのと……」
先に試験を受けさせられたメガトロンがぶつぶつ文句を言う。
「お前の望んだ『平和』とやらがお前に馬鹿馬鹿しい試験を押し付けたのだぞ。自業自得だ」
メガトロンは皮肉を言ったのに、なぜかオプティマスは嬉しそうに笑った。
「お前も従った」
あの「メガトロン」が。自分の道理を押さえて従った。
オートボットと本気で共生しようと思ってくれているのだ。
「そうだ。俺はお前の被害者だ。下らん事に耐えるのがお前の言う平和か?」
メガトロンは意地悪く言ったが、オプティマスはますますにこにこと機嫌の良い笑みを浮かべる。
「メガトロン」
「なんだ?」
面白くないがにこにこしているオプティマスは可愛い。そのジレンマに上手く対処しきれず、メガトロンは不機嫌そうな声を出してしまった。しくじったと後悔したが、オプティマスは気にしていないのかそっとメガトロンに体重を預けた。
「嬉しい」
小さく囁く。
「お前が迷惑をこうむっているのは悪いが、お前が私と同じ道を往こうとしてくれるのが、嬉しい」
メガトロンはオプティマスの肩に手を回し、抱き寄せた。ここで余計なことを言うようなへまはしない。
「わがままを言えとラチェットに言われたのだ……」
その言葉を受けて、メガトロンが腕の中のオプティマスの耳元で囁く。
「何が欲しい? 何をして欲しい? お前の望みを言ってみろ」
オプティマスを大事に思ってくれている気持ちが嬉しくて、融けそうになる。
だけど。
「いろいろ考えてはみたが、結局のところ、お前が側にいてくれれば私はそれで満足してしまう」
オプティマスはメガトロンから少し体を離し、手を伸ばしてメガトロンの両頬を包み込んだ。
猛々しく、強い。
他人を傷つける事も、自分が傷つく事も恐れぬ。それどころか、世界を破壊する事も厭わぬ。
その苛烈さもすべて愛している。
「この星の国家元首としては問題があるが、おまえにおまえのままでいて欲しいと望むのが、私の最大にして唯一のわがままだろうな」
あまりにも強すぎるがゆえに、この星でメガトロンは異質だ。孤独と言っても良い。それゆえの苦しみや苛立ち、欲望をを抑えきれず、メガトロンは悲劇を起こした。
私もそれを止められなかった。あの苦しみは二度と味わいたくない。その為ならどんな努力でもする。
オプティマスの胸に苦い思いが広がる。
「本当は、自分の思うがままに振舞うお前を見ているのが好きだ。お前と志を共にするディセプティコンを羨ましく思う。だが、私にも譲れないものがあるのだ。お前に失望されぬよう、私も精一杯努力するから。どうか、永久に共に……」
じっと目を見ながら言うと、珍しくメガトロンが少しうろたえた。動揺を悟られるのを厭い、目を煽らす。
「お前のその言葉こそが俺を平和とやらに縛り付ける。為政者として俺を封じ込めたいならこれ以上のやり方は無い。お前は自分の国家元首としての有能さを誇って良いぞ」
オプティマスの顔があまりにも切なくて、スパークに焼き付けられる。オプティマスの深い愛が鎖となって自分をがんじがらめにする。しかも、自分の自由を奪うと判っていながらその鎖を引きちぎる気になれそうもない。
「だが、俺の情人としてなら、俺に我慢を強いる酷い言葉だ。それだけの償いはして貰わねばなるまい?」
メガトロンの言葉に不思議そうな顔をしたオプティマスを強く抱きしめた。
「待ちかねたぞ。お前をこうやって腕に抱くのを」
メガトロンの満足そうな声を聞き、思わずオプティマスが口を開いた。
「お前だけじゃない。私だってずっと……!」
思わず声が上ずった。
正論を振りかざし、それ以外のものを切り捨てる。常に強いものの理論で動き、弱いものを省みない。
少しでも近くに居たかったのに、メガトロンを待っていた事を無駄だと言われた時の痛みを思い出す。
「さびしかったのだぞ」
メガトロンの背に触れている指にきゅっと力がこもる。
「すまなかったな」
メガトロンが深い排気とともにそう言った。
「もういい。今はこうしてお前と一緒にいられるから……」
少し感情的になった事を反省してオプティマスが言うと、メガトロンはすぐ口を開いた。
「違う。お前に寂しい思いをさせたのもだが、俺はお前に酷い事を言った。せっかく、俺を待ってくれていたのに」
オプティマスは驚いてメガトロンを見上げた。
おそらく、そんな事を言ったのは初めてで、どうして良いのか判らないのだろう。メガトロンは、すまなそうな、困ったような顔をしていた。
「これからは少し配慮しよう」
「ひょっとして、後悔してたのか?」
「してたら悪いか?」
オプティマスが言い出せなかった寂しさをメガトロンが知っている。しかも、謝ってくれている。
あまりにも嬉しくて、言葉が出ない。メガトロンが愛しくて愛しくてじっと顔を見つめていると、メガトロンが手を伸ばしてオプティマスの頬に触れた。
「朝まで一緒に居られるのだろう?」
顔を近づけ、意味ありげに囁かれる。
「それとも、本当に勉強だけしに来たのか?」
「違う……!」
意地の悪い問いに、オプティマスは思わず声を上げた。
自分の言った事の意味にはっと気がついて、熱が昇ってくる。
「違うのか」
メガトロンが愉しそうに笑うので、ますます顔が熱くなる。判ってはいたが、見透かされているのだから、最初から高濃度エネルゴンを我慢しなければ良かった。
恥ずかしさに耐えていると、メガトロンが言う。
「お前、俺の忍耐力を試してでもいるのか?」
メガトロンがあまりにも真面目な声で言っているので首をかしげる。
「どういうことだ?」
「笑ったりかわいい事を言ったり……。朝が来てもお前を手放せるか自信が無くなったぞ」
お前を我慢するテストがあれば、俺は即落第するだろうな。とメガトロンは言ってオプティマスを抱き上げた。
ENDE.
オプティマスは100点とったのでバンブルビーの尊敬を一心に受けましたが、ラチェットはその100点はメガトロンに「満点とったら褒美をやる」と言われたからであり物がかかると強いオプティマスの現金さに由来するものだという事は黙ってあげました。
そのうち試験を受けるディセプティコンズねたも。
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