突然オプティマスが巨大な銃を取り出したので、僕はびびった。
バンブルビーは、「もうすぐおとうさんかえってくる!」とぴょんぴょん飛んではしゃぐ。聞いてみると、メガトロンから今から帰るという連絡があったらしい。
オプティマスは深刻な顔で、僕に話があると言った。びびる……。
「サム、私はこの問題をごく内々に解決しようとしているが、すべての選択肢を君に提示しておこうと思う。君が望むのなら、この問題を最高議会に提出することもできる。我々の代表と、君たちの代表が話し合い、決着を付ける事になるだろう。だが、私は君が私の庇護から離れる事を危惧する。私的な意見だが、君の身柄を最高議会に委ねる事で君が今よりもっと不利益をこうむる可能性がある。つまり、政治的に利用される危険があり、煩雑な手続きと空虚な議論が君を待っているだろう。そのかわり事件は公になり、君には十分な賠償が、メガトロンにはしかるべき罰が与えられるかもしれない。だが、奴はこの問題を逆手にとって……」
オプティマスは一瞬言いよどんでから続けた。
「最高議会を潰すか、地球侵略の口実にする可能性のほうが高い。あるいは両方。もちろん私も最大限の努力はするが」
「僕はできればこっそりと帰りたいな。面倒なことになりそうだったら上手く誤魔化して欲しい」
地球の危機に主人公が迫られるのは難しい二択と相場が決まってるけど、僕の場合は小学生のテストより簡単だ。僕は迷う事無く正しい選択をしてオプティマスに伝えた。
「了解した」
オプティマスは頷き、そういう訳で愛する夫の帰りを完全武装で待っている。
「ただいもー」
「おかえりんご!」
帰宅したメガトロンにバンブルビーが飛びつき、メガトロンはバンブルビーを抱っこしたままオプティマスにただいまのキスをしようとする。が、オプティマスに顎を捉まれ、銃を突きつけられ睨み付けられる。
「少し話したいことがある。心当たりがあるだろう、メガトロン?」
「お邪魔してます」
怖い顔したオプティマスと僕を交互に見て、メガトロンは話が何事か悟っただろう。ざまあみろ!
だが、巨大なブラスターを片手にメガトロンを外へ引きずっていったオプティマスは、なぜかメガトロンと手をつないで帰ってきた。
一体何があったんだ……?
「一対一で戦っていると、ついプロポーズされた時の事を思い出して新婚気分になってしまった。あの時より今のほうがずっと私を愛しているとメガトロンは言ったが」
「そりゃなにより。ところでオプティマス、僕の件の話はついた?」
「……すまない、忘れていた」
やっぱり!!
オプティマスも当てにならない!
僕が絶望しかけると、メガトロンに抱っこされたバンブルビーがメガトロンに聞いているのが聞こえた。
「おとうさんサムはごはんなにたべるの?」
「多分スシだな」
おまえはスシって言いたいだけだろう。適当言いやがって。
「スシが食べたい」
僕は嫌味でそう言ってやった。スシなんか出せるのか、出せないだろ。困らせてやる。
「ほらみろ。人間はスシを与えると大抵喜ぶんだ」
ほらみろじゃない! 何得意げにしてるんだ。
「ほんとだおとうさんスシって!」
バンブルビーは素直に感心している。
「めんどくさいな。ミミズの餌でよくないか? 残っていただろう」
いいわけあるか!
「僕はスシじゃないと食べないよ」
僕は内心必死だったけどはったりをきかせてなるべくふてぶてしく見えるように言った。
「だめって。おとうさんサムはスシじゃないとだめってよ!」
バンブルビーは興奮している。そこまでスシが好きなわけじゃないけどね……。いらない誤解を与えてるような気がするけど、それもこれもメガトロンのせいだ。
「こいつはアメリカ人だからピザも食べるだろう」
諸悪の根源は僕の心労を知らずにさらにほざいた。くそ!
「ああ食うさ、アメリカ人だからな。ミミズの餌は食わないけどな」
僕が投げやりになって言うと、側で話を聞いていたオプティマスが口を開いた。
「ではメガトロンが私にくれた地球土産はどうだろうか? 椿油、オリーブオイル、ごま油、落花生油も有る。どれも非常に美味しかった。君の口にも合うと思うが」
オイルが好きなんだ、オプティマス……。
「せっかくだけど、人間は油を飲む習慣がないんだ」
僕が言うと、オプティマスはメガトロンを急き立て、メガトロンはしぶしぶどこかへ出かけて行った。
しばらくバンブルビーと遊んでいるとメガトロンが帰って来たので夕食だとオプティマスが僕たちを呼びに来る。
パルテノン神殿みたいな巨大なテーブルの上には、僕用の人間サイズのテーブルと椅子がおいてあった。僕のテーブルに置かれているものを見て目を疑う。
テイクアウトのスシとミネラルウォーターのペットボトル!
困らせようと思って言ってやったのにまさか本当に買ってくるとは……。ていうかこれ本当にスシかな?
みんなで席について夕食を始める。何もかも興味津々だ。
僕はスシを食べるべきかやめるべきか悩んだ。すごくお腹が減っていて、目の前のスシはつやつやしていていかにも美味しそうだ。
「メガトロン、サムをどうするつもりだ」
オプティマスがメガトロンに言うと、メガトロンは僕のほうを見た。
「俺のペットにしてやろう」
「お断り!」
僕はぴしゃりと言って、思い切ってスシを頬張ると固まった。何だこれ!! う、美味い……!
「メガトロン、お前があくまでもサムを地球に返さないと言うのなら、私は復職してお前と争う覚悟があるぞ」
「ほほう、面白い。最近退屈していたところだ。バンブルビー、次俺にも醤油かしてくれ」
「あっ、ちょっと味付けが薄かっただろうか?」
「いや、丁度良くなったからいい」
緊張感があるんだかないんだかわからない会話もだけど、僕はバンブルビーとメガトロンがかけた「醤油」が気になって仕方がなかった。それ醤油じゃないだろ。醤油はそんな虹色の液体じゃないだろ。
僕がみんなの食べているものをじっと見ていたのに気がついたバンブルビーが僕に言う。
「サムおすしおいしい〜?」
「うん。僕こんな美味しいスシ初めて。だけどスシなんでどこから持ってきたの? まさか科学の力で出来た合成スシとか……」
今まで食べたスシより得体の知れないロボットに食べさせてもらったスシの方が美味しいとはなんたることだ。人間としてちょっと屈辱だ。
「スシといえば日本に決まっているだろう。日本製だ」
「おとうさんニホンまでいったって! おとうさんほんとはサムのことすきだから」
「ちょっと待った。ニホン……、つまり地球まで行ってスシ買って来たって? そんな余裕があるなら今すぐ僕を家に帰してくれ!」
僕は思わず声を大きくした。バンブルビーもなにか聞き捨てならないこと言ったけど、これは突っ込まないでおく。
「今日はもうめんどくさい」
こ、この野郎!
「メガトロン!」
オプティマスが僕の代わりにメガトロンを睨むと、メガトロンは僕を指差しながら口を開いた。
「言っておくが俺はこいつを地球に返す義理はない。第一俺はこいつの命を救ってやったんだぞ。……何だその疑いの目は」
なんでこんなに信用ないんだってくらいの目でオプティマスとバンブルビーはメガトロンを見ている。
「俺が地球で飛んでたら、こいつが竜巻に向かって車を走らせているのを見つけてな。普段なら気にもとめんが、コイツの車がカマロだった」
「おいらといっしょ!」
「そうだ、だから車ごと助けた。良い土産になると思ってお前の車を譲って欲しいと言ったら、運転手つきでどうぞと言われたから連れて来たまで。俺に非はない」
メガトロンの言葉に僕は動揺する。
「誰がそんな事言ったんだ!」
「セクターセブンのシモンズとかいう人間の男だ。あいつは俺をいやらしい目で見るから好かん。俺の体目当てにいつも媚を売ってくる……」
メガトロンが最後には不快そうな口調で愚痴ったが、僕は相手をするどころではない。
なんてこった。僕は同じ人間に売られたのか……! 僕は呆然とした。
「その話が本当だとしたら、珍しくお前はあまり悪くないな。比較的だが」
オプティマスの台詞に僕はちょっと笑いそうになった。どれだけ日ごろの行いが悪いんだ、メガトロンは。
「そういえば、僕の車は?」
「あまりにも薄汚れていたので修理に出したぞ。明日にも新品同様で戻って来るだろう」
「サム、もちろん車は君に返す。地球へも送っていく。他に何か償える事は?」
オプティマスはメガトロンに口を挟ませず言い、僕の返事を待っている。
僕は少し考え口を開いた。
「いや、いいよ。車を綺麗にしてくれたからそれでいい。なんか命も助けてもらってたみたいだし。ありがとう」
「しかし……」
「いろいろ酷い目にあったけど、僕は実際のところ、ここへ連れて来られて良かったと思っている」
僕はバンブルビーをじっと見て、バンブルビーも僕を見返し、お互いに笑いあった。
「あ、ごめん。して欲しいことが一つあった。ママに電話しなくちゃいけない」
僕が言うと、オプティマスはお安い御用だと請け負ってくれて、やっぱりメガトロンを急かした。
少し待っててくれと言われ、JUSCOってプリントしてあるスーパーマーケットの袋からお菓子とジュースを取り出してTVを見る事にした。(なんと地球のドラマがやっている)
しばらくすると「よぉバンブルビー」と声がしたのでふり向いた。銀色の針金束ねて青豆電球つけたみたいなロボットがバンブルビーに片手を挙げて挨拶した後、ひょいひょいと軽快な足取りで僕に近づいてくる。
「スシ美味かったか?」
「うん……」
TVアンテナが喋ったかと思った。大きさもそのくらいだし。これぐらいでは驚かなくなっている自分が怖い。
「だろ? やっぱりフレンジー様の情報収集能力はスゲーぜ。お前のスシは俺が買ってきてやったんだからな。感謝しろよ。っと、家に電話したいんだろ? ほれ俺のケータイ使えよ」
放り投げてきたのはiPhoneだった。いや、iPhoneそっくりなんだけど別物に違いない。セイバートロン星からアメリカの僕の家に電話できるんだから。
僕は、初めて買った車が嬉しくて、車で一人旅をしていたんだ。電話するって約束したのにしてないからママがきっと心配してる。
コール音が数回続き、ママが電話に出る。
「ママ? 僕」
「サム! あなたなの? ちゃんとママに電話しなさいって言ったでしょ! 何度かけてもあなたの携帯には繋がらないし」
まあ、当然「圏外」だろうね、ここは。
予想通りのママのお小言に僕はうへぇと首をすくめた。
「竜巻は大丈夫だったの? あなたが行くって言ってた所に竜巻が発生したってニュースでやってたからママ心配したのよ」
やっぱり、メガトロンの言っていたのは本当だったのか。
僕はぞっとした。たまたまメガトロンがそこにいて、たまたま僕の車がカマロだったから助かった。じゃなかったら死んでたかもしれない。
「ごめんママ。竜巻が起きたなんて知らなくてさ。僕は大丈夫だから。そこへは行かなかったんだ。だからヘーキ。携帯も……ちょっと壊れちゃって。うん、旅行はもうちょっと続けるよ、心配しないで。また電話する」
僕は電話を切った。とりあえず今はこれで良い。正直に話すかは帰ってから考えよう。
僕がほーっとため息をついて、オプティマスにOKのサインを出した。
気がつくとフレンジーはいつのまにか僕が尻ポケットに入れていた携帯をつまみあげていた。なんて手癖の悪い奴だ。
「お前が話してる間にちょっと改造してやったからよ。地球行った時は電話するわ!」
フレンジーは手にしていた僕の携帯を放り投げ、僕もお礼の言葉と共にフレンジーの携帯を返した。
僕の携帯は勝手に知らない番号が登録されている上に圏外じゃなくなっていた。
「バリケード、帰ろうぜ!」
フレンジーが声をかけた方向を何気なく見ると、うぇ、あの根性悪のパトカーロボットがいる。僕は反射的に顔をゆがめた。
「なんからしくない事して気持ち悪いよ」
僕はフレンジーに言った。だって、バリケードはバンブルビーを膝に載せて絵本を読んであげてたんだ。
「あー、バンブルビーがな、将来バリケードをお嫁さんにしてあげるって言ってからなんか……。あいつ意外と尽くすタイプだったって言うか……。ガキの言う事本気にしてる訳じゃねえとは思うけど、あいつ友達あんまいないからな。まぁ、なんだ。俺もキモいと思う」
「バリケードばいばい!!」
力いっぱい手を振っているバンブルビーにバリケードは手をふりかえした。おぇぇえぇぇ。
「バンブルビー、バリケードと結婚するの?」
僕はだいぶ不安に思いながらバンブルビーに聞いてみた。
「うん、おいら、おとうさんとけっこんして、おかあさんとけっこんして、ラチェットせんせいとけっこんして……」
「あ、それならいいや」
二人(?)が帰った後、僕が携帯を不安に思いながら見つめていると、携帯の向こう側でオプティマスがメガトロンに膝枕をしているのに気がついてしまった。
すっごく気になったので、携帯を弄るフリをしながらちらちらと二人を見る。
オプティマスはクリーニングロッドを手にして、メガトロンの掃除をしているみたいだ。メガトロンは気持ち良さそうに目を細めている。
「メガトロン」
「んー?」
メガトロンはとろんとした目で返事した。オプティマスは、手元から目を離さずに口を開く。
「平和な生活は、退屈……、なのか?」
「俺が退屈だとしても安心しろ。お前を二度と手放さないと言っただろう? 昔の俺のように争いを望んだりはしない」
メガトロンは気持ち良いから動きたくないらしく、膝枕でうっとりとしながらそう言った。
「お前が辛い思いをしているのなら私も辛い。お前の犠牲の上に私の幸せが成り立つのを望まない。不満があるのなら共に話し合いたいのだ」
オプティマスはついに手を止めて言った。平静を装ってたけど、ホントはすごく気になってたんだな、食卓でのあの一言。
メガトロンもそれに気付いたらしく、目に力強い光が戻った。
「戯言をそう深刻に取るな。それに、お前が構ってくれるのなら退屈じゃないぞ」
安心させるようにちゃんと目を見て言って、手を伸ばしてオプティマスの頬に触れる。指がついとオプティマスの唇をなぞり、オプティマスがくすぐったそうに目を細めて指から逃げるように少し顔をそむけた。
「メガトロン、あとで……」
「あとでな」
二人は見つめあいながら意味深に言うと、オプティマスはまたクリーニングロッドを動かしはじめ、メガトロンは気持ち良さそうに目を細め、僕は妙に恥ずかしくなった。
「いつもあんなカンジなの?」
バンブルビーに顔を近づけ、そっと聞いてみる。
「うんいつも」
バンブルビーはテレビに夢中で、現在のところ両親に全く興味が無いらしく、テレビを食い入るように見つめながら僕に返事をした。
見つからないようにこっそり観光したり、一晩中話したり、僕はセイバートロン星で充実した数日をすごした後、地球に帰ってきた。
家の近くに車と一緒に降ろしてもらって、見慣れた景色を噛みしめながらゆっくり車を走らせる。
別れの時にはバンブルビーはこの世の終わりってくらい泣きながら見送ってくれて、僕も鼻の奥がツンとした。僕たちはまた絶対会おうと固く約束した。ラッキーな事に電話はいつでも出来る。
家へ着いた時、心底ほっとした。ママの薔薇もモジョの小屋もパパの小道もそのまんま。
違うのは僕のぴかぴかの最新型カマロ。僕は車を車庫に入れて庭へ行く。
「ただいま、ママ、パパ」
「おかえりなさいサム、旅行どうだった?」
庭の薔薇に水をやっていたママが手を止め、僕をハグした後尋ねる。
「甘ちゃんのお前には車の一人旅なんてきつかったろう? 田舎だしテレビゲームもないしな!」
芝生を手入れしていたパパが僕をからかうように言った。
「そんなことないよ。すごく良い旅行だったよ。一人で遠くまで行くのも悪くないね。一生の思い出になった。それに最高の友達も出来たんだ」
「あら素敵! お茶を入れるから話を聞かせてちょうだい」
ママが嬉しそうに言うと、ガレージに停められた僕の車を見たパパが目を回した。
「サム! この車はどうした?」
「それも含めて話すよ」
甘ちゃんの僕にはハードすぎた旅をね。
その後、セクターセブンのシモンズっていう本当にいけ好かないやつが来て僕の家と庭を荒らしたり、モチを喉に詰まらせて声が出なくなったバンブルビーが地球に来たりといろいろあったんだけど、それはまた別の話!
ENDE.
20081123 UP