shadow








 視界の端をちらりと掠めたのは、オプティマスではなかっただろうか。

 青に鮮やかなフレイムを見たような気がした。

 それとも、オプティマスのことばっかり考えていたから無意識のうちにデータを引き出しでもしたのかな?

 バンブルビーは首をかしげた。

「オプティマス?」

 音声でなく、オプティマスの個人回線にアクセスして呼びかけてみるが、オプティマスから返事はなく、メッセージを残すか? という定型文が返ってきた。珍しい事だ。

 取り込み中?

 バンブルビーが不思議に思っていると、ジャズから回線を開くよう要請があった。

「ジャズ、なに?」

「オプティマスを知らないか?」

「う……ん。知らない訳でもない、かな? オプティマスを見たような気がしたんだけど、呼んでみたら返事がなかったんだ」

「俺もだ。一度断ったんだが、どうしてもパーティーに出席してほしいって連絡があってな。オプティマスに確認したかったんだが」

「じゃあ、おいらオプティマスを探してみるよ」

「助かる。頼んだぞ」

「任せて」

 通信を終えると、バンブルビーはオプティマスが消えたような気がした角を曲がった。室内から外へ出ると、あたりはすっかり夕闇に包まれている。ちょうど仕事を終えて帰ってきた作業服姿の人たちに聞いてみると、「向こうへ行かれたのを見ましたよ」と、遠くにある大きな建物を指差した。

 やっぱりオプティマスだったんだ。

 バンブルビーは丁寧に礼を言い、教えられた方向へ歩き始めた。少し距離があったが、星の出始めた空が綺麗だったのでビークルにはならず歩いていく。

 人の気配は無く、たまに近くの設備が出す地の底から響くような低い音が聞こえる他は、バンブルビーの足音しか聞こえない。

 教えられた建物に近付くにつれ、バンブルビーは戸惑った。後ろから見るとその建物は巨大な倉庫か格納庫のようだったが、ずいぶんと古く荒れ放題で、長い間使われていないように見える。

 なんだってこんな所へ? それとも間違ったかな。

 不安に思い、ペンキがはげサビだらけの壁に手をついた。表に回って何も無ければ戻ろう。と心に決める

 戸惑いながらも入り口の方へ回ったバンブルビーの歩みが止まった。

 出入り口が開け放たれ、中に明かりが見える。

 あたりは暗く、ここには誰もいない。いるとしたら、オプティマスだろう。

 ひょいと覗いてみると、そこはガラクタ倉庫と化していた。分厚いほこりを被った木箱が高い天井近くまで積み上げられ、迷路のように入り組んで奥が見えない。

 好奇心を刺激され、わくわくする気持ちを壊さないようにそっと中に入った。

 手近にあったかなり大きな箱をまじまじと見ていると、どこかで見たマークと共に「セクター7」いう文字が目に入った。見回すと、そこに保管されている大小入り混じった箱すべてに同じ文字があった。

 今は触らないでおこう……。

 絶対にろくなものではない。激しく開けてみたい誘惑にかられたが、今はオプティマスを探すのが先決だ。バンブルビーはそう思って冒険気分で探索を開始した。

 あたりは暗いが、見上げると、少し離れたところに光がある。光源を探してこっちへ進み、あっちの角を曲がってを繰り返すと、やがてぽっかりとなにもない空間に辿りついた。淡い光が壁を照らしている。

 荷物を片付けたのか、そこだけ綺麗に空いている。さらに奥にも倉庫は続いているのだが、積み上げられた箱が沢山ありすぎて視界が遮られ見えない。

 バンブルビーは箱の陰に隠れ、手だけを伸ばした。壁にバンブルビーの手の影が映る。それが面白くて、影絵を作って遊んでいると、バンブルビーの視界にゆらりともう一つの影が動いた。はっとして反射的に手を引っ込める。

 丸い形と両脇のつんと立った耳のような影。その組み合わせにバンブルビーは見覚えがあった。

 バンブルビーは「オプティマス」と呼びかけて箱の陰から出ようとしたが、その動きがぴたりと止まる。

 オプティマスの後ろに誰かがいるのに気がついたのだ。

 オプティマスより少し大きいその影。シルエットさえも禍々しい。

 メガトロン……!

 バンブルビーは、全システムが一瞬止まったような気がした。思わず後退り、さらに奥へ身を潜める。

 オプティマスがメガトロンをフーバーダムに連れてきて以来、メガトロンがフーバーダム上空を飛行するのを忌々しく見上げる事が何回かあった。口の悪いジャズが「オプティマスのヒモ」と揶揄してラチェットにたしなめられたのを覚えている。「オプティマスの愛玩具と言え」とラチェットは言い。バンブルビーはどちらの軽口も面白くなかった。

 見かけないと思ったらこんな所にいたんだ。

 いまだ深く傷ついているメガトロンはどこかで治療を受けているのだろうとは思っていたが、話題にするのも嫌だったので詳しくは聞かなかった。聞いておけばよかったと後悔する。知ってたら絶対に来たりしなかったのに。

 バンブルビーに内蔵されたモーターの回転が激しくなる。どうして良いか判らずに二人の影を見つめた。

 オプティマスはメガトロンに向き直り、横顔の影が壁に写る。バンブルビーはオプティマスの横顔のラインが綺麗だと思った。

 メガトロンの手が伸び、オプティマスの頭を抱えてそっと自分のほうへ引き寄せる。耳元で何か囁いているのか、オプティマスが時折頷いた。

 最初は真剣な様子で頷いていたが、メガトロンが何かおかしな事でも言ったのか、オプティマスの肩が震える。笑いながら「ばか」と言うのが小さく聞こえた。

 オプティマスが笑ってる。

 おいらたちの前では、あんなに楽しそうに、無防備に笑った事なんてないのに。

 でも、メガトロンはオプティマスをあんな風に笑わせる事が出来るんだ。

 バンブルビーの胸の辺りが、ねじを締め過ぎた時みたいにキリキリと痛んだ。

 笑いを収めたオプティマスが一瞬動きを止め、俯いて首を振った。悲しげな仕草。オプティマスはメガトロンに何の話をしにきたのだろうとバンブルビーは思った。多分、逃げ出したくなるような難しい話だ。朝からオプティマスは浮かない顔をしていたから。

 悩んでいるなら、どうしておいら達に相談してくれないのだろう。

 オプティマスが自分よりもメガトロンを相談相手に選んだことがショックでぼんやりしていると、俯いていたオプティマスが額をメガトロンの胸に押し付けた。メガトロンがオプティマスの頭をゆっくりと撫で、天辺にキスをする。その手つきは本当に優しげで、メガトロンは本当にオプティマスを愛しく思っているのだと思い、バンブルビーはあわててその考えを頭から追い出した。

 認めたくない。

 オプティマスの甘えた仕草も、オプティマスを甘やかすメガトロンも全部。

 バンブルビーがもやもやした気持ちを抱えながら二人の影を見ていると、しばらくじっと大人しくしていたオプティマスがふと顔を上げた。唇が動いて何か言っている。

 何を言ったのか。

 聞こえなかったけど、判る。

 オプティマスの願いを叶えるべく近づくメガトロンを、オプティマスも顔を傾けて受け入れた。

 ジャズやラチェットならこうなる事を予測できただろうが、重なった影を見てバンブルビーは仰天した。見ていられずに後ろを向く。

 どうしよう。おいら見ちゃった。

 ごっ、ごめんなさい!!

 あわあわとしながら誰にともなく謝る。バンブルビーはパニックになり、助けを求めてきょろきょろした後、頭を抱えてしゃがみこんだ。

 顔がかーっと熱くなる。

 怖い見たくないごめんなさいでもちょっとだけ見たい。という思いがぐるぐる回る。葛藤に動けないでいると、銀色のソルスティスが音もなくバンブルビーの目の前に滑り込んできた。

 ソルスティスはありえない分割と再構築を重ねてロボットへ変わり、バンブルビーを見て口を開こうとした。バンブルビーは必死で手で首を切る仕草を繰り返し、口元に人差し指を当てる。

「こんな所でなにやってるんだ? ヒンズースクワットの最中にフリーズしたか」

 何かが起きていると察したジャズが小声で軽口を叩く。そんな場合じゃないんだ。あれを見ろ! という思いを込めて、バンブルビーが自分の背後に有る二人の影を指した。

 大して期待せずにバンブルビーの隣へ来て影を見たジャズの動きが止まる。バンブルビーはまだ後ろを向いたままだ。

 数秒後、ジャズはバンブルビーを見た。バンブルビーもジャズを見た。二人は目と目で通じ合う。

「わーお」

「わーお」

 オプティマス達の影に背を向け、ジャズ曰く「ヒンズースクワットの最中」のポーズで二人仲良く並ぶ。

 いけないものを見てしまった。

 しかしもっと見る。

 ジャズが立ち上がって再び後ろを振り返る。

「だっ、ダメだよ見ちゃ!!」

「おい凄いぞ、まだしてる」

 バンブルビーがジャズの腕を引っ張るが、その言葉に動きが止まった。

「溶けたアスファルトくらい熱くてねばっこいキス」

 バンブルビーの好奇心が恐怖と後ろめたさに打ち勝った瞬間だった。

「おいらも見る!」

「お前には目の毒だ!」

 ジャズに押し返されるが、バンブルビーは負けずにジャズの脇の下に頭を突っ込み、場所を確保する。


 メガトロンは右手でオプティマスの腰を抱きかかえ、左手で肩を抱きオプティマスに覆いかぶさっていた。

 オプティマスはメガトロンの腕の中で倒れそうなほど弓なりに背を反らせ、メガトロンの首にしっかりと両腕を回し、口付けている。

 情熱的な口付けを交わす影は、メガトロンが獲物の喉笛に食らいつく猛々しい獣のようにも見えた。

 シルエット、綺麗。

 思わずバンブルビーが見とれると、メガトロンは唇を離し、オプティマスの腰に両腕をまわすように抱きなおした。オプティマスの手がメガトロンの両頬を包み、一瞬見つめあった後二人は再び激しく口付けた。

 ジャズとバンブルビーが圧倒されていると、オプティマスの腰にまわしたメガトロンの右手が離れ、邪魔な虫を追い払うように二回手の影が動いた。

 ばれてる!!!

 恐怖と驚きでスパークが口から飛び出るかと思った。

 オプティマスに情熱的なキスしながら、赤い目を憤怒に輝かせこちらを睨みつけているメガトロンがブレインサーキットに浮かび、驚いた猫のように二人は飛び上がって、音一つ立てずに着地する。

 次の瞬間、カマロとソルスティスが先を争うようにその場を立ち去った。

 


ENDE.

 



20081027 UP


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