Scream

 








 はっ、はっ、と荒い呼吸音が暗闇に漏れる。

 王座に腰掛けた銀色の体。かつての支配者の膝の上で、新破壊大帝を名乗る男が切なげに身じろぎした。

 後ろから抱きすくめられ、舌や指で奉仕を受ける。

「う、あ」

 無骨な指が、見た目からは想像できないほど繊細に動き、スタースクリームの熱を煽る。

 スタースクリームの好きな、スタースクリームのよく知っているその動き。

「あ、あ、あ、ああああっ」

 小さな悲鳴が生まれ、尾を引いて消えた後は沈黙がその場を支配した。

 数分後、タイミングを見計らったように機械の足音が響く。

「スタースクリーム様。お楽しみ中申し訳ございません」

 感情を表に出さぬ声が、主の名を呼ぶ。

「……スタースクリーム様、どちらにおいでなのです?」

「うるさい、あっちへ行ってろレーザーウェーブ!」

 闇の中から向けられた怒鳴り声に、レーザーウェーブは一礼し、踵を返す。

 すぐに命令に従うのは、本心からスタースクリームを想っていない証拠。

 無理も無い。

 レーザーウェーブの唯一無二の神を奪った俺を奴は一生許さないだろうからな。

 従順な仮面の下で、自分をリーダーだと認めていない事を知っている。だがそのことを表立って認めることは負けになる。

 レーザーウェーブだけじゃない。みんなそうだ。みんな俺の事を馬鹿にしていやがる!

 念願の新破壊大帝となったのはいいものの、その現実はスタースクリームの思い描くものとだいぶ違っていた。

 命令を下しても、ニヤニヤするだけで従わない。すぐに不平不満を漏らし、スタースクリームを見ては嘲笑を浮かべる。

 暴力で無理やり脅せば動くが、士気の低い状態ではなにをやっても上手くいくはずが無い。

 宇宙を支配するどころか、サイバトロンに攻撃を仕掛けるどころか。

 やってることといえば、宇宙を行く船を襲ってエネルギーを奪い、糊口を凌ぐというお粗末なもの。

 メガトロンが当たり前のように行っていたことが、いかに偉大なことだったか思い知らされる。

 最近では、表立って不満を表すものも増えてきた。

 失敗するのは、あいつらが無能だからだ! 俺の命令にしたがわねえで勝手な事をするからだ!

 こんな、こんなはずじゃ。

 思い通りにいかない現実に歯を食いしばる。快楽に逃げる夜が増えた。

「メガトロン」

「はい、スタースクリーム様」

 小さく甘えるように囁くと、耳元で低い声が返事を返す。

 同じ声。メガトロンと同じ声。同じ体。愛し方も同じ。

「抱きしめてくれ」

「はい」

 命令すると、スタースクリームの体に銀色の腕が回された。ぐ……と力強く抱きしめられると、不安がいくらか薄まる。

「疲れた」

 思わず呟いたスタースクリームの言葉に、後ろからその体を抱きしめるメガトロンが、いや、メガトロンと同じように作られた何かが囁き返す。

「おかわいそうなスタースクリーム様。あなたはデストロンの偉大な指導者。なにも心配することはありません」

 メガトロンと同じ声で囁くその言葉が耳に入ったとたん、スタースクリームが後ろから抱きしめる腕を無理やり解いて立ち上がった。

「……メガトロンはそんな事言わねえ!」

「申し訳ございません」

 その言葉に怒気を認め、メガトロンと同じ姿をした何かが、頭脳回路からデータを引き出す。

「スタースクリーム、なんてざまだ。これでデストロンのニューリーダーとは聞いて呆れる……」

 過去のデータベースから導き出したそれは正しい答えのはずだった。だが、スタースクリームの顔に浮かんだものは、更なる怒り。

「黙れ、このっ!」

 メガトロンに似たなにかに掴みかかり、その顔を殴りつける。

「この、偽者野郎が!」

 理不尽に怒鳴りつけられても、それはスタースクリームの仕打ちに、無表情でじっと耐える。

 つまらない、くだらない人形。その人形に、スタースクリームが拳をふるう。

「ちきしょうっ」

 殴るのをやめたのは、許したからではない。疲れ果てたからだ。肉体の疲労とは裏腹に神経は高ぶり、ヒステリックに叫ぶ。

「どうして出てこないんだ?」

 誰もいない暗闇に向かってスタースクリームは叫んだ。

「判ってるんだぞ。お前があれくらいでくたばる訳が無い。隠れて俺を見ているんだろう? 一番効果的に俺に罰を与えようと狙っているんだろう? ええ!」

 狂ったように叫ぶスタースクリームに答えはもちろん無い。

 激情を吐き出したスタースクリームが、糸の切れた人形のようにがくりと膝をついた。

「やるなら早くやりやがれ」

 先ほどとはうって変わった弱々しい声。

「頼むから……。早く、早く来てくれ……。狂いそうだ」

 闇の中に懇願の声が響く。

「どんな罰でも受けてやるから、その後は」

 何処にいるとも知れぬ相手にスタースクリームは懇願し続ける。

「いつものように、俺を……」

 震えながら、スタースクリームが腕を広げた。その目に浮かぶのは。

 銀色の。

 スタースクリームの支配者。

「抱きしめてくれ」

 スタースクリームが手を差し伸べる。誰もいない闇に。スタースクリームにだけ見える彼の支配者に。


 無慈悲な闇はその懇願を吸い込んだ。








20080802 UP
拍手お礼 2007年9月ごろ


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