Deus ex machina









 メガトロンは、サムダックタワーの中で何がおきているのか誰よりもよく知っている。

 サムダック教授の薄暗い研究室にひっそりと身を潜め、時折強く光る赤い目だけが、かろうじてメガトロンの生存を主張しているように見えた。だが、その静けさとは裏腹に、メガトロンは精力的に活動している。

 地球のコンピューターをハッキングすることなど、メガトロンには児戯にも等しい。サムダックタワーのすべての防犯カメラを通して、どこでなにが起こっているのかをすべて把握し、ネットワークに繋がってさえいれば、どんなに遠くにあってもすべての機械を自由に操れる。

 頭部のみになろうとも、知略を駆使して手足の代わりを見つけ出し、力を行使した。地球製のどんな高度な機械もメガトロンを満足させることはできず、ずいぶんといらいらさせられたが。

 いかにしてこの屈辱から脱出し、ボディを手に入れるか。そのために考えなければいけない問題は山のようにあった。だが、残念な事にまだできる事は限られていて、サムダックタワーのあちこちを観察する暇もまたたっぷりあった。

 メガトロンの前にあるたくさんのディスプレイのうちの一つに、試作機の実験場を映し出す。

 ディスプレイの中では、愚かな人間どもがちょこまかと歩き回り、人間にとっては大きくて革新的なのであろうロボットを動かそうと四苦八苦している。

 なんと稚拙な。

 メガトロンは鼻で笑った。あまりにも幼稚すぎて、見ているこちらのほうが恥ずかしくなるような代物だ。そのロボットを人一倍熱心に動かそうとしているのは、白髪交じりの頭と浅黒い肌を持つ白衣の男。

 男はプロフェッサー・サムダックと呼ばれ、いつも眠そうな顔とは裏腹に、部下にてきぱきと指示を出す。

 馬鹿馬鹿しい。あんな鉄クズ同然のロボットなど、ろくに動くまい。

 そう思って映像を切り替えようとした瞬間、メガトロンの脳裏にある光景が浮かんだ。

 ロボットが動かずに気落ちするサムダック教授の姿。

 数瞬間をおいて、メガトロンは映像をそのままにしておくことに決めた。

 少し、からかってやるとするか……。

 気が変わったメガトロンが行動をおこして数秒もしないうちに、メガトロンによってロボットは乗っ取られる。

 メガトロンは、このロボットに搭載されているあまりにも原始的なプログラムに呆れた。少しはましなものに書き直してやろうかと思った自分に気がつき、はっとする。

 なぜわしが人間どもの役に立つような事をせねばならんのだ。

 今までに覚えたことの無い奇妙な感情に少し苛立ちながら、メガトロンはロボットのアイカメラを通してあたりを見渡す。

 作業用のアームが、足場を作るための鉄筋を吊り上げている。メガトロンは、鉄筋を吊っているワイヤーに亀裂が入り、今にも落下しそうになっているのに気がついた。

 アームに吊り下げられた鉄筋の下には、人間どもが鬱陶しく固まっている。メガトロン以外、目の届かないところにあるワイヤーの亀裂に気付くものはいない。あと数分もしないうちに、悲劇が起こるだろう。

 人間どもが死のうが生きようがわしの知ったことではない。

 第一、ここでメガトロンが動いては、メガトロンがサムダックタワーのコンピューターをハッキングしている事がばれてしまう。

 助ける理由も無く、自分を不利な状況に追い込む義理も無い。

 少しずつ大きくなっていくワイヤーの亀裂を、メガトロンがなんの感慨も無く見ていると、鉄筋の下にいる人間の一人が大きな声を出した。

「プロフェッサー・サムダック、この部分の仕様変更の事なんですが……」

「ああ、私が直接見るよ」

 呼ばれて、のこのこと歩いていく小太りの姿を見て、メガトロンの表情が怒りに変わる。

 この愚か者め! 何をしている。

 内心でサムダック博士を罵ったメガトロンの聴覚器官が、ついに負荷に耐えきれず、ワイヤーが切れるいやな音を捉えた。メガトロンがはっと音のしたほうを見るのとほぼ同時に、支えを失った鉄筋が落下する。

 メガトロンより数瞬遅れて落下に気がついた社員達が、あちこちで絶望的な叫び声を上げた。

 異変に気がついたサムダック博士が上を見上げ、目にしたものに、小さいが絶望に満ちた悲鳴を上げる。

 頭上から、鉄の塊が巨大な暴力となって落下する。避けられぬ死を覚悟して、サムダック博士は観念して目を閉じた。

 心臓が止まりそうなほど恐ろしい、金属が激しくぶつかる大きな音がして、あちこちで悲鳴が上がった。

 思わず目を閉じたものは、落下してきた巨大な鉄塊が数人の人間を押しつぶし、床に血が広がる光景を瞼の裏に浮かべただろう。

 だが、現実はそうはならなかった。

 鉄塊が水分だらけの柔らかい生き物達を潰す前に、横から素早く突き出された鉄の手が鉄筋を掴み静止した。

 今まで何度起動してもうんともすんともいわなかったサムダック社製ロボットの手が、信じられない速さで落下する鉄筋を掴んだのだ。

 それはあまりにも一瞬の出来事で、状況が理解できず、誰もがぽかんとした顔で上を見上げた。

 すっくと立ったロボットが、ぴんと水平に腕を伸ばし、まるで武術の達人のような早業で鉄筋を掴んだまま静止している。

 先ほどまで愚鈍で役立たずだったロボットは、いまや、「雄々しき守り人」とでも名づけて美術館に飾りたいほど凛々しい姿に変わっていた。

「バカな!」

 社員の一人が、目の前に起こった出来事が信じられずに叫び、その側を、別の社員がサムダック博士たちを非難させようと走っていく。

 恐怖のあまり目を閉じ、本能的に頭を抱えていたサムダック博士は、来るべきものがいつまでも来ないので困惑していた。

 雷が側に落ちたような恐ろしい音がした。だが、次に受けるはずの衝撃がこない。 

 まだ何も起こらない。それとも私は死んだのかな?

 恐怖のあまり激しく心臓が脈打つ。ということは、まだ死んではいないらしい。そう思ってそーっと片目を開けてみた。自分に向かって走ってくる社員の姿が見えた。恐る恐る両目をあけて、体を起してみる。

 なんてこった!

 頭上を見上げると、そこにある光景に目を丸くし、驚きに声を出す。

 サムダック博士の頭上には、鉄筋を掴んだロボットの巨大な手がぬっと伸びていた。サムダック博士達は、手の形に光を切り取った影のなかでぽかんとしていた。

 あまりのことに思考回路が働かず、その非現実的な光景をぼんやり見上げていると、社員の一人が慌ててサムダック博士を安全なところへ避難させる。

「奇跡です! こいつが落ちてきた鉄筋を受け止めたんです!」

 興奮した社員たちが口々にサムダック博士に話しかけてくるのを、適当に頷いてあしらった。

 そんなことができるはずがないという事は、このロボットを設計したサムダック博士自身が一番よく判っている。開発中のこのロボットの性能は、ゆっくりと歩いたり腕を持ち上げるのが精一杯で、そもそも、あんなに素早く正確な動きが出来るようには作られていない。今日など、起動さえしなかったのだ。

 こんな奇跡を起せるのは……。

 サムダック博士は、自分を救ってくれたロボットを再び見上げた。サムダック博士の視線を受けて、赤い目が一瞬強く光ったような気がした。ロボットの目に宿った赤い光は、次の瞬間にふっと消える。

「メガトロン……?」

 サムダック博士は、口の中で小さく呟いた。

 その隣で、おなじくロボットを見上げていた一人の社員が首をかしげる。

「おかしいなあ? さっきはあんなにカッコよく見えたのに」

 先ほどまで神々しいほどに雄々しく格好よかったロボットは、目の光が消えただけで、最初と同じ、愚鈍でみすぼらしいロボットに逆戻りしてしまっていた。

 まるで宿っていた魂が抜けたように。

 ぴんと伸ばしていた腕は、鉄筋の重さに耐えきれず、ぐんにゃりと下に曲がりはじめていた。


 メガトロンは憤っている。

 怒りのあまり、大量のエネルギーを流し込まれたケーブルに負荷がかかり、青白い火花をあげていた。同じことをされたディスプレイはすべてダウンし、真っ黒な画面が並んでいる。

 わしは何をした?

 鉄クズの寄せ集めがまともに動くように書き直したプログラムを走らせ、手を差し出し、受け止めた。鉄の塊が落下するまでの瞬きするようなわずかな時間にそれを全て行うのは、さすがのメガトロンでも骨の折れる仕事だった。

 問題は、奴が死ぬと思った瞬間に、わしが反射的に事を起していたということだ。

 わしはあの男を死なせたくないと思ったのか?

 バカな!

 もう一度大きな火花が散る。

 奴に今死んでもらっては困る。当然だ。だからとっさに助けたのだ。奴のためではなく、自分のために。

「奴がわしの野望に必要だからだ」

 メガトロンが自分に言い聞かせるように呟いた。

 口に出してみると、それはいかにも正しい答えに思え、メガトロンは少し満足した。

 メガトロンがようやく落ち着きを取り戻すと、サムダック博士が研究室へ入るためにコードを入力しているのに気がついた。ドアが開くと、サムダック博士はワゴンを押しながら彼の研究室へ入ってくる。

 メガトロンの前まで来ると、サムダック博士はメガトロンに向き直って両手を広げた。

「先ほどはありがとう、メガトロン。私も私の部下も命拾いしたよ」

「何の話だ?」

 丁寧に礼を言うサムダック博士にメガトロンがしらをきると、サムダック博士が不思議そうな顔をする。

「私を助けてくれたのは君だろう?」

「……なぜわしだと思う?」

「だって君は、このタワーにあるありとあらゆる機械を動かせるじゃないか。目があった時、すぐに君だと判ったよ」

 あっさりとサムダック博士はそう言って、メガトロンを一瞬黙らせる。

「……知っていたのか」

 メガトロンの呟きは、別のところに注意を向けたサムダック博士に聞き逃がされた。使えなくなった、たくさんのディスプレイを発見したのだ。

「これはどうしたことだ!」

「なに、ちょっとした事故だよ。早急に取り替えてもらうと助かる」

「それは別に構わないが……」

 いつものようにメガトロンに丸め込まれ、もごもごと口の中で返事をしたサムダック博士の顔が、ワゴンの事を思い出してぱっと輝いた。

「そうそう、忘れるところだった。君にこれをもってきたんだった」

 嬉しそうにワゴンに駆けより、ワゴンに積んできたピンク色のキューブを一つ、そっと取り出す。

「ささやかだが、命を救ってもらったお礼をと思ってね。君たちが好むエネルギーだ」

 その声には、メガトロンに喜んでもらいたいという純粋な好意があふれ出ている。まったく、この人間は、誰かに騙されないか心配になるほどのお人よしだった。

「落とすと爆発するから慎重に……」

 真剣な顔をしたサムダック博士が、エネルギーが充填されたキューブを両手に抱え、そーっとメガトロンの口元までもっていく。

「ほら、メガトロン君、あーん……じゃない。口を開けて」

「…………」

 メガトロンが無言でサムダック博士を見ると、彼はキューブを抱えたまま小さく肩をすくめた。 

「だってしょうがないじゃないか。君は顔だけなんだから。私が君の口元まで持っていくのが一番効率が良いだろう?」

 その声は弾んでいて、サムダック博士がこの行為を明らかに楽しんでいるのが判った。小鳥の雛に餌をあげる気分なのかもしれない。

 メガトロンが無言で口を開けると、サムダック博士が慎重にキューブを奥に突っ込む。

 サムダック博士がとても心配そうな顔で見守る中、エネルギーを味わっていたメガトロンが口を開いた。

「……美味い」 

 とたん、ぱあっとサムダック博士の顔が輝く。メガトロンは、なにがそんなに嬉しいのだ? と嫌味を言おうと思ったがやめた。

「それはよかった! もう一ついかが?」

「もらおうか」

 そのエネルギーはとても上質だったので、メガトロンはサムダック博士がいそいそと自分に奉仕するのを許す事にした。






                                             ENDE.



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20080628UP
初出 20080525発行  ASTROMANTIC

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