Happy Merry Christmas









 クリスマスが近づいてくるにつれて、バンブルビーがそわそわしだした。

 パパやママと熱心に話し合ったり、フーバーダムにいるオプティマスたちに頻繁に会いに行ったり。「どうしたの?」と聞いてみようと思った矢先に携帯が鳴った。携帯の向こうで、バンブルビーは僕に部屋に来て欲しいと告げ、ベッドに寝転がっていた僕は勢いよく起き上がって部屋を出る。

 車庫の前で僕は声をかけた。「バンブルビー、入ってもいい?」中から「いいよサム、入って」とバンブルビーが返事する。ラチェットが(勝手に)取り付けた、見かけは地球製だけど実はオーバーテクノロジーシャッターが滑らかな動きで開く。

 僕は「バンブルビーのペントハウス」というママ手作りの派手な看板の下を通ってバンブルビーの部屋に入った。

 この間までそこは車庫で、今も車庫ではあるんだけど、バンブルビーの部屋を兼ねている。中は外からは想像もつかないほど、いや、物理的におかしいほど広い。ラチェットのオーバーテクノロジーのおかげだ。

 バンブルビーの趣味をうかがわせる蜂グッズや、バンブルビーが地球で見つけた宝物を飾ってあるコレクション棚、僕には箱にしか見えない何かの機械、人間のお客様用に揃えたテーブルと椅子。バンブルビーは自分の部屋にいろいろ工夫をこらしていて、彼が地球での生活を楽しんでいる様子が伺える。

 相談したい事がある。と、僕を呼んだバンブルビーは椅子を勧め、器用に来客用カップにコーヒーを注ぎ、お茶菓子を僕の目の前に置く。

「おいら的に今年のトレンドはサンタ、これだね」

 開口一番にバンブルビーがそう言ったので、僕は思わずコーヒーをむせた。

「サンタってなんの事? 君は誰かに……、もしかしてオプティマスたちにプレゼントをあげるつもりなの?」

 僕が聞くと、バンブルビーは嬉しそうに頷いた。機械に表情なんてないだろう。なんて思っているのは間違いだ。遠い宇宙からやってきたこの不思議な機械生命体は、じつによく自分の感情を伝えてくる。

「うん、でも、予算があまりないんだ」

「バンブルビー、君、地球のお金なんかもってないよね?」

「ちょっとだけあるよ」

 バンブルビーの返事に僕は驚いた。

「ええ? どうやって手に入れたの?」

「パパとママのお手伝いしてもらったお小遣い」

 ええ〜と呆れている僕を他所に、バンブルビーは続ける。

「ママと一緒に花壇作ったり、パパと一緒にペンキ塗ったり」

「いつのまにかうちの両親とそんなに仲良くなってたんだ……」

「あっ、サムやみんなにもプレゼントあるよ」

「いや、いいよ気を使ってくれなくて。それより君がサンタになってオプティマスたちを喜ばせる作戦のほうに協力するよ!」

 僕がそう言うと、バンブルビーは首をぶんぶんと振った。

「おいらがあげたいんだよー」

 バンブルビーがまるで子供みたいな口調で言うので僕は笑ってしまった。「ありがとう、楽しみにしてる」と言うと、バンブルビーは嬉しそうにウンウンと頷いた。僕の友達は本当にいい奴だ。

「問題は……」

「オプティマスたちは何が欲しいか。だよね?」

 僕の言葉に、バンブルビーはうなだれた。大きな体が小さく見える。

「世の親は本当にすごいよ。本当にすごい。こんな難しいミッションを毎年こなすなんて」

 どうやら、バンブルビーのリサーチは難航しているらしく、急にバンブルビーから元気がなくなる。

「おいらぜんぜんうまくいかない」

 バンブルビーはそう言うと、僕をすがるように見た。

「おいらサムのパパとママを尊敬するよ」

「いや、子供相手と、オプティマスたち相手じゃ難易度が段違いだよ。君は世界で一番難しいミッションをこなそうとしているサンタだって!」

 僕はバンブルビーを慰めるためにそう言ったけど、我慢できずにくすくす笑った。

「でも驚いたよ。てっきり僕は君はプレゼントをもらうほうだと思ったからさ」

「サムまでおいらをひよこ扱いして! おいら新兵じゃないんだからさ! だいたい地球に関してはおいらがオプティマスたちより先輩なんだよ。先輩が後輩の面倒を見るのはあたりまえだよ」

「そういう風に強がるからひよこ扱いされるんだよ! うそうそ、冗談だってば!」

 僕は自分に向かって伸ばされてきた鋼鉄の手を避けながら叫ぶ。バンブルビーが僕を見て電子音の笑い声を上げて、僕も大笑いして、二人でひとしきり笑った後同時にため息をついた。

「で、オプティマスたちにリサーチしてみたの」

「いちおう」

 僕が聞くとバンブルビーは頷いた。

「アイアンハイドはすごく判りやすくて簡単だったよ。セイバートロンから届いたばっかりの武器雑誌凝視してた」

 その様子がすぐに想像できて僕は笑った。多分、アイアンハイドの姿はポケモンアニメを見てる小学生くらい真剣だろう。

「でもおいらそれ手に入れることできなくて、しょうがないから、その雑誌の懸賞に応募したんだ」

「懸賞……?」

 僕が思わず漏らすと、バンブルビーが驚いた様子で僕を見た。

「あれっ、懸賞って知らない? 地球にも懸賞あるよね」

「あ、うん、知ってるよ。あたるといいよね」

 今ここで認識のずれを埋めるのは困難な気がしたので僕は言葉を濁し、気を取り直して尋ねた。

「ラチェットは?」

「ラチェットは、もらえる物なら病気以外ならなんでも嬉しいって」

「オプティマスは?」

「オプティマスは、気持ちのこもったものならなんでも嬉しいって」

 僕はため息をついた。この時点で「こっそりと」という目的はすでに破綻している。

「ぜったい空気読んだよね、ラチェットとオプティマス」

「うん。読まなくていいのにね」

 バンブルビーは頷いた後続ける。

「だからおいら、いろいろ探したんだ。プレゼントに人気があるもの。そうしたら、手作り料理とかお菓子が人気だってあったから、手作りしてみた」

「へえ、いいんじゃないかな。でも何をつくったの?」

「高濃度エネルゴン。美味しく出来てるといいな」

「それがなんなのか僕には良く判らないんだけど……、手作りは気持ちがこもってて嬉しいと思うよ。好きな人からもらう手作りのプレゼントはなんでも嬉しいものだよ」

 男から男へ手作りの食べ物(?)を贈る事について、多少の不安も覚えない事はなかったけど(僕がマイルズから手作りお菓子をもらうと考えると……)多分大丈夫だろう。

「いいよ、おいらのサンタ作戦は失敗だって言っても……。これが他のみんなだったら、オプティマスやラチェットだったら、もっと上手くやるんだろうな。おいら、みんなへのプレゼント準備したのはいいんだけど、こんなものでいいのかなって心配になって。もっと良い物をあげないといけないんじゃないかって」

 かわいい悩みなだなって思わず笑ってしまった。次の瞬間に、バンブルビーは本気で悩んでいるんだって事思い出して、僕は慌てて口を開いた。

「バンブルビー、違うよ。プレゼントっていうのは、気持ちだよ。なんていうか、その、サンタをややりたいっていうのは、すごく君らしくていいアイデアだと思う。君は好奇心旺盛で地球の文化にもすごく興味持ってくれてて、仲間が大好きで……」

 僕はバンブルビーの鋼鉄の手の上に自分の手を重ねた。バンブルビーの透き通るような青い目が僕をじっと見つめている。

「だからさ、バンブルビー、君の気持ちをみんな喜んでくれると思う」

「そうだといいな。ありがとう、サム。まあ、ルーキーイヤーだからこんなもんだよね」

 僕の言葉に元気を出してくれたのか、ルーキーサンタことバンブルビーはおどけてそう言った。

「やっぱりサムに相談してよかった。おいら元気でたよ」

 バンブルビーは立ち上がって、「ほら元気だよ」という風に軽快なフットワークを見せた後、僕にもう一杯コーヒーを勧めた。

 バンブルビーが何か言いたそうに僕を見て、壁の辺りを見て、また僕を見るので、僕は尋ねた。

「なに?」

「オプティマスがね、おいらに言ったんだ『何か欲しいものはあるか?』って!」

「考える事はみんな一緒か!」

 バンブルビーが心から嬉しそうなので、僕もつられて笑顔になった。なんだか、オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」を読んだ後みたいな気分。

「だから、おいら、さりげなくウィッシュリストをオプティマスの前に落としてきたよ」

「さりげなくないだろ、それって!!」

「さりげないよ! 小さい紙に書いたもの!」

 バンブルビーの小さなウィッシュリストを器用に指で摘み上げるオプティマスが頭に浮かんで僕は笑った。

「そうしたら、オプティマスが『落としたぞ、バンブルビー』って」

「それから?」

「『見ました? オプティマス』『ああ、見た。了解した』って」

「やっぱりさりげなくない!」

 僕とバンブルビーはまた大笑いした。

「オプティマスなら言いそうじゃないか?『プレゼントを支給する。バンブルビーは明朝イチゼロゼロゼロにツリーの元へ出頭するように』って」

「オプティマスはそこまで酷くないよ! うん、たぶん」

 バンブルビーはそう言ったけど、僕はおおいに疑っていた。

 バンブルビーは急に立ち上がって、宝物コレクション棚から何かを取り出して僕に差し出した。

「これ、おいらからサムへのクリスマスプレゼント。クリスマスにはちょっと早いけど」

 バンブルビーの手には、小さな箱。すごく嬉しい不意打ちだった。僕はありがとうと言って受け取り箱を開けてみると、小さな桃色の石ころが入っていた。

 僕はその石をつまみあげてまじまじと見た。

「なんだい、これ?」

「ピンクの炭素」

 バンブルビーの返事を聞いて、僕は首をかしげた。炭素? 次の瞬間、頭の中を答えがよぎり、はっと顔を上げる。

「あ、も、もしかして、ウソだろ? それって、ひょっとしてピンクダイヤモンド!?」

 バンブルビーは、僕の父さんみたいにぬか喜びさせて奈落の底に僕を落としたりしなかった。

「うん、そうとも言う。それをね、ラチェットに研磨とカットをお願いして、サムがデザインしたアクセサリーにしてミカエラにあげたら喜ぶんじゃないかな? 女の子は好きなんだよね、綺麗な炭素」

 バンブルビーがそう言って、僕は感極まってバンブルビーに抱きついた。

「バンブルビー、ありがとう、君は最高の親友だ〜! ミカエラはきっとすごく喜ぶよ! もちろん渡す時にはきちんと言うからね、『僕とバンブルビーからのプレゼント』だって」

「えっ? いいの?」

「当然だよ!」

 僕が言うと、バンブルビーは嬉しそうに頭についてる耳っぽい部品をぱたぱたさせた。

「じゃあ、サムには改めておいらからこれをプレゼントするよ」

 そう言ってバンブルビーがくれたのは、宝物コレクション棚から取り出したサメの歯の化石だった。それは青白い不思議な色をして、化石で、サメの歯で、男の子なら憧れずにはいられない代物だった。僕はそれをキーホルダーにしていつも持っていようと思う。

 僕はいろいろ考えて、有効期間一年の「手洗い洗車パス」をバンブルビーにプレゼントしようと思った。

 バンブルビーは、僕に、バンブルビーのもうひとつの超お気に入り、アナコンダの抜け殻九メートルをプレゼントすると言ったけど、僕は全力で回避……じゃなくて辞退した。

 僕はバンブルビーに別れを告げ、とても幸せな気持ちでバンブルビーの部屋を辞した。

 クリスマスがこんなに楽しみなのは久しぶりだ。これも、バンブルビーたちのおかげ!


 そして数日後、クリスマスの十日前にバンブルビーが僕に向かって言った。

「サム、おいら、オプティマスからフーバーダムに来るようにって命令をうけたよ。その……ほとんどサムの言ったとおりだった」

「やっぱり!!」

 僕が笑っていると、バンブルビーは、僕たちをちょっと早いクリスマスパーティに誘ってくれた。二十五日は家族で過ごすだろうって気遣いが憎い。僕はもちろん参加するとバンブルビーに伝えた。ミカエラも、僕の家族も、招待を受けると即答した。

 無理もない。

 だって、こんなに楽しみなことはないだろ!

 彼らは、エイリアンで、機械生命体で、地球にやってきたばかりのルーキーで。そんな彼らがどんなクリスマスパーティーを開くかなんてさ!






おまけ



 クリスマスパーティーが佳境を迎えたとき、ミカエラがおかしなことに気づいた。

「ねぇ、サム。何かおかしいわよ。あれ見て」

 ミカエラの指差す先には、水を湛えたグラス。そのグラスの水がかすかに振動している。

「本当だ」

 僕の返事は轟音にかき消された。びりびりと空気が震え、エンジンの爆音が鼓膜を突き破りそうになる。

 僕の父さんが「地震だ!」と叫んでワイングラスを手にテーブルの下へ隠れた時、さっと大きな影が僕たちを覆った。

 僕は空を見上げ、思わず目を見開く。

 巨大な宇宙船!!

 固まって動けずにいると、宇宙船からはきはきとした元気な声が。

「ちわーっす、セイバートロン中越運送です。アイアンハイドさんいらっしゃいますか? 月刊武器編集部さんからお届けものでーす」

 数分後、喜びのあまり雄たけびをあげながら武器を掲げるアイアンハイドと、その周りを踊りながら回ってるバンブルビーを僕たちは笑いながら見ていた。




ENDE


バンブルビーの宝箱には綺麗な石とか蛇の抜け殻とかビー球とか訳のわからんもんが満載です。
魔夜峰央(パタリロ)のおかげで宇宙の運送会社は中越運送というイメージが。

賢者の贈り物



20080118 UP

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