Redemption









 荒涼とした金属の墓場が広がっていた。

 引きちぎられた腕や足など体の一部、壊された建物の廃材、用済みになった使役用のロボット。廃棄物が無造作に積み上げられている。

 ここには死が漂っている。かつて使われていた頃の名残がよけいに死を際立たせる。

 物としての死を迎え、誰にも必要とされず、誰にも省みられる事無く朽ちていく。ここに捨てられたものはみんなその運命を辿る。

 その一角で、廃棄されたはずのドローンたちが蠢いていた。

 素早い動きが信条のはずのドローンだが、どのドローンたちも体を構成する部品の多くを欠損しており、動くのが精一杯だというように、ゆっくりと地を這っている。

 手足を胴体に溶接されたもの。尾をもがれたもの。別のタイプのドローンの半身を与えられ、ちぐはぐで何の役にも立たないもの。動けなくなるほど巨大で歪な鋏を取り付けられたもの。

 少なくない数のドローンが、のろのろとある一点を目指している。

 ドローンが向かう先には、一人のトランスフォーマーがいた。

 数日前にここに現れ、傷ついた廃棄ドローンに治療を施している。魔法のように体から治療器具を取り出し、機能停止を待つばかりだったドローンたちを次々と蘇らせた。

 セイバートロンで最高の医療技術をもつそのトランスフィーマーの名はラチェットという。

 今も、手にした医療用のこぎりで、一つの体に二つの頭をつけさせられたドローンの分離を行っていたのだが。ふと異様な気配を感じ顔を上げる。

 思わず動きを止めた。

 自分を中心にして、囲むようにドローンたちが集まっているのに気がついたのだ。

 そのすべてが、見るだにおぞましい改造を施されている。ドローンを弄ぶ事に一欠けらの罪悪感も抱かない者が、面白がって、思いつくままに作り出した奇形ドローンたち。

 ドローンたちは甲高い発信音を出し、キィキィという音が廃墟に何百と重なった。


 欲しい、欲しい。識りたい、識りたい。


「おまえたち、私を識りたいのか?」

 ドローンたちが送ってくる信号に、ラチェットは立ち上がってそう言った。


 識りたい。識りたい。識りたい。欲しい、欲しい。あなたが、欲しい。


 囁くような信号が、ラチェットの声に応えるように大きくなり、波のようにうねった。

「……そうか」

 しばしの沈黙の後、ぽつりと呟く。

「おまえたちは、おまえたちが命を懸けて尽くした主人の事をなにも識らないのだったな」

 このドローンたちの主人は、ドローンたちを弄び、思いつくままに残酷な改造を施した。

 それでもドローンたちは居なくなった主人を慕い、生きるだけのエネルギーも少ないというのに、主人との思い出を何度も再生している。

 ドローンたちは、ラチェットを識ることで、彼らの主人に少しでも近づきたいのだ。

「いいだろう。来なさい」

 軽く頷いてラチェットは言った。受け入れを承諾したというように腕を左右に広げる。

「私でいいなら識りなさい」

 その言葉は慈愛に満ちており、それを聞いた一匹のドローンが、恐る恐る体内から数本のコードを伸ばし、ラチェットの足に少しだけ触れる。

 ラチェットが怒らないとわかると、接続用の端子をむき出しにして、ラチェットの足に食い込んだ。

 ずるっとコードが金属の皮膚の下へ潜り、ラチェットのデータを読み取っていく。

 ラチェットはなにも隠さず、自分を構成するすべてのデータを、生態データだけではなく、プライベートなものまで、ポートの全てを開放してドローンを受け入れた。

 ドローンたちが伸ばすうねうねとしたコードが、次々とラチェットの中に侵入してくる。

 たちまちラチェットは何百ものコードにつながれ、次々にデータを読み込まれる。一匹が終われば、性急に次のものがデータの読み込みを始める。同時に、ドローンが自分のデータを送り込んでくる。手加減というものを知らないドローンは、自分の全てをラチェットに識って欲しいと、大きなデータを遠慮無しに注ぎ込む。

 ラチェットら、高度に発達したトランスフォーマーにとって、単純な戦闘用に作られたドローンのデータの量などたかが知れている。

 それでも、一気にたくさんの数のドローンにデータを読まれまがら、ドローンのデータを送り込まれるのは回路に負荷がかかった。

「く……」

 ラチェットが低く呻いた。

 金属の皮膚の下で、ずるずるとコードが這い回る不快感。皮膚の下に入りきれなかったコードは、貪欲にラチェットを求め体に絡みついてくる。

 ドローンたちにラチェットの全てが見られている。接続と読み取りを許すのは、ドローンに、体だけでなく心まで舐りまわされているようなものだ。

 ラチェットの体は、絡みついたコードでほとんど見えなくなるほどだった。コードが生き物のような動きでラチェットの体の上も体の中も不気味に這い回る。

 ざわざわと手足を動かし、一匹のドローンが興奮のあまりラチェットの体を這い登った。ドローンは恍惚にぶるぶると体を震わせている。次々と他のドローンもラチェットの体に這い上がってきた。

 蠢く奇形ドローンでできた球体の中心で、ひたすら、ラチェットはデータを読まれ、データを送り込まれることに耐えた。

 やがて、満足したドローンたちは、一匹、また一匹とラチェットを離れる。名残惜しそうにラチェットに端子を繋いでいた最後の一匹もようやく離れた。

 ようやく終わったか。と思い、ラチェットが思わず安堵のため息をつくと、後ろから呆れたような声がした。

「ラチェット師、こんな所で廃棄ドローン相手に何をなさっているのです?」

 ラチェットがふりかえると、頭からすっぽりとフードを被ったトランスフォーマーが立っていた。

 深々とフードを被り、全身を隠す独特の風貌から、始祖最高評議会の者だとすぐに判る。

 フードの奥から、光る赤い目がラチェットを見ていたが、その目が足元にいる奇形ドローンを認めるなり、忌々しそうに踏みつけた。

「おぞましい……」

「やめないか」

 ラチェットの叱責に一礼し、ドローンから足を離すと、その人物は口を開いた。

「はやくお戻り下さい。吉報です。あなたの謹慎が解けました」

 なに? というようにラチェットの表情が変わる。その報はラチェットにとって意外なものだった。ラチェットは、自分がいま受けている謹慎処分はしばらくは解かれないだろう。と考えていたからだ。

「タイガーパックスの戦いにおいて、あなたが始祖最高評議会の許可なく医療行為を行った事は不問に付すそうです。寛大な処置です。いかに最高評議会がラチェット師を重んじているか判ろうというものだ」

 まるで我が事のように誇らしげに言う。

「あなたでなければ、このような寛大な処置はとても」

「……私でなければどうなっていたと?」

「ライセンスの剥奪と除名は免れなかったでしょう」

「私に賛同してくれた者達に咎めはないのだろうな?」

 ややきつい口調で尋ねると、相手は頷いた。

「あなたお一人ならもっと簡単にいきましたのに。強硬にそう仰るから困りました。ご安心をラチェット師。あなたに付き従い、タイガーパックスへ赴いたものたちへの咎めはございません」

 その言葉を聞き、ラチェットがほっと胸をなでおろした。表情がいくらか柔らかくなる。

「しかし条件がございまして、オプティマス・プライムとの個人的な接触は一切禁止。そして今後は研究塔にお篭りくださるようにと」

 続けられた言葉に、ラチェットの表情が再び険しくなった。

 命令に従うのなら、ラチェットは患者を直接診る現場から退き、研究に専念することとなる。自分の信念に基づき、研究に従事するのならともかく、始祖最高評議会が必要だと認めた分野の研究が優先され、それを強要されることになるだろう。

「……私に患者を診るなということか」

「謹慎を命じられれば、こんな所で廃棄ドローンを治療するほどのあなたです。お辛いでしょうが」

 宥めるように言われるが、ラチェットは相手をにらみつけたままだ。高い志を持ちながら、始祖最高評議会のやりかたに耐え切れず、ライセンスを返上し、ヒーラーや技術者として野に下った仲間をラチェットは山ほど知っている。

 ラチェットも一瞬本気でそれを考えた。

 始祖最高評議会は、神器マトリクスを祭り、マトリクス信仰の中心となる組織だが、同時に医療従事者を独占的に管理している。最高の人材と、知識と、施設をそろえ、それを提供する事によって影響力を維持している。

 むろん、始祖最高評議会がライセンスを与えたメディックの他にも、民間のヒーラーや優秀な技術者が開いている治療工房があることはある。だが、それでは治療できる範囲がかなり狭まり、知識や技術のレベルも低い。それ以上を目指すものは始祖最高評議会に従うしか道がない。

「しかしおぞましいドローンどもです。データの蓄積は我らの財産といえど、よくこんなものとリンクなさいましたな」

 ラチェットを慕い、ラチェットの足に頭をこすり付けてくる奇形ドローンを見て、心底汚らわしいという風にはき捨てた。

「このドローンたちは、自らも死にかけていたにもかかわらず、仲間を懸命に守っていた。生命維持装置が壊れた仲間に、交代で自分の維持装置を繋いでな」

「まさか! 何かの間違いでは? ドローンにはそんな知恵も感情もありません。原因不明の爆発事故で改造ドローンが大量死したとは聞いていましたが、まさかこんな恐ろしい事になっていたとは……」

「事故ではない。人為的なものだ。このドローンたちの主人は、ドローンたちを巻き込んで自爆した。理由は、自らが知能を高く改造したドローンが他人に心を移し、自分を裏切ったから。だそうだ。可哀想に、自分を裏切った罰だと言って、嫌がるドローンに自分を殺させた。ここに居るドローンたちはその生き残りだ」

「それは……。このドローンたちがそう言っていたのですか?」

「そうだ」

「どうかそのことは他言なされませんよう。あなたが正気ではないと疑われます。本当におぞましい、早くスクラップにしてしまうように言っておきましょう」

 その言葉にラチェットがため息をつく。

「身勝手な欲望のために身も心も弄ばれ、ついに廃棄されたドローンたちを見て何も感じないのか? おまえが下等だと馬鹿にするドローンでさえも、自己を犠牲にして仲間を助けたのだぞ」

 ラチェットにしては珍しく怒りのこもった声で言った。これは八つ当たりだ。それは判っている。だがラチェットの秘めた怒りは大きすぎて言わずにはいられない。

「恥ずかしいとは思わんのか。助ける事が出来る仲間を見捨てるなど」

 ずいぶんと抑えられたものではあったが、ラチェットの怒りを感じ、フードの男がひょいと顔を上げた。

「まだ怒っていらっしゃるのですね、ラチェット師」

 ラチェットは答えない。だが、ラチェットがずっと以前から怒りと憤りを抱え込んでいる事を知っている男は続けた。

「タイガーパックスの件は、非常にデリケートで、高度に政治的な問題が絡んでおりました。始祖最高評議会は、医療班と引き換えに、オプティマス・プライムからどれだけいい条件を引き出せるかに腐心していた。それなのに、あなたが賛同者を連れてタイガーパックスに向かうという勝手な行動をとられた時の皆々様のお怒りようときたら……!」

 大げさに肩をすくめる。

 始祖最高評議会は極めて政治的な意図を持ち、自らの勢力を高めようと、セイバートロンの執政官であるオプティマス・プライムとたびたび衝突を繰り返してきた。

 命を盾にしてくるような始祖最高評議会のやり方を、ことあるごとにオプティマス・プライムは非難し、両者の関係は良好とは言い難かった。先のタイガーパックスの激戦においては、派遣先が危険な戦場である事に加え、この戦いはオプティマス・プライムが勝手に始めた私戦であると一方的に主張し、始祖最高評議会は所属する医療従事者の派遣を拒否したのだ。

「始祖最高評議会には、ラチェット師、あなたがオプティマス・プライムと組んで最高評議会への影響力を強めるつもりではないか。というものもおりました」

「私はそんなつもりでやったのではない!」

 ついに我慢できず、ラチェットは声を荒げた。

「そうでしょうとも。カーディナルという高位にいるにもかかわらず、最前線に出る危険を冒すなどあなたくらいです」

「…………」

 黙り込んだラチェットに、優しい声色で続ける。

「気落ちなさる事はありません。あなたはオプティマス・プライムから譲歩を引き出す魔法のカード。始祖最高評議会はすぐにあなたを使う誘惑に耐えきれず、患者を診る事が出来るようになるでしょうとも。たしか、あのタイガーパックスの英雄もあなたが命をお救いになったのでしたな? あれはよかった。我々の技術の高さを見せつけることができた上に、オプティマス・プライムに大きな貸しを作った」

 その言葉を耳にした瞬間、今まで心に溜め込んでいたものが、一気にはじけたような気がした。

「始祖最高評議会などもうたくさんだ」

 気がつけばその言葉が口から漏れていた。

 今までずっと、信じ、尽くしてきた。だが、ただ私はそれにすがり付いていただけではなかったのか? 矛盾に目をつぶり、認めるのが怖くて逃げていただけなのではないか? と思った。

 ラチェットは、その時初めて自分が身も心も疲れはてていることに気がついた。

 自分が正しいと思って行った事が空回る辛さ、信じていたものに対する失望。

 我侭だと言われてもいい。よけいな事を考えず、ただ自分の良心が命じるままに、自分の能力をおもいきり使いたい。強くそう思った。

 そう、彼のように。

 ラチェットの脳裏に、自らの命をかけてメガトロンの目を欺いた若き戦士の姿が浮かぶ。

 自らが信じるもののため、自らが守るもののため。彼は想像を絶する苦痛にも、恐怖にも屈さず、自らの意志を貫き通した。

 そして、彼の信頼を一身に受けるオプティマス・プライムの姿も。

 たくさんの信頼、たくさんの命、セイバートロンの未来。どれほどの重圧だろうか。

 常人ならば耐えられぬ重荷を背負いながら、オプティマス・プライムは穏やかに笑い、時に鬼神となる事も厭わない。

 なんと、強い。

 迷い、疑い、ひびの入った脆い心を抱えるラチェットには彼らが輝いて見えた。羨ましく見えた。

 タイガーパックスの戦いの後、別れの際に、ラチェットは、なにか言いたげなオプティマス・プライムの口を一度は封じた。

 誘いを受ければ、断れないと判っていたから。

 だが、まだオプティマス・プライムが私を必要としてくれているのなら……!

 目に見えぬたくさんのものをその背に負い、オプティマス・プライムは前を見据え、まっすぐに立っている。

 私の能力を使って彼を支えてやりたい。

 いま激しくそう思う。

「そのお言葉を待っておりました」

 フードの下からくぐもった声がした。ラチェットの意識がはっと引き戻される。

「お戻りなされませ。オプティマス・プライムがあなたに会いたいと極秘でお見えになっております。ラチェット師」

 そう言うと深々と頭を下げる。

 

 ただ自分の良心の命ずるままに。

 

 頷くラチェットに迷いは無かった。





ENDE


ラチェットの「始祖最高評議会使節長」というわけの判らない肩書きがずっと気になっていたのでものすごく捏造。
ウォーウィズインで見た、ネルフ的なうさんくささ満点の始祖最高評議会がやたら気になります。なんとなくローマ教皇庁みたいな宗教団体っぽいの想像したんですが、どっちかというと元老院みたいなものなんだろうか?
なんとなく、ラチェットが、けっこう偉い人&他のメンバーからもうさんくせーと思われるような人だったら萌える。最初はアイアンハイドにあいつ始祖最高評議会のスパイなんじゃないか?とめっちゃ反発&警戒されたとか。



20071208 UP


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