La tour d'ivoire










 一つだけしかない窓から日の光が差し、埃だらけの部屋が細かな金粉を撒き散らしたようにキラキラと輝いている。

 人気のない場所にある資料室に、荒い呼吸音と、快楽に濡れた声が重なって響く。

「あ……」

 さいくろなーすの仰け反った白い首筋に、アストロトレインが夢中で吸い付く。

 さいくろなーすはアストロトレインの首に両腕をしっかりと回し、立ったままのアストロトレインは足をM字に開かせたサイクロナスの膝下に腕を通して抱き抱え、揺すりあげた。

 支えるのは、膝の裏にまわされたアストロトレインの腕だけという不安定な体勢に怯え、さいくろなーすはいっそうしがみ付く腕に力を込めた。アストロトレインを足の間に受け入れ、アストロトレインの腰に自分の足を絡ませる。

「アストロトレイン……!」

「なんだ?」

 さいくろなーすがアストロトレインの名を呼び、その切ない響きがアストロトレインを余計に高ぶらせる。滅茶苦茶にしたい気持ちを抑えて、優しくアストロトレインは返事を返した。

「落とさないでくれ」

「……ったりめえだろ」

 抱えあげられ、揺すりあげられる。

 不安定な体勢から来る恐怖が快感を増幅させ、腕に力がこもらなくなり、はっとそれに気がついて慌ててしがみ付きなおす。

 それがアストロトレインにはひどく心地いい。

 さいくろなーすが頼るのは自分だけの気がして。

「頼むから、落とさないで……」

 すすり泣きながら懇願するさいくろなーすの言葉に、アストロトレインは顔をゆがめた。

 泣いているのは快楽のせいだけじゃない。

 本当に恐怖を感じているのだ。と気がついたのだ。

「ガルバトロンは、あんたを落とすのか?」

 苛立ちを隠した低い声が耳元で囁く。

 だから、怯えているのか?

 アストロトレインの予想通り、さいくろなーすが小さく頷く。

「あ、もう……」

 イく。と。

 さいくろなーすが言った。

 アストロトレインが激しく突き上げる。苛立ちをさいくろなーすの体にぶつけるように。さいくろなーすの中に残る、ガルバトロンとの情交の思い出を強制的に消し去ろうとするように。

 さいくろなーすが悲鳴を上げ、アストロトレインは己をさいくろなーすの中に注ぎ込んだ。

 荒い息をつくさいくろなーすを、ゆっくりとデスクに降ろして座らせる。

 快感の余韻にぴくんと体をふるわせるさいくろなーすの頭を優しく撫でてやり、顎をくいと持ちあげて何度も口付ける。

 やがて、さいくろなーすが大きなため息を一つついた。

 夢から覚めたように、先ほどの頼りない表情はすでになく、いつもの有能な看護婦の顔に戻り、引き抜かれたアストロトレインのものを丁寧に拭う。

 己からとろりと垂れてくるものを指先ですくい、しばらくじっと見つめていたが、それも綺麗に拭う。

「なあ」

「なんだ……」

 覚めた声で返事をしたさいくろなーすを、たまらない気持ちでアストロトレインが抱きしめた。

 先ほどまで確かに手の中にあったものが、急速に遠ざかっていくのが恐ろしい。

「おれ、あんたとちゃんとしたベッドでしたいよ」

 恋人にするように抱きしめて、耳元で甘く囁く。そんな事をしても先ほどの熱は戻らないと知っている。だけど、やりきれない。

 ほんの少しだけでもいい。俺を見てくれ。

「あんたの家でしたい」

「なんだと?」

 唐突なアストロトレインの言葉に、さいくろなーすが眉をしかめた。

「だからよ、仕事終わったら誘って良いかって事」

「入院患者のくせに何を言っている」

 アストロトレインの願いをそっけなく断り、アストロトレインを押しのけて身支度を整える。

「抜け出せばいいだろ」

「だめだ。許さん」

 きっぱりと言い切ったさいくろなーすスを、アストロトレインがじっと見つめる。

 あと五分もすれば、先ほどの事などなかったかのように仕事に戻るだろう。アストロトレインのことなど綺麗に頭の中から追い出して。

「俺に深入りするの、イヤなんだろ?」

 自嘲の笑みを浮かべながらアストロトレインが言う。さいくろなーすは表情一つ変えずにアストロトレインを見つめ返した。

 アストロトレインがさいくろなーすの頬に触れ、そっと抱き寄せる。

「……おれがあんたを抱かせてもらえるのは、ガルバトロンの後でだけ」

 耳元で囁くと、さいくろなーすの体が微かに震えた。

「気がつかねえ訳ないだろ?」

 さいくろなーすのポーカーフェイスを崩してやった事に暗い喜びを覚え、アストロトレインは微かに笑った。

「あんた濡れやすい性質だけど、俺がなんにもしてなくても、最初ッからあんたの中、濡れてるんだから。おかしいと思うのはあたりまえだろ?」

「それが不満か? おまえのやりたいようにやらせてやってるじゃないか」

 さいくろなーすの冷たい声は、アストロトレインを心に入れる事を拒否するという返答。

「ああ不満だね」

 はき捨てるようにアストロトレインは言った。

「やらせてもらえるんなら、別に誰の後だっていいんだけどよ」

 そう言いながら、さいくろなーすを抱きしめていた腕を解き、両肩を掴んでじっと目を見つめる。

「あんたの中で俺の存在が軽いのがたまらねえんだ。たまらなくムカつくんだ」

 半ば強引に体を求めたアストロトレインをさいくろなーすが許したのも。こうして関係を続けているのも。

 アストロトレインに流されているだけだ。

 アストロトレインを拒否するよりも、受け入れたほうが楽だからだ。

「ガルバトロンがあんたを縛ってるんじゃねえ」

 それ以上言うなとさいくろなーすの表情が警告する。

 深入りするのは許さないと言っている。

「ガルバトロンに捨てられないように必死ですがり付いてるんだ。あんたが」

 無視されるよりは、傷つけてでも俺を見て欲しい。

 その願望を抑えきれず、ずうっと言わずに黙っていた言葉をアストロトレインはついに口に出した。

「…………」

 さいくろなーすは黙りこみ、下を向く。

「あんた、嫌なんだろ?」

 俺はあんたを傷つけたくないのに。

 そう思って苛立つが、一度口に出した言葉をとめることが出来ない。

「俺に抱かれた体でガルバトロンに抱かれるのが」

 アストロトレインの顔に浮かんだ嘲笑は、さいくろなーすに向けられたものか、それとも自分に向けられたものか。

「ガルバトロンはそんな事気にしねえよ。あんたが誰に抱かれようが、どうだっていいんだ」

「そんな事は知っている」

 さいくろなーすが無理やり口を開き、短く返答した。

 アストロトレインの言葉に反応すればするほど惨めになる。

「あんたがいやなんだ。ガルバトロンの前では綺麗でいたいんだ」

 その通りだ。

 愛した人に綺麗に思われたい。

 それの、何が悪い?

 取り繕う自分の浅ましさと、それをアストロトレインに知られた惨めさで、消え去りたくなる。

「ええ、可愛いじゃねえか? いじらしいよ、あんた。全く報われねえってのによ」

 アストロトレインを罵倒するでもなく、自分の心を守るためにうそをつくでもなく。

 さいくろなーすは肩を震わせ、黙って一筋涙を流した。

 その涙を見て、アストロトレインが悔しさと後悔に拳をきつく握り締める。

「なんであんたが好きなのが俺じゃないんだ? くそったれ!」

 想いは平行線で、交わる事無く目の前をかすめていくだけ。

 重なる事ができれば、何かが変わるのに。

「俺にしろよ。おれはあんたを自由にできる」

 苛立ちと熱をはらんだ眼差しで、アストロトレインがさいくろなーすを見る。

 サイクロナスは、自分に向けられた激しい感情に戸惑い。求められる事の嬉しさに戸惑う。

 だが、残酷な声が心の奥で本音を囁く。


 そう言ってくれるのが、ガルバトロン様ならよかったのに。


 そう思うのがいやだったから、おまえに抱かれたくなかったのに。

 おまえを心に入れないようにしていたのに。

 アストロトレインが真剣であればあるほど苦しい。

「頼むから、おれを好きになってくれよ……」

 アストロトレインは、そんなさいくろなーすを可愛いと言い、欲しいと言う。

 ほっておいてくれ。と思う。これ以上辛い思いも悲しい思いもしたくない。

 象牙の塔にこもるように、ただひたすら、独りよがりな恋に逃げ込んで、他者を拒否する。

 苦しく感じるということことが、アストロトレインを好きになりかけている証だと気付かずに。


 アストロトレインのすがるような声に、さいくろなーすはたまらなくなり目を閉じた。




ENDE


エロとか馬鹿馬鹿しさとか耐える女とか全体的に昭和。
ロボっぽさとか考えずに気楽に書いたのですが楽しかった。



20071116 UP


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