Make Me Happy
おはよう、スパイク。おはよう、バンブル。
サイバトロン基地内で交わされるいつもの会話。
ねえ今日は何をする?
仲良しの二人は、お互い特に仕事が無い時は、いつも一緒にいる。
外でお昼を食べると、とっても気持いいよ。
スパイクが言うと、バンブルの顔が輝いた。
じゃオイラ、この間素敵な湖をみつけたから、そこまでスパイクを連れて行くよ。
地球人のスパイクのアイデアを、セイバートロン星からやってきたバンブルが叶えてくれる。楽しい時を過ごすのに、この二人は本当にいいコンビだった。
さっそくこのアイデアを実現すべく、二人はお昼の確保に乗り出す。
「スパイクはなに持ってくの?」
「僕はサンドイッチ。それにベイビーキャロット」
バンブルの問いに対するスパイクの返事を聞いて、バンブルがため息をつく。
「オイラは毎度おなじみエネルゴンキューブ。いいな、スパイクは。エネルギー補給がオイラ達に比べたらずっと充実してるもんね」
「その、エネルゴンキューブだけど、味を変えたりできるの?」
「硬く仕上げたエネルゴンクッキーとか、オイルや鉱物効かせたりするけど、スパイクの食べているものみたいに凝ってるものじゃないよ」
バンブルが答えると、不意に後ろから声が聞こえた。
「バンブル。よかったら私がなにか作ってやろうか?」
「ラチェット!」
バンブルが振り向くと、最近基地の中に新しく作られた謎の施設の入り口から、白のボディに赤い十字を持ったトランスフォーマーが姿を現した。
「作れるの?」
「地球文化大好きのマイスターに影響されてね。我々もスパイクたち人間を見習ってエネルギー補給を楽しくしようと目下研究中」
「さんせー!! オイラその考えに大賛成」
にっこり笑ってラチェットが言うと、バンブルが嬉しそうに万歳して飛び上がった。
「キッチンも作ったんだよ。見るかい?」
ラチェットは得意そうに言って、二人を施設内に案内する。
「そこ、キッチンだったんだ。すごいや。本格的だね!」
スパイクが中をぐるっと見回し、感嘆の声を上げた。
熱を加える、圧力をかける、冷却する、帯電させる、放射線を当てる。地球にあるものに比べたらかなり変わった調理器具もあるが、棚には、Fe、Cu、Zn、Br、Ag、Pt、Auと表示された調味料入れがずらっと並んで、かなり凝っている。スパイクの経験から言うと、こういうキッチンで作られた料理は間違いなく美味しい。
「これで冷菓を作るのにいちいちアイアンハイドの手を煩わせずにすむようになった。エネルゴンアイスの冷却を頼んでたら、あいつ、出来たそばから食っちまいやがるんだ」
「大好評みたいだね」
「司令官もよくここらへんをうろつくよ。サクサクに仕上げた皮の中に甘いクリームを入れたエネルゴンパイを試食させて以来ね」
「あはは、コンボイ司令官って案外食いしん坊だったんだね」
ラチェットが冗談めかして言うと、思わずスパイクとバンブルの顔に笑みが浮かんだ。
司令官が、あの巨体で物欲しげにうろうろするのを想像したのだ。
「オイラとしたことが出遅れちゃった! もーオイラも一日一回はここをチェックしなくちゃ! お願いだから新作ができたら一番にオイラに教えてよね、ラチェット」
本気で悔しがるバンブルを宥めるようにぽんぽんと叩き、スパイクはすでに作業に入っているラチェットを見上げた。
「それにしても、まさか僕たち人間がラチェットたちの先生になるとはね」
「そう卑下することは無いよ、スパイク。もともと実用的に作られたせいか、人生を楽しむ。という点においては、我々の意識はとても低くてね。君たち人間の方がずっと進んでる」
「ねえ、ラチェットも一緒にいかない?」
スパイクが誘うと、ラチェットは形の良い唇の端を上げて笑い「喜んでご一緒するよ」と返事をした。
「あの連中も君たちみたいに外に出て楽しめば良いのに」
独り言のようにラチェットが呟いた言葉を聞きとがめ、バンブルがじーっと熱心に見つめていたラチェットの手元から目線を上げた。
「あの連中って?」
「このアーク号の中で太陽の下でお昼を食べるという行為からもっとも遠い奴らだよ。自称発明家だとか学者とかの肩書きが付いてる連中だがね。そいつらを研究室という名の穴倉から引きずり出すのに一苦労さ」
「ホイルジャックにパーセプター?」
「正解」
スパイクの返事に、ラチェットが作りかけのエネルゴンに濡れた指で軽く指差しながら砕けた口調で言った。その後その指先を舌を出して舐めると、上出来だ。という風に軽く頷く。物欲しげな目をしているバンブルに気がつき、指ですくって差し出すと、あーんと口をあけてバンブルがラチェットの指をくわえた。
「やつら、昨日もランチの最中に議論を始めてね。せっかくの料理が冷めてしまった」
「もったいない」
ラチェットの言葉に、反射的にスパイクから声が漏れる。美味しい料理を不味くしてしまうというだけでも大変な罪なのに、美味しく食べて欲しいという作り手の気持ちを踏みにじる二重の大罪だ。
「判ってくれて嬉しいよ」
せっかく作った料理が目の前で冷えるのを見守るというのはとんでもなくイライラする事だと知った最初のトランスフォーマーかもしれないラチェットはスパイクの共感に感謝して深く頷いた。
「わーやだやだ。おいら絶対いやだね。ホイルジャックとパーセプターの議論を聞きながらランチなんて。どんな美味しいものを目の前にしても食欲なくなっちゃう」
「そんなに? まあ判る気はするけど!」
「小難しい上にどっちも引かないんだから。楽しいお昼の時間にそんなことするなんて、あの二人の文化レベルは最低だよねー」
「ああ、再教育が必要だ」
バンブルの言葉に、ラチェットが頷きながら言うと、スパイクが冗談めかした口調で尋ねる。
「で、再教育してやったの?」
返事の代わりに、ラチェットはにやっと笑ってみせた。
話は昨日のお昼にさかのぼる。
今日のランチはとてもよく出来た。
電気を帯びた冷たいスープも、銀色に輝くペーストをクリスピーに焼きしめたエネルゴンクラッカーに載せた前菜も。
メインディッシュの表面はこんがり焼けてて香ばしく、寝かせたオイルをソースに添えたのは正解だった。
そしてこのデザート。
ラチェットは心の中で呟きながら、バーナーで溶かした後固まった薄い金属をスプーンで壊した。
カリカリの薄い金属片とその下の甘いクリームが絶妙。最近作った中では抜群にいい出来。
なのにこの馬鹿どもときたら……!
「だけどね、君はそう言うけど私の意見は……」
「いやそうじゃない! パーセプター、君の見解は偏りすぎてるよ」
「ホイルジャック、じゃ君はこの理論の矛盾には目をつぶると? あの不思議な現象を解き明かすためにはだね、そこに目をつぶってはいけないと思うんだ」
「我輩が言いたいのはもっと柔軟な思考を持てということだ……!」
ラチェットの力作には目もくれず、ああだこうだと議論するバカ。
二人の前に置かれた皿の料理は何一つ減っておらず、まだスープにスプーンが突っ込まれている。
冷たいスープは常温に戻ったし、メインディッシュは食べごろを過ぎて黒ずみ始めた。
私は言ったはずだ。エネルギーが変質するから早く食べろって。
食べ終わったデザートのスプーンを置く。
なにが不思議な現象だ。お前が顕微鏡のまま移動するほうが不思議だよ。
柔軟にだと? ダイノボットの頭脳回路なんかゆるすぎて使い物にならないじゃないか。
目の前に繰り広げられる、「不毛な議論」とでもタイトルをつけたい光景を眺めながら、カップを取り上げる。薫り高い苦くて黒い液体を口にしているラチェットの方へ、不意にホイルジャックが顔を向けた。
「君はどう思う、ラチェット君?」
ホイルジャックは気がついていなかった。ラチェットが整った顔の下で静かに怒りを湛えていた事を。
「そうだな」
ラチェットが二人をぐるっと見回した後、手元のカップに目線を移した。
「この場で一つ見解を述べさせてもらうなら……」
ホイルジャックとパーセプターの意識を十分にひきつけながら、ラチェットが口を開いた。
「冷めないうちにさっさと食え!」
言葉と共に、「だん!」と拳をテーブルにたたきつけると、特別に揃えた食器が一瞬空中に浮かび、がしゃんと音を立てて着地した。
「……かな」
二人を怒鳴りつけた後、静かな表情に戻り、優雅な仕草でカップを口元に運ぶ。
「!」
「!!」
ようやく自分たちの重大な失敗に気がついた二人は、申し合わせたように顔を見合わせて口を開いた。
「すっ、すまないラチェット君。パーセプター、さっきの議論は後だ」
「おっと、私たちとしたことが科学の深遠を解き明かすより重大な出来事を放置していたらしいね」
ほぼ同時にそう言って、慌ててスプーンを持ち直す。
ようやく自分たちがラチェットの好意を踏みにじり、怒らせていたことに気がついたのだ。
「とても美味しいよラチェット君」
「ああ、最高だ」
必死でラチェットの機嫌をとる二人をちらっと見た後ラチェットが口を開いた。
「さっきはもっと美味しかったがね」
ラチェットの嫌味に、ホイルジャックがぶほっとむせる。
「ももも、申し訳ない」
しどろもどろになって、顔のライトをちかちかさせるホイルジャック。
「片付けは私たちでしよう」
すかさず現実的な申し出でラチェットとの関係の修復を図るパーセプター。
「そうかい? すまないね。では好意に甘える事にしよう」
ラチェットは済ました顔で言い、席を立った後振り向きもせずに部屋を出て行く。
後に残るは肩を落とした二人。
「さあ、できた」
てきぱきと作業していたラチェットが言うと、待ちかねたバンブルとスパイクから歓声が上がる。
「スパイクのサンドイッチにヒントを得てね。しっかりと味をつけたエネルゴンの塊をスライスして、味の違うやつで挟んだんだ」
「うわ〜い。おいしそ。オイラ今つまんじゃいたいくらい」
はしゃぐバンブルは今にも涎を垂らさんばかりだ。
そんなバンブルに向かって、そっとスパイクが囁く。
「ちょっと、量が多くないかい? ラチェットとバンブルの二人分にしても」
「う〜ん、たしかにちょっと。いやだいぶ多いよね。オイラ燃費はいいほうだし」
トランスフォーマーサイズのバスケットトランクに特製サンドイッチをしまうラチェットを見ながら二人で首をかしげる。
「あれじゃオイラとラチェットが一人で二人分くらい食べなきゃ残っちゃうよね」
そうバンブルが言った瞬間に、スパイクがひらめく。
「バンブル、もしかして……」
スパイクが言いかけると、キッチンの入り口に誰かが現れた。
「その……ラチェット君。良い匂いがしてね」
ラチェットの様子を伺うように恐る恐る口を開いたのは、まさに先ほど話題に出たホイルジャック。
「そう、それにひかれて」
後ろにいるパーセプターも続けた。
「君の気持ちを蔑ろにして悪かった。我々の悪癖だ。つい夢中になってしまって……。君の作った料理は本当に美味しかった」
「そう、とても」
「その、できればこれからも、君の作ったものを食べさせてもらいたいと思ってね」
一呼吸置いて、ホイルジャックが思い切って尋ねた。
「昨日の事、怒っているかね?」
「いーや」
バスケットトランクを閉めながらラチェットが返事をする。
「ねぇ、ホイルジャックもパーセプターも、今日のお昼は僕たちと一緒に外で食べない? きっととても気持ち良いよ」
すかさずスパイクがそう言った。
「二人とも、今日は喋る事以外に口を使ってくれよ」
振り向いて、にやっと笑いながらランチトランクの中の四人分のサンドイッチを見せながら言うラチェットの表情に、ホイルジャックとパーセプターの顔がよかったと輝く。
「もちろん、私もホイルジャックも喜んでご一緒させていただくよ!」
空はよく晴れている。沙漠の風景もいいけれど、たまには湖のほとりでランチをするのも楽しいに違いない。
少なくとも研究の最中にジェル状のエネルゴンパックを口に咥え、十秒チャージするよりはずっと文化的なはずだ。
「議論は勘弁してよね!」
バンブルが冗談めかして言うと、ホイルジャックがすぐに答える。
「もちろん! そんなバカな事はもうしないとも」
慌てたように手を振る姿を見て。どうもこの二人はラチェットに頭が上がらなくなってるみたい。と思い、スパイクとバンブルが顔を見合わせて笑った。でも気持ち判る。オイラもラチェットを怒らせるなんて怖い事、ぜったいごめんだもんね。
「再教育再教育」
ラチェットは楽しげに笑い、さあ、行こうか。とみんなを促した。
ENDE
ラチェットはホイルジャックとパーセプターの女王様と妄想
20070911 UP